📝 この記事のポイント
- 僕はいつもの満員電車に揺られながら、窓に映る自分の顔をぼんやりと見ていた。
- 一週間分の疲労が、その顔にはっきりと刻まれている。
- 目の前の人はK-POPに夢中で、向かいの人は競馬の結果をチェックしている。
2025年11月21日、金曜日の夕暮れ。僕はいつもの満員電車に揺られながら、窓に映る自分の顔をぼんやりと見ていた。一週間分の疲労が、その顔にはっきりと刻まれている。目の前の人はK-POPに夢中で、向かいの人は競馬の結果をチェックしている。みんな、それぞれの現実から少しだけ逃避しようとしているみたいだ。そんな中、ふと視界に飛び込んできたのは、鮮やかなオレンジ色の広告だった。「三ヶ日みかん、今年も旬です。」そのキャッチコピーは、子どもの頃の記憶を鮮やかに呼び起こした。
炬燵に入り、家族みんなでみかんを剥く冬の日の光景。あの頃は当たり前だったけれど、今の僕にとって、それは遠い過去の記憶になっていた。都会で暮らしていると、食べ物がどこから来て、どんな人が作っているのか、深く考える機会はほとんどない。スーパーに並んでいる野菜や果物は、ただの「商品」としてしか見ていなかったかもしれない。そんな僕が、あの広告をきっかけに、食と、それにまつわる様々な物語に引き込まれていくことになるとは、この時はまだ知る由もなかった。
最初の印象
あのオレンジ色の広告を見た時、僕の心によぎったのは、懐かしさと、そして一つの疑問だった。「三ヶ日みかん」って、てっきりみかんの品種の名前だと思っていたんだけど、もしかして違うのか? 実家に送られてきていた段ボール箱に入ったみかんは、冬の風物詩だった。しかし、その箱の色が時期によって違うことに、子どもの頃は全く気づいていなかった。いや、気づいていたとしても、それが何を意味するのか、深く考えることはなかっただろう。僕にとって、みかんはただの「みかん」だったし、「三ヶ日みかん」は、ただの「おいしいみかん」の代名詞だったのだ。食に対して、僕はどれほど無関心だったのだろう、と今になっては少し恥ずかしく思う。
実際に使ってみて
電車を降りて家に帰り着き、夕食を済ませた後、僕はすぐにスマートフォンで「三ヶ日みかん」について調べてみた。すると、そこには驚くべき事実が待っていた。「三ヶ日みかん」は、特定の品種名ではなく、地域ブランドの名前だという。そして、主に“早生”と“青島”という二つの品種から成り立っていて、皮が薄く甘みの強い早生はオレンジ色の箱、酸味と甘みのバランスが良い青島は緑色の箱で出荷されるらしい。この事実を知った時、僕の中で何かがカチッと音を立てて繋がった気がした。そういえば、実家に来るみかんの箱の色は、確かに時期によって違った。あの頃は何も知らなかったけれど、今、その意味が分かった。この知識を得たことが、僕の食に対する新しい「視点」を「使う」最初の一歩だった。
良かったところ
食の背景を知るという、この新しい視点を取り入れたことで、僕の日常は少しだけ豊かになった。
- 物語を知る喜び: 単なる「商品」だったみかんが、生産者のたゆまぬ努力や、地域に根差した長い歴史を持つ「物語」へと変わった。その背景を知ることで、一口食べるたびに、これまでとは違う深みを感じられるようになった。
- 人との繋がり: 友人のアキと話したことで、食はただの栄養源ではなく、人と人、人と地域を繋ぐ大切な役割を担っていると実感できた。スーパーに並ぶ一つ一つの食材に、顔の見えない誰かの想いや、地域社会の営みがあることを意識できるようになったのは大きな収穫だ。
- 日常の豊かさ: 買い物をする時も、飲食店で食事をする時も、その食材がどこから来て、どんな人が作っているのか、想像するようになった。ほんの少しの意識の変化だけど、それが日々の食事をより深く、感謝とともに味わうきっかけになっている。
気になったところ
食の背景を知ることは多くの喜びをもたらしたが、同時にいくつかの課題にも気づかされた。
- 都会での情報不足: 都会に住んでいると、食材の生産地や生産者の情報に触れる機会が限られている。パッケージに書かれた情報だけでは、その裏にある物語や努力を想像しにくい。情報が遮断されがちな環境で、いかに食への関心を維持し続けるかが課題だと感じた。
- 地域農業の現実: アキの話や自分で調べた情報を通して、地方の農業が抱える少子高齢化や後継者不足、グローバル化といった深刻な問題にも目を向けさせられた。僕たちが何も考えずに安い食材だけを求めることが、間接的に地域ブランドや地方農業の衰退に繋がるかもしれないという事実に、少しばかりの無力感も覚えた。
どんな人に向いてる?
この「食の背景に目を向ける」という新しい体験は、きっとこんな人に向いていると思う。
- 日々の食事を、もっと深く、意味のあるものにしたいと考えている人。
- 自分が口にするものが、どこから来て、どんな人の手で作られているのか知りたい人。
- 子どもたちに、食べ物の大切さや感謝の気持ちを伝えたい親世代。
- 持続可能な社会や、地方の活性化に少しでも貢献したいという気持ちがある人。
使い続けて数週間の今
あの電車の広告から数週間が経った今、僕の食に対する見方は大きく変わった。スマートフォンでさらに調べてみたら、三ヶ日という名称が統一され、その普及のためにポスター配布が行われたのが昭和6年だという記事を見つけた。今から約100年前。その頃から、三ヶ日の人々は地域ブランドを大切にし、守り育ててきたのだ。この歴史を知ることで、僕は改めて、地域ブランドの奥深さと、それを守り育てることの難しさを感じた。
僕たちが、ただ「おいしい」「安い」というだけで食材を選び続けるだけでは、地方の農業は衰退し、大切な地域ブランドは失われてしまうかもしれない。でも、一人ひとりが少しだけ意識を変え、食の背景に目を向け、地域ブランドを応援することで、地方の農業は活力を取り戻し、地域社会全体が活性化する可能性を秘めている。それは簡単なことではないけれど、僕たちの小さな一歩が、きっと未来を動かすと信じている。
食は単なる栄養補給ではない。それは、文化であり、歴史であり、そして、人と人、地域と地域を繋ぐ大切な絆なのだ。これからも僕は、食の物語を探し続けたいと思う。
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