📝 この記事のポイント
- 近所の定食屋で常連扱いされて、注文前にお茶が出てきた。
- いや、別に常連というほど来てるわけじゃない。
- たぶん、おばちゃんが私の顔と「サバの味噌煮定食」をセットで覚えただけだ。
近所の定食屋で常連扱いされて、注文前にお茶が出てきた。
いや、別に常連というほど来てるわけじゃない。
たぶん、おばちゃんが私の顔と「サバの味噌煮定食」をセットで覚えただけだ。
週に2回くらいしか来ないのに。
この定食屋のサバ味噌は、甘じょっぱい味噌が骨まで染み込んでて、ご飯が進みすぎるんだよね。
特に今日は、派遣先の休憩室で見たインスタントコーヒーの空き瓶が、なぜか「お疲れ様です」と囁いているように見えて、なんか疲れてたから、余計に染みた。
疲れてた、というか、腑に落ちないことがあったのだ。
今日の休憩時間、たまたま隣の席に座った社員さんが、スマホで何かを見せてきた。
「見てくださいよ、これ。
洗濯ばさみですよ、洗濯ばさみ!
」と言いながら画面をぐいぐい寄せてくる。
最初は、は?
何?
うちの会社の備品が足りないって話?
と思ったんだけど、いや違う。
画面の中には、洗濯ばさみでできたロボットが写っていた。
それも、ただの洗濯ばさみじゃない。
関節部分にはちゃんと可動域があって、立ち姿がもう完全に人型ロボットアニメに出てくるやつ。
しかも、武器を構えている。
その武器がまた芸が細かいというか、本気度がすごいのだ。
普通の白い洗濯ばさみとは違う、ちょっと黒みがかったり、透明感があったりする洗濯ばさみを組み合わせて、まるで金属やクリスタルでできたかのように見せている。
洗濯ばさみのバリエーションまで駆使して、見栄えを良くするその執念。
思わず「これ、そういうプロいんのかって思った」って口走ってしまった。
「いや、プロじゃないですよ。
ただの趣味らしいですけど」と社員さんは笑う。
趣味でここまでやれるって、なんなんだよ。
私の知ってる洗濯ばさみって、洗濯物を挟むだけの、そこそこどうでもいい、むしろしょっちゅう壊れて買い替える地味な存在なんだけど。
それが、こんなにカッコいいロボットになっちゃうなんて。
しかも、そのロボット、ちゃんと「ストーリー」まであるらしい。
これは主人公機で、敵キャラもいて、さらにパワーアップ形態もあるとか。
もう、完全に二次創作の世界じゃん。
洗濯ばさみの。
その時、頭の中で何かが「プツン」と音を立てた気がした。
いや、プツンというより、「ガチャリ」とか「カキン」とか、そういう金属音が適切かもしれない。
私の人生って、これまでいろんなものにハマっては飽きて、また違うものに手を出しては途中で放り出して、の繰り返しだったな、って。
小学生の時に流行ったたまごっち。
最初の1週間は肌身離さず持ち歩いたけど、すぐに飽きて妹に押し付けた。
中学生の時のバスケ部。
漫画「スラムダンク」に影響されて入ったものの、体育館の汗臭さと厳しい練習についていけず、半年で幽霊部員に。
高校生の時のバンド活動。
初めてギターを買って「これで私もロックンローラー!
」と意気込んだものの、Fコードが押さえられなくてすぐに挫折。
押さえられないFコードが悪い。
あれ、本当に指がちぎれるかと思った。
大人になってからも、そのパターンは変わらない。
去年の春、テレビで観た料理番組に触発されて、本格的なスパイスカレー作りにハマった。
カルダモンとかクミンとか、よくわからないスパイスを何種類も買い込んで、キッチンはあっという間に異国の香りに包まれた。
家族は「おお!
すごい!
」とか言いながら食べてくれたけど、正直、毎回レシピ通りに計量して炒めて煮込むのが面倒くさくなって、2ヶ月で飽きた。
残ったスパイスは、今もキッチンの奥で眠っている。
時々、賞味期限を確認するたびに、「あの時の熱意はどこへ…」と、遠い目をしながら溜息をつくのがお決まりのパターンだ。
そういえば、そのスパイスカレーに飽きた直後に、今度は陶芸教室の体験コースに申し込んだんだった。
土をこねて、ろくろを回して、自分の手で器を作る。
なんて素敵な趣味!
と思ったのも束の間、ろくろを回すたびに土が暴走して、私の服は泥だらけ。
先生は優しく教えてくれるんだけど、なんかもう、自分の不器用さに絶望して、結局マグカップを一個作っただけでフェードアウトした。
そのマグカップ、使い道がなくて今は実家の玄関で、なぜか印鑑入れになっている。
そうやって、私は「熱しやすく冷めやすい」という、どこか他人事のような言葉を、自分の人生の枕詞のように使ってきた。
趣味なんて、そんなもんでしょ?
飽きたら次に行けばいいじゃん。
という開き直りにも似た思考で、いろんなものに手を出しては中途半端に終わらせてきた。
でも、あの洗濯ばさみロボットを見た時、なんかこう、胸をギュッと掴まれたような、ちょっと恥ずかしいような、それでいて、ちょっと感動するような、複雑な気持ちになったのだ。
洗濯ばさみだよ?
あの、なんでもない、本当に「そこそこどうでもいい」とまで思っていた洗濯ばさみだよ?
それを、ここまで本気で、情熱を注いで、魂を込めて、一つの作品に昇華させている人がいる。
しかも、プロじゃなくて趣味で。
そのこだわりっぷり、芸コマっぷり。
武器部分の洗濯ばさみのチョイスとか、関節の可動域とか、ストーリー性とか。
もう、なんというか、その人の「愛」が見えた気がしたのだ。
洗濯ばさみに対する、いや、何かを創り出すことに対する、純粋で、ひたむきな愛が。
その時、ふと、昔ハマっていたゲームのことを思い出した。
小学生の時だったか、友達と集まって、ひたすらモンスターを育成するゲームをしていた。
当時はまだネット対戦とかなくて、友達の家に行ってコントローラーを握りしめて対戦する日々。
特に、レアなモンスターを捕まえるために、何時間もかけてフィールドをうろうろしたり、特定のアイテムをゲットするために、同じダンジョンを何度も周回したり。
あの頃の私は、時間を忘れて、本当に夢中になっていた。
レアモンスターをゲットした時の興奮とか、友達との対戦で勝った時の達成感とか、あの時の情熱は、今思い出しても胸が熱くなる。
そうか、私はあの洗濯ばさみロボットを見て、失くしたものを思い出したのかもしれない。
一つのことに、ただひたすらに熱中する、あの純粋な気持ち。
結果とか、効率とか、人からの評価とか、そんなものは一切関係なく、ただ自分が「好きだから」という理由だけで、どこまでも深く、どこまでも自由に、没頭できる感覚。
大人になって、いろんな経験をして、賢くなったつもりでいたけど、結局は何かを「楽しむ」という一番大切な部分で、むしろ不器用になっていたのかもしれない。
定食屋のおばちゃんが、サバ味噌定食を運んできてくれた。
「はい、サバ味噌ね。
今日のはちょっと味濃いめだよ」と笑顔で言う。
私は箸を手に取り、大きく頷いた。
そうか、味の濃さまで覚えてるんだ。
これって、常連扱いってことなのかな。
まあ、どっちでもいいけど。
箸でサバの身をほぐしながら、私は決意した。
よし、私も何か、また本気でハマれるものを探してみよう。
洗濯ばさみでロボットを作るのは、正直、ハードルが高い。
Fコードすら挫折した人間が、洗濯ばさみで複雑な構造物を作るなんて、悪夢でしかない。
でも、また何か、熱中できる「遊び」を見つけたい。
それが、またスパイスカレーでも、陶芸でも、あるいは全然違う何かでもいい。
飽きるかもしれないし、途中で投げ出すかもしれない。
それでもいい。
また、あの時のゲームのように、時間を忘れて夢中になれる何かを。
とりあえず、まずは実家の奥で眠っている、賞味期限切れ寸前のスパイスたちを救出することから始めようかな。
カレーはもういいから、なんかこう、スパイスを使った「何か」を。
たとえば、スパイスで洗濯ばさみをデコレーションしてみるとか?
いや、それこそ本末転倒だよ、私のバカ。
でも、そういうちょっとおかしな発想から、また新しい「好き」が生まれるのかもしれない。
なんてことを考えながら、私はご飯をおかわりした。
サバ味噌、やっぱり最高。
こういう安定した「好き」も、それはそれで悪くないんだよね。
まあ、結局は食い意地が張ってるだけなんだけどさ。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

