📝 この記事のポイント
- カラオケで十八番を歌ったら、キーが合わなくて途中でリセットした。
- 喉の調子も悪かったけど、一番の原因は、最近シェアハウスのメンバーが歌ってた別の曲のキーで勝手に歌い始めてしまったことだ。
- 僕の十八番はしっとりしたバラードなのに、友人のシンゴがよく歌うパンクロックのキーで歌い出しちゃったんだから、そりゃあもう、無残な有様だった。
カラオケで十八番を歌ったら、キーが合わなくて途中でリセットした。
喉の調子も悪かったけど、一番の原因は、最近シェアハウスのメンバーが歌ってた別の曲のキーで勝手に歌い始めてしまったことだ。
僕の十八番はしっとりしたバラードなのに、友人のシンゴがよく歌うパンクロックのキーで歌い出しちゃったんだから、そりゃあもう、無残な有様だった。
マイクを握りしめ、目を閉じて熱唱しかけた自分を、あの時の僕は心の底からぶん殴りたかった。
隣でポテトフライをつまんでいたタケルは、僕がリセットボタンを押すより早く、もう次の曲を予約していた。
シェアハウスに住んでると、いろんな人の影響を否応なしに受ける。
特に顕著なのが料理だ。
当番制だから、当然みんなそれぞれ得意なもの、好きなものを作る。
シンゴは妙に凝ったエスニック料理が好きで、ナンプラーの匂いがリビングに充満することもしばしば。
タケルは逆に、丼ものとかパスタとか、手早く作れるものを好む。
僕はというと、どちらかと言えば和食派で、魚を焼いたり、煮物を作ったりする。
だけど、最近、僕の作る料理が、なんだかシンゴっぽくなってきた気がするんだ。
先日、鶏肉の味噌漬けを作ったつもりが、いつの間にか冷蔵庫にあったココナッツミルクと、シンゴが買い置きしてるパクチーを添えて、アジアンテイストな一品になってしまっていた。
食卓に出したら、シンゴは「あれ、これ俺のレシピだっけ?
」って顔してたし、タケルは「またシンゴ飯か…」と呟いていた。
いや、僕が作ったんだけどね。
この「シンゴ化」現象、実は自覚がある。
シンゴは料理中は必ずと言っていいほど、スマホでレシピ動画を見てるんだけど、その画面をちらっと横目で見てるうちに、彼の使ってる調味料とか、隠し味なんかが、いつの間にか僕の脳にインストールされちゃってるみたいなんだ。
自分では意識してないのに、スーパーで棚の前をうろついてると、ふと「あ、これシンゴが使ってたやつだ」って手が伸びてしまう。
そして、気づけば僕の買い物カゴには、見慣れない香辛料の瓶が転がり込んでいる。
以前は全く興味がなかったクミンシードとか、カルダモンとか。
いや、僕は和食派だったはずなんだが。
さらに厄介なのは、シェアハウスの伝言板ならぬ、ホワイトボードの存在だ。
これは家賃の振り込み日とか、ゴミ出し当番とか、共有の連絡事項を書き出すためのものなんだけど、時々、誰かがイタズラで、アニメキャラのセリフとか、流行りのギャグとかを書き残していく。
もちろん、最初はみんな笑って見てるんだけど、これが妙に伝染するんだよね。
誰かが書いた「〜だゾ!
」っていう語尾が、いつの間にかみんなの連絡事項にも混じり始める。
最初は面白がって使ってるんだけど、だんだんそれが、まるでその人が本当にそう言ってるかのように、脳内で再生されるようになってくる。
先日、タケルが「今日の夕飯は各自でお願いしますだゾ!
」って書いてて、思わず「タケル、そんなキャラだっけ?
」って口に出しそうになった。
本人は至って真面目な顔で、冷蔵庫のプリンを漁っていたけど。
これがエスカレートすると、ちょっとしたトラブルにも発展する。
例えば、シンゴが「冷蔵庫の奥にあるプリン、俺のだから食べないでね」って書いたとする。
そしたら、タケルが面白がって、その下に「いや、僕のだゾ!
」って書き足す。
で、僕がそれを見て、どっちが本当か分からなくなって、結局「みんなで仲良く食べましょう!
」って書いた紙を上から貼る。
すると、シンゴが帰ってきて「俺のプリンが…」ってうなだれる。
いや、別に誰かが食べたわけじゃないんだけど、情報が錯綜して、本来の意図が捻じ曲がっていく感じが、なんだか面白いというか、人間って面倒だなというか。
最近、シェアハウスの近所の定食屋で、期間限定の「地獄の激辛麻婆豆腐」ってメニューが出たんだ。
僕は辛いものが苦手なんだけど、シンゴが「これは食っとけ、人生変わるぞ」って熱弁するもんだから、まあ、物は試しにと行ってみた。
案の定、一口食べたら、口の中は火事、鼻水は止まらない、汗は滝のように吹き出す。
それでもシンゴの「人生変わるぞ」って言葉が頭をよぎって、無理して半分くらい食べたところでギブアップ。
店員さんに「すごいですね!
」って言われたけど、僕にとっては地獄だった。
シェアハウスに帰って、タケルに「麻婆豆腐、人生変わるって言うから食べたんだけど、死ぬかと思った」って言ったら、タケルは「あー、それ、シンゴが言ってたの、たぶん『人生最後の麻婆豆腐』って意味じゃない?
」って。
僕の聞き間違いか、シンゴの言い間違いか、どっちかは知らないけど、情報って受け取り方一つで、こんなにも変わるんだなと痛感した。
あの麻婆豆腐の辛さは、きっと僕の人生に「辛いものは苦手」という確固たる事実を刻み込んだだけだ。
むしろ、人生は変わらなかった。
僕たちは、無意識のうちに誰かの言動や声色、思考パターンを真似したり、そこから影響を受けたりしてる。
それが悪意のない伝言ゲームだったり、ちょっとしたユーモアだったりする分には、まあ笑い話で済む。
でも、時に、その模倣が悪意を帯びたり、情報が歪曲されて伝わったりすると、思わぬところで誰かを傷つけたり、混乱させたりする。
カラオケで十八番を他人のキーで歌っちゃう僕みたいに、ちょっとしたズレから生まれる不協和音って、意外と日常に転がってるもんだ。
あのプリンの件も、結局誰も食べてないのに、シンゴは「俺のプリンが消えた…」って落ち込んでたし、タケルは「そんなこと言って、シンゴが自分で食べたんだろ?
」って疑ってた。
僕は「いや、ホワイトボードのせいだよ」って言いたかったけど、もう誰も耳を貸さなかった。
誤解って、一度生まれたら、なかなか解けないものなんだな。
まるで、味噌漬けを作ったつもりが、いつの間にかココナッツミルク味になってしまった僕の料理みたいに、本来の形を失ってしまう。
でも、まあ、そんなちょっとした勘違いや、誰かの影響を受けちゃう人間臭い部分が、僕たちの日常を豊かにしてるのかもしれない。
シンゴのせいでエスニック料理のレパートリーが増えたのは事実だし、タケルの影響で最近、早寝早起きになった。
カラオケの十八番は、次の機会には絶対に僕のキーで歌い上げてやるけど、あの激辛麻婆豆腐だけは、もう二度と近づかない。
僕の人生は、もう十分に変わったから。
きっと、みんなもそんな経験、あるよね?
誰かの真似して失敗したり、伝言ゲームでとんでもないことになったり。
でも、結局、それが笑い話になったり、新しい発見になったりするんだから、まあ、人間って面白いよな、って思う。
次は、僕がタケルを真似て、冷蔵庫のプリンをこっそり食べちゃう番かもしれない。
もちろん、ホワイトボードには「プリン、僕が食べたゾ!
」って書いておこうかな。
怒られるかな。
いや、きっと笑ってくれるはずだ。
多分。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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