📝 この記事のポイント
- 美容院で「いつも通りで」と言ったら、担当者が変わっていて微妙な仕上がりに。
- いや、いつも通りって言ったじゃん? 私の「いつも通り」は、その人にとっての「いつも通り」じゃなかったらしい。
- まるで、違う誰かの髪型を借りてきたみたいで、なんだか落ち着かない。
美容院で「いつも通りで」と言ったら、担当者が変わっていて微妙な仕上がりに。
いや、いつも通りって言ったじゃん?
私の「いつも通り」は、その人にとっての「いつも通り」じゃなかったらしい。
鏡に映る自分を見て、ため息が一つ。
まるで、違う誰かの髪型を借りてきたみたいで、なんだか落ち着かない。
こんな時、帰り道はいつも以上に下を向いて歩いちゃうのよね。
この「いつも通り」のすれ違い、人生には結構ある。
たとえば、娘がお手伝いしてくれるって言って、洗濯物を畳んでくれた時のこと。
ありがたい、もちろんありがたいんだけど、なぜかタオルとパジャマが一緒に畳まれて、しかも全てがぐちゃぐちゃの一山になっている。
「これ、もう一度畳むか、このまま引き出しに突っ込むか…」と葛藤する瞬間の、あのなんとも言えない気持ち。
結局、引き出しに突っ込むんだけど、数日後、適当に畳んだ服の中から、とんでもないシワシワのTシャツが発掘される、なんていうのがお決まりの流れだ。
そういえば、先日パート先の休憩室で、同僚の佐藤さんがスマホを見ながら「駿河屋、やっぱりカオスだよね」って笑ってたのを聞いて、私も思わず頷いちゃった。
なんでも、ネットのポストで「駿河屋はなんでもありのカオスで闇市なところが面白い」っていうのがバズってて、それに助かってる派と、ちょっと引いてる派のコメントが入り乱れてるって話だった。
佐藤さんは熱心なアニメファンで、限定グッズとかを探すために駿河屋をよく利用するらしい。
「もうね、どこに何があるか分かんないのが普通なんですよ!
でも、それが楽しいんですよねぇ。
思わぬお宝に巡り合うこともあるし、まさに宝探し!
」って、目をキラキラさせて語る姿は、まるで冒険家だ。
私はそこまでコアなファンじゃないけど、娘が昔見てたアニメのキーホルダーとか、ちょっと懐かしい漫画を探しに、たまーに実店舗に行くことがある。
確かに、店内はものすごい熱気と、商品が溢れかえっている独特の匂いがする。
初めて行った時は、その膨大な品数と、ジャンル分けがどこかフリーダムな陳列に圧倒された。
新品か中古か、みたいな明確な区別も、最初は何となくしか分からなかったし、同じキャラクターのグッズでも、フィギュアの隣に缶バッジ、その隣にポスター、みたいな感じで、もう探すのが大変。
まさに「闇市」って言われるのも納得の、混沌とした世界観だ。
でも、これがまた面白いんだよね。
たとえば、欲しかった漫画の全巻セットが、なぜか一巻だけ別の棚に置いてあったりする。
あるいは、全然買うつもりのなかった昔のゲームソフトが、ふと目に入って「あ、これ小学校の時やってたやつだ!
」ってなって、ついついカゴに入れちゃったり。
あの、どこから手をつけていいか分からない状態からの、奇跡的な出会いがあるからこそ、やめられない魅力があるんだろうな。
佐藤さんみたいに「助かってる」派の人は、きっとこの「何が出てくるか分からない」ワクワク感と、他では手に入らないレアなものを見つける喜びを知っている人たちなんだろう。
まさに大海原から一粒の砂金を見つけ出すような、そんな高揚感。
彼女は前に「この前、娘がずーっと欲しがってた『プリキュア』の昔のシリーズのぬいぐるみ、まさかの棚の奥底から発掘したんですよ!
もう、娘の顔見たら、私の苦労も吹っ飛んだ!
」って、熱弁してた。
その話を聞いて、私までちょっと感動しちゃったもんね。
一方で、「良く思えない」派の人たちの気持ちも、すごくよく分かる。
店内の独特の匂いとか、商品の山に埋もれてしまいそうな圧迫感とか、通路が狭くてすれ違うのも一苦労な感じとか。
特に、小さい子連れで行くと、子どもが商品を倒さないかヒヤヒヤするし、ベビーカーなんてとてもじゃないけど無理。
あと、値札が何重にも貼られてて、最終的にいくらなのかパッと見じゃ分からない時とかね。
「これ、結局いくらなんだろう…」って、店員さんを呼ぶのも申し訳ないし、かといってレジに持っていくのもドキドキする。
この駿河屋の混沌とした様子って、スーパーのレジ待ちの列と似ている気がするんだよね。
あるじゃない?
どの列に並んだら早く進むのか、みたいな駆け引き。
隣の列がサクサク進んでるように見えて、いざ自分の番が近づくと、前の人がポイントカードを探し始めたり、精算に手間取ったり、はたまた店員さんが応援を呼びに行っちゃったりして、ぜんっぜん進まない!
しかも、隣の列はどんどん新しいお客さんが並んで、あっという間に追い抜かれていく。
あの時の「ああ、やっちまった!
」感。
あれも一種の「混沌」だよね。
さらに言うなら、運動会の場所取りのシート合戦もそうかもしれない。
午前5時にパパが場所取りに行って、最高のポジションを確保したはずなのに、いざ行ってみたら「え、なんでうちのシート、こんな端っこに追いやられてるの!
」みたいな。
誰が、いつ、どうやって動かしたのか、全く不明。
でも、文句を言うわけにもいかず、「まあ、見えなくはないからいっか」って、謎の諦めモードに入る。
あれも、見えないルールと、それぞれの思惑が入り混じった、小さな闇市だ。
結局、駿河屋みたいなカオスな場所って、良くも悪くも「人間の欲望」みたいなものが剥き出しになってるから面白いんだと思う。
お宝を探す人、思い出を探す人、ただただ眺める人。
それぞれの目的が、あの独特の空間でごちゃ混ぜになってる。
そして、その混沌の中から、予想もしなかった「何か」が生まれることがある。
美容院で微妙な仕上がりになった髪型も、最初は「うわー…」って思ったけど、数日経って鏡を見たら、「あれ?
なんかこれはこれでアリかも?
」って思えてくることがある。
なんなら、いつもと違う髪型になったおかげで、新しいヘアアレンジに挑戦してみたり、新しい服を買ってみたり、なんてことにも繋がったりする。
まあ、娘が畳んだぐちゃぐちゃの洗濯物は、結局私が畳み直すんだけどさ。
でもね、そんな混沌の中にも、必ず何か発見があるんだよね。
駿河屋で思わぬ掘り出し物を見つけるように、レジ待ちで隣の列のおばあちゃんの買い物カゴを覗き込んで、初めて見る珍しい野菜を発見したり。
あるいは、運動会で端っこに追いやられたシートから、意外と競技全体が見渡せて、結果オーライだったり。
結局、人生って、いつも「いつも通り」でいることばかりじゃないんだな、と。
むしろ、「いつも通り」じゃないところに、意外な発見や、ちょっとした笑いがあるのかもしれない。
そう考えると、美容院の微妙な仕上がりも、娘のぐちゃぐちゃな洗濯物も、駿河屋の闇市感も、全部ひっくるめて、私たちの日常を彩るスパイスなんだろうな。
あ、そうそう。
次の美容院は、ちゃんと担当者を指名することにした。
混沌もいいけど、たまには確実に「いつも通り」を手に入れたい時もあるからね!
でも、またいつか、駿河屋みたいなカオスに飛び込んで、思いがけないお宝を探しに行っちゃうんだろうな、私。
それが人間の性、ってやつなのかな。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

