📝 この記事のポイント
- ネットで注文したシャツが、どうにもこうにもサイズが合わなくて、もうかれこれ半月以上、部屋の隅でビニール袋に入ったまま放置されている。
- 着てみたら、肩幅はぴったりなのに、胴回りが妙にパツパツで、まるでカツオが一本釣りされた直後みたいなシルエットになったのだ。
- いや、カツオが服を着ることはないけれど、あの独特の、うねるような筋肉質のパツパツ感、わかるだろうか。
ネットで注文したシャツが、どうにもこうにもサイズが合わなくて、もうかれこれ半月以上、部屋の隅でビニール袋に入ったまま放置されている。
着てみたら、肩幅はぴったりなのに、胴回りが妙にパツパツで、まるでカツオが一本釣りされた直後みたいなシルエットになったのだ。
いや、カツオが服を着ることはないけれど、あの独特の、うねるような筋肉質のパツパツ感、わかるだろうか。
返品の手続きをするには、ウェブサイトにログインして、返品理由を選んで、伝票を印刷して、コンビニまで持っていくという、想像するだけで途方もない工程が待っている。
それが面倒で、僕はいつも「週末にやろう」と心に誓い、そしてその誓いを週明けにはあっさり破る、というのを繰り返している。
たぶん、このシャツは僕の部屋のインテリアとして、このまま熟成される運命なのだろう。
そういえば、以前買ったヨガマットも、今はただの猫の昼寝場所になっている。
このシャツの件もそうだけど、最近、どうも自分の体型が怪しい方向へ進んでいる気がしていた。
いや、気がしていた、というより、認めたくない現実から目を背けていただけ、が正しい。
原因はわかっている。
平日の夜は、残業終わりにスーパーで買った半額の弁当をかきこみ、週末は子どもたちと会うたびに「パパ、お菓子買って!
」攻撃を受けて、ついつい一緒にポテトチップスだのスナック菓子だのを口にしてしまう。
そして、離婚してからの気の緩み、という言い訳を枕に、毎週のようにコンビニの新商品スイーツをチェックする癖もついてしまっていた。
子どもたちと別れた後、一人で食べるアイスの甘さは、僕の心と脂肪を同時に満たしていく。
この甘い罠から抜け出せないまま、今日に至る。
そんな自己認識の甘さが露呈したのは、先週の日曜日のことだった。
子どもたちを駅まで送っていき、見送った帰り道、僕はいつものように近所の商店街をぶらぶら歩いていた。
特に買うものもないのに、ただなんとなく、賑やかな声や匂いに触れたくて、いつもそうしている。
八百屋のおじさんが威勢の良い声を張り上げ、パン屋からは焼きたての香ばしい匂いが漂ってくる。
ああ、この商店街の空気、好きだなあ、なんて呑気に歩いていた、その時だった。
「やっだ!あんた尻から下だけデカ過ぎるわよ!ソノダさん!!」
突然、僕の背後から、甲高い女性の声が飛んできた。
思わず「え?
」と声を出して振り返ると、そこには、真っ赤なTシャツを着た、見るからに陽気そうなご婦人が立っていた。
いや、立っている、というより、僕の尻を指差しながら、片足を軽く上げて、もう片方の手で口元を覆い、大きく見開いた目で僕を見つめている、という方が正しいかもしれない。
そのご婦人の隣には、これまた派手な柄のシャツを着た、いかにも商店街の奥様といった風情の別の女性が、まるで舞台劇の観客のように、興味津々といった表情で事の成り行きを見守っている。
僕は一瞬、自分の耳を疑った。
ソノダさん?
僕はソノダではない。
それに、「尻から下だけデカ過ぎる」?
そんな直接的な言葉を、面と向かって言われたことなど、生まれてこの方一度もない。
いや、高校時代に野球部の監督から「お前、打球を打つ時に尻が落ちてるぞ!
」と怒鳴られたことはあるけれど、それは技術的な指導であって、体型への言及ではなかったはずだ。
僕は困惑しながら、とりあえず「あの、すみません、僕、ソノダではありませんが……」と、か細い声で返した。
すると、真っ赤なTシャツのご婦人は、僕の顔を見て、さらに目を大きく見開いた。
「あらやだ!
違う人だったわ!
てっきりソノダさんかと思ったのに!
ソノダさん、最近お尻が大きくなったから、てっきりあなたかと!
」と、まるで僕がソノダさんであるかのように、いや、僕がソノダさんでなくても、ソノダさんの尻がデカいことについて、全く悪びれる様子もなく、むしろ面白そうにまくしたてた。
隣の女性も、顔をくしゃくしゃにして笑っている。
僕はもう、羞恥心で顔が真っ赤になった。
ソノダさんじゃないのに、ソノダさんと間違えられて、しかも「尻から下だけデカ過ぎる」と指摘されるなんて、こんな理不尽な話があるだろうか。
いや、待てよ。
理不尽、というけれど、もしかしたら、僕の尻は本当にデカいのかもしれない。
ソノダさんじゃなくても、ソノダさんと間違えられるほどに、僕の尻は、デカいのかもしれない。
その日の夜、僕は自分の部屋の全身鏡の前に立った。
正面から見ると、まあ、そこそこ、といった感じだ。
いや、そこそこ、というのは、自分に甘い評価だ。
鏡の中の僕は、疲れた顔をして、ビール腹が少しだけ主張している。
しかし、横を向いてみた瞬間、僕は、背筋が凍りつくような衝撃を受けた。
たしかに、尻が、デカい。
いや、デカい、という表現は語弊があるかもしれない。
どちらかというと、全体的に、どっしりしている、という方が近い。
まるで、ずんぐりむっくりとした、古いタンスのような安定感がある。
学生時代は、部活で鍛えた引き締まった尻が自慢だったはずなのに、今は、まるで重力に逆らえなくなった粘土細工のようだ。
尻だけではない。
太ももも、ふくらはぎも、全体的に一回り、いや、二回りくらい大きくなっている気がした。
あの真っ赤なTシャツのご婦人は、ソノダさんと僕を見間違えたとはいえ、その観察眼は的確だったのだ。
僕は、ソノダさんではないけれど、確実に「尻から下だけデカ過ぎる」人間になっていた。
この衝撃は、僕の心を深くえぐった。
ネットで返品を放置しているシャツのパツパツ感も、きっとこれが原因だったのだろう。
この日から、僕の「ソノダさんじゃないけど尻デカ回避プロジェクト」が始まった。
まず手始めに、会社の近くにあるスポーツジムのプールに通うことにした。
なぜプールを選んだかというと、一つは、水着になれば嫌でも自分の体型と向き合わざるを得ないから。
そしてもう一つは、単純に、泳ぐのが好きだからだ。
昔から、水の中にいると、なぜか心が落ち着く。
水に浮かんでいると、日常の煩わしさや、バツイチで子どもと離れて暮らしていることへの漠然とした寂しさなんかも、一時的に忘れられる気がする。
初めてプールに行った日、僕はちょっとだけ浮かれていた。
新しい水着とゴーグルを身につけ、シャワーを浴びて、いざプールサイドへ。
しかし、そこに広がっていた光景に、僕は少しだけ気圧された。
インストラクターらしきおじさんが、生徒たちに熱心に指導している。
その隣では、おばあちゃんたちが、まるでメダカのようにスイスイと泳いでいる。
そして、僕と同じような、いや、僕よりもっと立派な体格のおじさんたちが、ウォーキングレーンで真剣な顔をして歩いている。
なんだか、みんな、プロフェッショナルなオーラを放っているではないか。
僕は、隅っこの空いているレーンにそっと身を潜め、おそるおそるクロールを始めた。
最初は、すぐに息が上がってしまった。
25メートル泳ぐだけで、肺が破裂しそうになる。
これではまるで、水難事故に遭った人みたいだ。
情けない。
しかし、続けているうちに、少しずつ体が慣れてきた。
平日の夜、仕事が終わってからジムに直行し、一時間ほど泳ぐ。
週末は、子どもたちと会った後、一人でプールに向かう。
水の中では、会社の人間関係も、子どもの将来の心配も、洗い流されるような気がした。
プールの後には、いつも決まって、ジムのサウナに入る。
水風呂とサウナを繰り返すうちに、なんだか体の芯から生まれ変わるような気分になる。
汗と一緒に、心の澱も流れ出ていくような感覚だ。
サウナを出て、脱衣所で自分の体を拭いていると、ふと、あることに気づいた。
あれ?
なんとなく、お腹周りが、スッキリしたような……?
そう思って、家で体重計に乗ってみた。
すると、なんと、4キロも落ちていたのだ!
正直、驚いた。
まさか、あのご婦人の一言が、僕をここまで突き動かすとは。
ソノダさん、ありがとう。
いや、ソノダさんではないけれど、ソノダさんと間違えられた僕の尻デカ問題に、気づかせてくれてありがとう、というべきか。
たった4キロかもしれない。
しかし、僕にとっては大きな一歩だった。
以前は、少しでも痩せようとすると、食べるのを我慢して、結果的にストレスで爆食いしてしまう、という負のループに陥っていた。
でも、今回は違った。
食べる量も、少しは意識したけれど、それよりも、プールで泳ぐこと自体が、僕の生活に新しいリズムと楽しみをもたらしてくれたのだ。
最近では、週末に子どもたちと会う時も、以前のように無節操にお菓子を食べることはなくなった。
子どもが「パパ、ポテチ買って!
」と言えば、「パパはね、今、水泳で頑張ってるから、代わりに野菜スティックにしないか?
」と提案するようになった。
もちろん、子どもたちは「えーっ!
」と不満げな顔をするけれど、僕が一生懸命泳いでいる姿を想像すると、「しょうがないなあ」と、少しだけ折れてくれることもある。
これが、僕と子どもたちの、新しいコミュニケーションになっているのだ。
もちろん、まだまだ目標は遠い。
あの返品放置中のシャツも、まだぴったりはしないだろう。
いや、もしかしたら、もう捨ててしまった方が早いのかもしれない。
しかし、僕はもう、あの「尻から下だけデカ過ぎるわよ!
」という言葉には怯えない。
いや、できれば二度と言われたくないけれど、もし言われたとしても、「ソノダさんじゃないんですけれど、最近プールに通い始めたんですよ!
」と、ちょっとだけ胸を張って言える気がする。
次の目標は、あと2キロ。
最終的には、学生時代の体重に戻したい、なんて夢を見ている。
いや、それは無理か。
年齢には逆らえないし、仕事のストレスもあるし、週末の子どもたちとの時間も大切にしたい。
でも、せめて、商店街で知らない人に「尻から下だけデカ過ぎる」と指摘されないくらいの体型は維持したいものだ。
さて、今週末も、子どもたちを見送った後、僕はプールに向かうだろう。
水の中で、今日の出来事を反芻しながら、またひとつ、新しい自分を見つけることができるかもしれない。
そして、いつか、あのソノダさんと、どこかで偶然出会うことがあったら、僕はそっと彼の尻を観察してしまうだろう。
そして心の中でそっと呟くのだ。
「ソノダさん、あなたもプールに通った方がいいですよ」と。
いや、それは余計なお世話か。
まあ、僕も人のこと言えないんだけどね。
とりあえず、今日も泳ぐぞ。
目指せ、脱・尻デカ!
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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