裁判官とレモンと、僕の煮込みハンバーグの話

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📝 この記事のポイント

  • 書店で立ち読みしていたら、知らない人に話しかけられて焦った。
  • 「その本、面白いですよね」と、僕が手にしていたのは、ごく普通の料理雑誌だった。
  • 思わず「あ、はい、まあ、パラパラと」とか言って、慌てて雑誌を棚に戻し、足早にその場を後にした。

書店で立ち読みしていたら、知らない人に話しかけられて焦った。

「その本、面白いですよね」と、僕が手にしていたのは、ごく普通の料理雑誌だった。

思わず「あ、はい、まあ、パラパラと」とか言って、慌てて雑誌を棚に戻し、足早にその場を後にした。

別に何か悪いことをしていたわけじゃない。

ただ、集中して記事を読んでいたところに、予想外の外部からの干渉があったことに、僕の単身赴任で培われたソロ活動の平穏が乱された、とでも言えばいいのか。

いや、単に人見知りなだけだろう。

しかし、立ち読みから離脱したはいいものの、そのまま真っ直ぐ帰るのも癪に障る。

というか、せっかくここまで来たんだから、何か収穫が欲しい。

僕の住んでいるアパートからこの駅前まで、自転車で往復20分。

汗だくで来たんだから、元を取りたい。

まあ、元って何だよって話だけど、そこは僕のどうでもいいこだわりというか、そういう意味不明なプライドが時々顔を出す。

「何もせずに帰るなんて、今日の自分に失礼だろ」みたいな。

それで結局、隣のCDショップを覗いたり、雑貨店で意味もなく芳香剤の匂いを嗅いだりして、結果的に何も買わずに帰る、という、本末転倒な行動に出ることも少なくない。

今日のところは、結局何も買わなかったけど、帰り道のスーパーで半額になっていたレモンを買うことで、どうにか自分を納得させた。

レモン。

いい響きだ。

なんかこう、爽やかで、料理に深みを与えてくれそうでしょ。

特に使い道は決めてないんだけど。

そういえば、今の僕の仕事も、まあ、そこそこ好きなんだけど、小学生の時に思い描いていた「未来の自分」とは、かなり違う立ち位置にいるな、なんてことをレモンを絞りながら思った。

レモンを絞っているのは、今夜作ろうと思っている煮込みハンバーグに入れる予定の隠し味というか、まあ、気分で。

昔読んだ漫画で、ハンバーグにはレモン汁を入れると肉の臭みが消えて爽やかになると書いてあったんだ。

それが本当かどうかは、実は半信半疑なんだけど、毎回律儀にやっている。

そういう、誰にも言わないけど、自分の中では「絶対こう」と決めている謎ルール、みんなもあるんじゃないかな。

僕の場合、例えばスーパーでカゴに入れるパンは、必ず食パンから先に取る、とか。

理由は特にない。

なんか、食パンが一番偉い気がするから。

で、小学生の時の話に戻るんだけど、僕が憧れていた職業、それは「裁判官」だった。

なんかね、法廷でビシッと論破して、正義の裁きを下す姿がめちゃくちゃ格好いい、って思ってたんだ。

多分、テレビドラマか何かで見た影響だと思う。

子ども心に「これはすごい」と。

それで、小学校の職業見学の授業で、裁判所に連れて行ってもらったんだよね。

普段なかなか入れない場所だから、ワクワクしてさ。

分厚い法律書とか、重々しい雰囲気とか、全部が新鮮で。

もちろん、実際の裁判の様子は見られなかったけど、裁判官の人から話を聞く機会があった。

その時、僕、勇気を出して質問したんだ。

「裁判官の仕事で、一番やりがいを感じるのはどんな時ですか?

」って。

小学生ながらに、結構真面目な質問だと思ったんだけど、判事さんは一瞬、目を細めて、何とも言えない、なんていうか、「ああ、またこの手の質問か」みたいな顔をしたんだ。

「うーん、そうですねぇ……」って、少し間があって、「やはり、公正な判断ができたと感じた時、でしょうかね」と、すごく事務的な答えが返ってきた。

別に間違ったことは言ってないんだろうけど、僕が期待していた、例えば「苦しんでいる人を救えた時」とか、「社会の秩序を守れた時」みたいな、もっと熱い、人間味あふれる答えではなかった。

あの時の判事さんの、僕を見下すわけでもなく、かといって興味を示すわけでもない、あの「怪訝な目」というか、「無関心な目」というか。

あれが、僕の裁判官への憧れを、一瞬で凍らせたんだ。

家に帰ってから、それまで読んでいた法律系の漫画も、全然面白くなくなっちゃって。

なんか、夢が現実の「ただの仕事」に変わった瞬間、みたいな。

子どもが抱く純粋な興味って、結構脆いんだよね。

ちょっとしたことで、簡単に消えちゃう。

あの判事さんも、きっと忙しかったんだろうし、子どもの質問にいちいち真剣に答えていられない、って気持ちも分からなくはない。

でも、あの時、もしもう少しだけ、例えば「君みたいな子が興味を持ってくれて嬉しいよ」とか、ちょっとでも感情のこもった言葉をかけてくれていたら、僕の人生、今頃どうなっていたのかな、なんて。

まあ、正直、僕が裁判官になっていたとしても、単身赴任で自炊生活を送っているだろうし、スーパーで半額のレモンを手に取って「今夜はハンバーグにレモン汁だな」とか考えているだろうから、大した違いはないのかもしれない。

でも、あの時の僕の「正義の味方になりたい!

」っていう、あの熱い気持ちを、もっと大事にしてくれたら、もしかしたらもっと、こう、レモンを絞る手つきにも、熱意がこもっていたかもしれないじゃない?

いや、それはないか。

でもさ、あの「興味を持ってくれた子どもをこうやって失うの勿体ない」って、まさにそうだよな。

僕も、仕事で後輩に何かを教える時、あの判事さんのようにならないように、って気を付けているんだ。

どんなにくだらない質問に思えても、一度は真剣に受け止める。

僕が昔、社内システムについて質問した時に、先輩が「え、そんなことも知らないの?

」って顔したのが、今でも地味にトラウマになっているからね。

そのシステム、僕が担当になって半年後には無くなってたけど。

で、僕がなぜ、あの判事さんの態度をずっと覚えているのか、ふと疑問に思ったんだ。

単に僕が根に持つタイプだから、というのもあるけど、それだけじゃない気がして。

それで、最近、会社の図書館で借りてきた心理学の本をパラパラと読んでみたんだ。

別に専門書じゃない、一般的なビジネス書みたいなやつ。

そこに「初頭効果」と「終末効果」という話が載っていた。

要は、人は最初と最後の印象を強く記憶する、というやつ。

僕の場合、裁判官という職業に対して最初に抱いた「カッコいい!

」というポジティブな印象が、あの判事さんの「怪訝な目」によって、あっという間に「なんか冷たい」というネガティブな印象に塗り替えられてしまった、ということなんだろう。

しかも、それが最後の印象として残っちゃったから、もうダメだ。

リカバー不能。

レモンを絞りきってカスになったやつを捨てるくらい、あっけなく。

でも、考えてみれば、僕が今、転勤先のスーパーで半額のレモンを手に取って、わざわざ煮込みハンバーグに入れるなんて、まさに「些細なこだわり」の塊みたいなもんだ。

別にレモンがなくてもハンバーグは作れるし、美味しい。

むしろ入れない方が純粋な肉の旨味が云々、なんて人もいるだろう。

でも、僕は入れる。

なぜなら、昔読んだ漫画にそう書いてあったから。

そして、それが僕にとっての「正しいハンバーグ」だから。

結局、僕の生活は、あの時の判事さんの態度によっても、心理学の「初頭効果」を知ったことによっても、特に何も変わらない。

今日も僕は、スーパーで買ってきた豚ひき肉と玉ねぎをこねて、パン粉と牛乳を混ぜて、卵を割り入れて、レモン汁を数滴。

フライパンで両面を焼き付けてから、トマト缶とコンソメ、ちょっとだけケチャップとウスターソースで煮込む。

その間、キッチンタイマーが鳴るまでの15分間、僕は皿洗いをする。

そして、仕上げにちょっとだけバターを落として、香り付け。

これが僕の、単身赴任先での「正しい煮込みハンバーグ」なんだ。

レモンの爽やかな香りが、部屋中に広がる。

ああ、いい匂い。

誰かに「ハンバーグにレモン汁なんて邪道だ」と言われても、きっと僕はやめないだろう。

僕の中の「正しい」は、一度決めたら、なかなか揺るがない。

それは、あの判事さんの冷たい視線によって、裁判官への夢が儚く散った小学生の僕から、ずっと変わらない、のかもしれない。

まあ、人生ってそういうもんか。

熱い情熱も、冷めた現実も、結局は煮込みハンバーグの隠し味みたいなもので、全部ひっくるめて、僕の食卓を彩る、ってことなんだろうな。

さて、今日も美味しくいただきますか。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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