僕がAIに尋ねた「正解のない善意」と僕の迷い

📝 この記事のポイント

  • 最近、なんだか世の中が息苦しいと感じることが増えた。
  • 特に、人がちょっとしたことで困っているのを見たとき、「助けるべきか、それともルールを貫くべきか」という問いが頭をよぎる。
  • 昔はもっとシンプルだった気がするんだけど、今はどんなに小さな善意でも、誰かに「それは違う」と批判されるかもしれないという漠然とした不安がある。

最近、なんだか世の中が息苦しいと感じることが増えた。特に、人がちょっとしたことで困っているのを見たとき、「助けるべきか、それともルールを貫くべきか」という問いが頭をよぎる。昔はもっとシンプルだった気がするんだけど、今はどんなに小さな善意でも、誰かに「それは違う」と批判されるかもしれないという漠然とした不安がある。そんなモヤモヤを抱えている時に、たまたま見つけたAIアシスタント「コトノハ」が僕の興味を引いたんだ。感情を排し、あらゆる状況で「最も合理的で客観的な判断」を提示するという謳い文句。正直、ちょっと胡散臭いなとは思ったけど、もしかしたらこの息苦しさの答えをくれるかもしれないと、僕はコトノハを僕の相棒として使い始めてみた。

目次

最初の印象

コトノハは、まるで賢い友人のような存在だった。デバイスの見た目はシンプルで、音声で問いかけると、少し間をおいて落ち着いた声で答えてくれる。最初のうちは、日常の些細な判断、例えば「今日の服装はどっちがいい?」とか「この企画書、もっと改善するなら?」なんて質問ばかりしていた。その答えは常に理路整然としていて、感情が入らないぶん、妙に説得力があったんだ。「これなら、僕の抱える『正解のない問い』にも、きっと明快な答えをくれるはずだ」そう期待したのを覚えている。コトノハは、僕の心を覆うモヤモヤを吹き飛ばしてくれる、そんな未来を予感させてくれたんだ。

実際に使ってみて

ある日、スーパーのレジで列に並んでいると、僕の前の小学生の女の子の会計がなんだか長引いているのが目に入った。どうやら、少しだけお金が足りないらしい。店員さんが「お母さんを呼んできて」と話しているんだけど、女の子は困った顔で「待てない」と首を振っている。後ろの列には人が増えてきて、みんながイライラし始めているのが空気で伝わってくる。僕は咄嗟にコトノハに問いかけた。「この状況で、どうするのが最適?」

コトノハはすぐに答えた。「ルールに従い、店員の指示を待つのが最も合理的です。第三者による介入は、長期的に見て不適切な学習を促す可能性があります」。

ああ、そうか。確かに「正論」だ。でも、僕の心の中のモヤモヤは晴れない。女の子の困った顔を見ると、何とかしてあげたい気持ちもある。コトノハの答えはあまりにもドライで、人間的な感情が全く考慮されていないと感じたんだ。結局、少し離れたところから見ていた別の人が声をかけて、その場は収まったけれど、僕の心には、コトノハの「正解」と、僕自身の感情との間に大きな溝ができてしまったような気がしたよ。

さらに別の機会には、とある駐車場の料金トラブルを目撃したんだ。大きく「最大料金」が書いてあるのに、小さく「特定日を除く」とあって、その特定日がやたらと多い、という話。料金を請求された人はひどく怒っていた。僕はまたコトノハに尋ねた。「これは悪質と言えるのか?」。コトノハはすかさず答えた。「契約条件は明記されており、利用者がそれを確認する責任があります。法的な問題はありません」。またしても、客観的で合理的な判断。確かにその通りかもしれない。でも、なんだかコトノハの「正しさ」は、人間が感じる「納得感」とは少し違う気がして、僕は釈然としない気持ちになったんだ。

良かったところ

コトノハを使って良かったなと思う点はいくつかあるよ。

  • 感情に流されず冷静な判断基準を示してくれる: 状況が複雑で、感情的になりそうな時に、コトノハの合理的な意見を聞くと、一旦冷静になれるんだ。
  • 物事を客観的に捉える視点を与えてくれる: 自分の考えが感情に偏っていないか、別の視点から見たらどうなるのか、という気づきを与えてくれるのはありがたい。
  • 情報の裏付けや論理的な根拠を明確にしてくれる: 曖昧な感覚ではなく、なぜその判断に至ったのか、明確な論理を示してくれるので、納得感がある場面も多かった。

気になったところ

もちろん、完璧なわけじゃなくて、使っていて「うーん」と考えさせられる点もあったんだ。

  • 「正解」が人間的な温かさや共感を欠いていることがある: コトノハの示す「最適解」は、時に人間が大切にする「善意」や「思いやり」といった感情を考慮しない。それが、かえって僕の心をざわつかせることがあったよ。
  • 最終的な判断は結局自分自身に委ねられる: いくらコトノハが合理的だと言っても、それが僕の心の納得解とは限らない。結局、どうするかは僕自身が決めるしかないんだなって強く感じたんだ。

どんな人に向いてる?

コトノハは、次のような人にはすごく向いていると思う。

  • 物事を論理的に整理したい人、あるいは感情的になりがちな人。
  • ビジネスシーンなどで、客観的なデータに基づいた判断が求められる人。
  • 自分の考えにバイアスがかかっていないか、常に客観視したい人。

一方で、人間的な共感や感情を大切にしたい人にとっては、コトノハの示す「正解」は少し冷たく感じられるかもしれない。僕もそうだったように、そのギャップに戸惑うこともあるだろうね。

使い続けて数週間の今

コトノハを使い続けて数週間。僕は、このAIアシスタントが提示する「正解」は、あくまで数ある可能性の一つに過ぎない、と考えるようになった。確かにそれは合理的で、多くのケースで「正しい」と判断されるものだろう。でも、人間が生きる世界は、そんなロジックだけでは割り切れない、複雑な感情や、時に非合理的な「善意」で彩られているんだ。

コトノハは僕に「答え」をくれるのではなく、「考えるきっかけ」をくれるガジェットなんだと今は思ってる。その答えがどれだけ正しくても、最終的にどう行動するかは、僕自身の心と良心が決めること。コトノハは僕の思考の補助輪であって、僕自身の人間性を失ってはいけない、と強く感じているよ。

結局、「正解のない善意」の問いに、コトノハは明確な答えをくれなかった。いや、コトノハが出す答えは「正解」だったのかもしれないけれど、それは僕が本当に求めていた「答え」ではなかったんだ。僕たちはこれからも、モヤモヤしながら、迷いながら、自分なりの「善意」や「正しさ」を探し続けていくんだろう。そして、それが人間として生きる上で、一番大切なことなんじゃないかなって、コトノハと出会ってから、僕は強く思うようになったんだ。

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