ムロツヨシと私の「やろうと思ってできない」話

📝 この記事のポイント

  • エレベーターで乗り合わせた人と気まずい沈黙が続いて、降りるのが早まった。
  • 本当はもう一つ上の階で降りるつもりだったけれど、なんというか、その気詰まりな空気に耐えられなかったのだ。
  • マンションの廊下を、特に急ぐ用事もないのに早足で歩きながら、私はいつも思う。

エレベーターで乗り合わせた人と気まずい沈黙が続いて、降りるのが早まった。

本当はもう一つ上の階で降りるつもりだったけれど、なんというか、その気詰まりな空気に耐えられなかったのだ。

マンションの廊下を、特に急ぐ用事もないのに早足で歩きながら、私はいつも思う。

この無駄な数分間、一体何になるのだろう、と。

でも、まあ、これも私の日常。

ちょっとした気まずさから逃れるために、ほんの少しの不便を選ぶ。

昔から、この手の「損をして得を取る」ならぬ「損をして損を取る」行動パターンは変わらない。

今朝も例に漏れず、そんなふうに一日が始まった。

ベランダに出ると、肌寒い風が頰を撫でる。

まだ少し早い時間。

部屋に戻って、淹れたてのコーヒーを一口。

マグカップの温かさが手にじんわりと染みる。

休日の朝は特に、このコーヒーの時間が至福だ。

最近は豆から挽くのにはまっていて、近所の商店街にある小さなコーヒー豆専門店で、店主のおじさんと他愛もない会話をしながら、いつも「マンデリン」を挽いてもらっている。

あのおじさんも、たぶん私の名前は知らないだろうけど、顔を見れば「いつもの、ね」とニヤリと笑ってくれる。

そういう人間関係、案外好きだ。

スーパーのレジで「ポイントカードはお持ちですか?

」と聞かれるよりも、ずっと温かい。

そんなことを考えながら、ぼんやりとテレビをつけてみる。

ちょうど深夜にやっていたドラマの再放送が始まる時間だ。

たまたまつけていたチャンネルで、たまたまそのドラマが始まった。

最近は、サブスクで好きな時に好きなものを見るのが主流なんだろうけれど、私はどうもあの「選ぶ」という行為に疲れてしまうことがある。

結局、膨大な選択肢の中からこれだ!

と決めるまでに時間がかかって、結局何も見ずに終わる、なんてこともしばしば。

だから、テレビをつけて、たまたま放送されているものを見る、という昔ながらのスタイルが、私には合っているのかもしれない。

そして、その「たまたま」見たドラマが、『九条の大罪』だった。

原作は読んでいたから、ああ、これか、と。

主演のムロツヨシさんを見て、思わず「なるほどね」と独りごちた。

彼が演じる九条間人(くじょうまひと)は、悪辣な依頼人のために、手段を選ばない弁護士。

原作の九条は、もっとこう、影があって、冷たい雰囲気を纏った色男、という印象だった。

ムロツヨシさんとは、見た目だけを切り取れば、正直言ってかなりギャップがある。

世間一般でいう「イケメン弁護士」とは程遠い。

どちらかというと、ちょっと人の良さそうなおじさん、という感じだ。

でも、これが観ているうちに、じわじわとハマっていくのだ。

ムロツヨシさん演じる九条は、どこか飄々としていて、一見ふざけているように見えて、その実、底知れない冷酷さや厭らしさを秘めている。

依頼人の心に深く入り込み、その奥底にある「悪」を引っ張り出すような、あの独特のねっとりとした芝居が、原作の九条の持つ「人間臭い悪」を見事に表現していた。

ルックスは全然違うのに、キャラクターの本質、その魂のようなものは、ぴったりと寄り添っている。

こういう実写化って、面白いな、と思った。

最近の漫画原作の実写映画やドラマでは、『ゴールデンカムイ』や『キングダム』のように、まるで原作から飛び出してきたかのような、ルックスも性格も完璧に寄せてくるパターンが主流になっている気がする。

それはそれで素晴らしいし、ファンとしては嬉しい限りだ。

キャラクターと俳優さんが一体化する瞬間は、鳥肌ものだ。

でも、『九条の大罪』のムロツヨシさんのように、見た目はまったく違うのに、内面の再現度が異常に高い、という実写化も、また違った感動がある。

見た目のギャップが、むしろそのキャラクターの深みを際立たせるというか。

そういえば、昔の私は、もう少し何事にも完璧主義なところがあった。

大学を出て、初めて編集の仕事に就いた頃。

任された雑誌の企画は、最初から最後まで、すべて自分の理想通りに進めようと、寝る間も惜しんで働いた。

髪の毛一本、文字のフォント一つ、妥協できなかった。

まるで、原作漫画のキャラクターを、寸分違わず再現しようとする実写化スタッフのように。

でも、いつもどこか空回りしていた気がする。

理想と現実のギャップに苦しんで、結局、完璧にはなれない自分に嫌気がさして、心身ともに疲弊してしまっていた。

今思えば、あの頃は「見た目」ばかりを気にしていたのかもしれない。

それが、この年齢になって、少しずつ肩の力が抜けてきた。

もちろん、仕事に手を抜くわけではないけれど、すべてを完璧にこなそうとするのはやめた。

だって、どうせ完璧なんて無理だし、完璧を追い求めすぎると、自分が潰れてしまう。

それよりも、自分のできる範囲で、その物事の本質を捉え、魂を込めることの方が大事だ、と思うようになった。

ムロツヨシさんの九条弁護士のように、見た目はちょっと違っても、心意気はしっかり宿っている、という状態を目指すようになったのかもしれない。

最近も、そんな「九条弁護士的」な行動をしてしまったばかりだ。

前からずっと気になっていた、部屋の壁の模様替え。

ちょっとしたアートを飾りたいなと思って、何ヶ月も前から雑誌を切り抜き、ネットで画像を保存し、イメージを膨らませていた。

ああでもない、こうでもない、と散々悩んで、ようやく「よし、これでいこう!

」と決意したのが、先週のこと。

いざ、画鋲を手に壁に向き合ったものの、やっぱり「この位置で本当にいいのか?

」という迷いが頭をもたげてくる。

結局、その日は画鋲を手に持ったまま、壁の前でフリーズ。

次の日も、その次の日も、画鋲はダイニングテーブルの隅に置きっぱなし。

最終的に、もう「えいや!

」と適当な位置に画鋲を刺し、とりあえず一枚だけ飾ってみた。

本当はもっと色々と並べて、ギャラリー風にしたかったのに、結局一枚。

それも、厳選した候補の中から、一番「まあ、これでいいか」と思った一枚を。

昔の私なら、きっと悶々として、結局何も飾らないか、飾ってから後悔してすぐに外していただろう。

でも、今の私は、その一枚の絵を眺めて、「うん、悪くない」と呟いている。

完璧ではないけれど、そこに「絵を飾る」という本質は宿っている。

そういうことにしておこう、と自分を納得させる。

この「まあ、いいか」の精神は、確実に身についた「変わったこと」の一つだ。

しかし、変わらないこともある。

それは、習慣と怠惰の狭間で揺れ動く自分だ。

例えば、健康のために毎日散歩をしよう、と決めて、新しいスニーカーまで買ったのに、三日坊主で終わってしまう。

あの時の高揚感はどこへやら。

スニーカーは、玄関で私の足元を恨めしそうに見上げている気がする。

あとは、読書記録をつけよう、とか。

毎年、年末に「今年はたくさん本を読んだ!

」と達成感に浸りたいがために、意気込んで専用のノートまで用意する。

最初の数冊は丁寧に感想まで書くのだけれど、途中からあらすじだけになり、しまいにはタイトルと著者名しか書かなくなり、いつの間にかノートはどこかへ消えている。

ああ、そういえば、最近、あのノートどこに行ったんだろう。

たぶん、あの山積みの本の下敷きになっているに違いない。

そういう、やろうと思ってできないこと、続かないことの多さときたら。

まさに、私の人生の「実写化」は、いつも「ルックスと性格を寄せようとして、結局見た目だけ中途半端に整えて、性格は元の怠惰な自分に戻ってしまう」というパターンだ。

完璧な目標を掲げて、最初のうちはそれっぽい格好はするのだけれど、肝心な中身が伴わない。

ムロツヨシさんの九条弁護士は、見た目のギャップを乗り越えて、その内面を見事に表現したけれど、私の場合は、見た目からしてもう最初からグダグダだ。

でも、まあ、それも私、なんだよね。

完璧じゃない自分を受け入れる、という点では、少しは成長したのかもしれない。

昔の私は、そんな自分を許せなかった。

完璧でない自分は無価値だ、とさえ思っていた。

でも今は、この「まあ、いいか」という適当さも、私の個性の一つとして、愛せるようになった。

少なくとも、エレベーターで気まずい沈黙に耐えかねて、一駅早く降りてしまうような、そんな人間臭い部分を、私は愛おしく思っている。

夕方になって、ようやく太陽が傾き始めた。

ベランダから差し込む夕日が、部屋の壁に飾られた一枚の絵をオレンジ色に染める。

完璧じゃないけれど、そこにある。

それだけで、十分なのかもしれない。

九条弁護士だって、完璧な人間じゃない。

だからこそ、あの人間臭さが魅力なんだ。

そう思うと、なんだか今日の私も、ちょっとだけ悪くない気がしてきた。

まあ、このまま夕食は、作り置きのカレーで済ませて、またドラマの続きでも見ようかな。

明日は、あの散歩用のスニーカーを履いて、近所の商店街まで行ってみる、かもしれない。

いや、多分行かないだろうな。

でも、そういう「かもしれない」が、私の日常にはちょうどいい。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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