📝 この記事のポイント
- 都心の喧騒を吸い込んだ満員電車の中、僕はつり革に掴まりながらぼんやりとスマホの画面を見ていた。
- 手の中に収まるこの小さなデバイスは、もはや僕たちの生活の一部だ。
- 画面に映るのは、見慣れたSNSのタイムライン。
都心の喧騒を吸い込んだ満員電車の中、僕はつり革に掴まりながらぼんやりとスマホの画面を見ていた。手の中に収まるこの小さなデバイスは、もはや僕たちの生活の一部だ。画面に映るのは、見慣れたSNSのタイムライン。キラキラした旅行の写真、美味しそうな料理の数々、そして、同僚のAがアップした、プロジェクト成功を祝う打ち上げの写真。Aは満面の笑みで、中心に陣取っている。
(ああ、またか…)
心の中で小さく呟いた。彼の投稿はいつもエネルギッシュで、まるで「自分はこんなに頑張っている」「こんなに評価されている」とアピールしているように感じてしまう。僕自身もSNSをやらないわけではないけれど、Aのように積極的に「いいね!」やコメントを求めるようなことは、どうしてもできない。この便利なツールが、いつの間にか僕にとって、少し居心地の悪い存在になっていた。
最初の印象
僕がSNSを使い始めた頃は、純粋に新しい世界にワクワクしていたんだ。遠く離れた友人たちの近況を知ったり、共通の趣味を持つ人たちと繋がったり。画面越しに広がる情報はどれもキラキラしていて、自分もその一部になりたい、という憧れがあったのを覚えている。最初は自分の好きなものを気ままに投稿していたんだけど、だんだんと「もっとたくさんの人に見てもらいたい」「『いいね!』をもらいたい」という気持ちが芽生え始めたんだ。そう、まるで自分の投稿が、誰かの目に留まることで初めて価値を持つかのように。あの頃はまだ、それが『承認欲求という名の迷路について』の入り口だなんて、思ってもみなかったな。
実際に使ってみて
SNSを使えば使うほど、僕の心には小さな波紋が広がっていった。Aの投稿を見るたびに、彼の充実した日常と自分のそれとを比較してしまう。旅行の写真なら、一番景色の良い場所で、一番おしゃれな格好をしている写真を選んで投稿する。料理の写真なら、一番美味しそうに見える角度で、一番綺麗に盛り付けられたものを選ぶ。まるで、自分という商品をPRしているかのようだった。
ある日、同期のBと昼食をとりながら、僕はAのSNSの話をしたんだ。「あいつ、本当にマメだよな」って僕が言うと、Bは苦笑いしながら「承認欲求って、怖いなあって思うよ」と返した。その言葉に僕はハッとした。「僕らだって少なからず承認欲求はあるんじゃない?」と聞くと、Bは「僕は、自分の好きなものを共有したいだけなんだ。誰かに褒められたいわけじゃない」と言った。Bの言葉は、僕がSNSに写真をアップする時、どこかで「いいね!」を期待している自分に気づかせてくれたんだ。
良かったところ
- 情報収集のハブとして役立つ: 自分の興味関心に合った情報や、最新のニュースなどを素早く手に入れられるのはやっぱり便利だね。
- 友人や趣味仲間との繋がりを深められる: 昔の友人や、リアルではなかなか会えない趣味仲間と、気軽に交流を続けられるのはSNSならではの魅力だと思う。
- 自分と向き合うきっかけをくれる: 他人の投稿や自分の投稿への反応を通じて、知らず知らずのうちに自分自身の感情や価値観と向き合う機会が生まれる。これは僕にとって、予想外の収穫だったな。
気になったところ
- 他者との比較に疲れてしまう: キラキラした投稿ばかり見ていると、どうしても自分と比較してしまい、劣等感を感じたり、無意味な焦りを感じてしまったりすることがある。
- 「いいね!」やコメントの数に囚われる: 自分の投稿に対する反応が気になりすぎて、本来の楽しさを見失ってしまうことがある。承認欲求が強くなると、SNSが自分を評価する場所だと感じてしまうんだ。
どんな人に向いてる?
SNSは、情報収集が好きな人や、遠く離れた友人たちとの繋がりを大切にしたい人には最高のツールだと思う。また、自分の趣味や好きなことを発信して、同じ興味を持つ仲間を見つけたい人にとっても、素晴らしい場所だ。ただし、他人の評価に一喜一憂しやすい人や、SNSでの人間関係に少し疲れを感じている人にとっては、使い方を少し見直す必要があるかもしれない。僕のように、自分とSNSとの心地よい距離感を模索したい人には、きっとヒントをくれるはずだ。
使い続けて8週間の今
あのBとの会話以来、僕はSNSとの付き合い方を少しずつ変えてみた。以前は無意識に「他人から良く見られたい」という気持ちで投稿を選んでいたけれど、今は「自分が楽しいと思えるかどうか」を一番に考えている。誰かの真似をしたり、反応を気にしすぎたりするのをやめたんだ。
例えば、綺麗な景色を撮ったら、以前なら「どうやったらもっと『いいね!』がもらえるか」と考えていたけど、今は「この感動を純粋に共有したい」という気持ちで投稿している。すると不思議なもので、投稿すること自体が、以前よりもずっと楽しくなったんだ。
もちろん、承認欲求が完全に消えたわけじゃない。でも、それは人間として自然な感情だと受け入れられるようになった。SNSは僕にとって、自分の好きなものを共有し、同じ趣味を持つ人と繋がるためのツールなんだって、ようやく理解できた気がするよ。
自分が本当に楽しいと思える投稿をする。これが僕が『承認欲求という名の迷路について』で見つけた、小さな、でも大切なヒントだ。
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