📝 この記事のポイント
- 洗濯機のドラムの裏にでも異次元の入り口があるのだろうか。
- それとも僕の注意力散漫な性格が、干す場所ではないどこかへ放り投げてしまっているのか。
- いや、きっと猫のミケが夜中に持ち出して、どこかに隠しているに違いない。
洗濯物を干していたら、靴下の片方がない。
これで今月3枚目である。
一体どこへ行くんだ、お前たちは。
洗濯機のドラムの裏にでも異次元の入り口があるのだろうか。
それとも僕の注意力散漫な性格が、干す場所ではないどこかへ放り投げてしまっているのか。
いや、きっと猫のミケが夜中に持ち出して、どこかに隠しているに違いない。
そう、ミケだ。
奴はそういうことをしそうな顔をしている。
「パパ、また靴下ないの?
」
リビングから出てきた小学二年生の娘が、僕の手元を見て呆れたように言う。
僕の言い訳を先回りするように、小学五年生の息子が追い打ちをかける。
「また洗濯機が食べたって言うんでしょ?
それかミケのせいにするか」
「む、むむ……」
二人の冷たい視線に、僕はたじろぐ。
子どもたち相手に言い訳が通用しないのは、僕が子どもだった頃と何ら変わらない。
むしろ、僕の方が彼らより子どものようだ。
「まあいいや、どうせまた出てくるだろ。
どこかの引き出しの奥とか、タンスの下とか、あとは…」
言いかけた僕の言葉を遮るように、娘が指をさす。
「ほら、ベランダにカラスがいるよ!
」
ベランダ?
カラス?
こんな住宅街の真ん中に、そんな簡単にカラスが来るわけないだろう。
そう思いながら振り返ると、確かにそこには、まるで今にも飛び立ちそうな、精巧なカラスが佇んでいた。
黒光りする体躯、鋭い眼光、そして今にも鳴き出しそうな口ばし。
よく見ると、それがスーパーのレジ袋とセロテープでできていることに気づいた。
いや、気づかされた。
よく見なければ、本物と見紛うばかりのクオリティだ。
「これ、パパが作ったやつだよ!
」
息子が誇らしげに胸を張る。
「え?
僕が?
いや、作ってない、作ってないよ」
僕は慌てて否定した。
確かに週末、子どもたちと工作をした記憶はある。
新聞紙で剣を作ったり、牛乳パックで家を作ったり、そういえばレジ袋で何か作ろうとして、結局途中で投げ出したような…。
いや、投げ出したのは僕で、子どもたちが勝手に続きを作っていたのかもしれない。
「ほら、このセロテープの貼り方、パパのだよ。
いつもちょっとずれてるんだから」
娘がカラスの頭の部分を指差す。
そこには、確かに僕特有の、なんというか「大雑把ながらもとりあえず貼っておく」というセロテープの貼り方が見て取れる。
ああ、これは僕の作品なのか。
全く記憶にない。
子どもの遊びに付き合いながら、いつの間にか僕自身の秘めた才能が花開いていたとでもいうのか。
なんという無意識のクリエイティブ。
「これ、さっきから鳩が全然来ないんだよね!
」
息子が興奮気味に言う。
ベランダには時々鳩がやってきて、手すりに糞を落としていくことがあった。
そのたびに妻が「もう、また鳩が!
」と嘆き、僕が「うん、そうだね」と曖昧な返事をしてから、おもむろに水で流すというルーティンが確立されかけていた。
それが、このレジ袋カラスを吊るしてから、ぴたりと鳩の姿を見なくなったというのだ。
「え、マジ?
」
僕は思わず素の声を出してしまった。
まさか、レジ袋とセロテープで作ったカラスが、実生活にこんなにも役立つとは。
これまでの人生、僕は一体何をしていたのだろう。
高校の美術の成績は中の下、デッサンは壊滅的、図工の時間はいつも先生に「君は自由な発想だね」という、ほとんど諦めに近い評価を受けてきた。
それがどうだ。
このカラスは、その全ての評価を覆すほどの出来栄えではないか。
「鳩が来ないのはいいけどさ、これ、いつまで吊るしておくの?
」
妻が洗濯物を取り込みながら、やや迷惑そうな顔でカラスを見上げる。
「うーん、そうだね。
でも効果があるなら、しばらくこのままでも…」
「ご近所さんが見たら、びっくりするんじゃない?
」
確かに。
風になびくレジ袋カラスは、遠目には本物と区別がつかない。
いや、むしろ本物より迫力があるかもしれない。
いつか、近所のおばあちゃんが「あら、あそこのお宅、カラス飼ってるのかしら」なんて噂になる可能性も否定できない。
いや、むしろ鳥獣保護の観点から問題になるかもしれない。
しかし、僕は自らの才能に酔いしれていた。
このカラスを生み出したのは、僕だ。
僕の無意識の、あるいは子どもたちとの共同作業の中で生まれた奇跡の産物なのだ。
「これは、僕が鳩との共存を模索した結果だよ」
僕はしたり顔で言ったが、子どもたちには「またパパが変なこと言ってる」という顔をされた。
妻に至っては、もう何も言わずに部屋に戻ってしまった。
なんだか少し寂しい。
僕の才能を誰も理解してくれないのか。
いや、わかってくれなくてもいい。
僕自身が、このレジ袋カラスの持つポテンシャルに気づいたのだから。
その夜、夕食後に子どもたちが眠りについた後、僕はこっそりベランダに出て、レジ袋カラスを眺めた。
月明かりに照らされたその姿は、昼間よりも一層リアルに見えた。
風が吹くと、ガサガサと音を立てながら、まるで羽ばたこうとしているかのように揺れる。
「すごいな、お前」
僕は思わずつぶやいた。
このカラスは、僕が今まで積み重ねてきた「ものづくり」に対する苦手意識を、一瞬で吹き飛ばしてくれた。
そうか、僕が苦手だったのは、決められたものを作る作業だったんだ。
自由な発想で、誰かの役に立つものを作る。
そういうクリエイティブな作業なら、もしかしたら僕にもできるのかもしれない。
翌朝、僕は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
寝室の窓からベランダを見る。
レジ袋カラスは、今日も力強くそこに立っていた。
昨夜の感傷はどこへやら、朝日に照らされたそれは、ただの黒いレジ袋にしか見えなかった。
「パパ、靴下見つかったよ!
」
リビングから娘の声が聞こえる。
見れば、昨日の片方の靴下が、なぜかソファの下からひょっこり顔を出していた。
ミケの仕業でも、洗濯機の異次元ポケットでもなく、ただ僕が適当に脱ぎ捨てただけだったらしい。
「なんだよ、結局僕のせいか…」
僕は苦笑いしながら靴下を拾い上げた。
レジ袋カラスは、確かに鳩避けには効果てきめんだ。
でも、いつか近所の人に「あれは何ですか?
」と聞かれた時に、どう説明すればいいのか。
まさか「レジ袋とセロテープで作った僕の才能の結晶です」なんて言えるはずがない。
きっと「ああ、カラス除けですよ、ええ」と、とぼけた顔で答えるのが関の山だろう。
まあ、いいか。
とりあえずベランダは平和になったし、僕の中に眠っていた(らしい)才能の片鱗にも気づけた。
次は、このレジ袋カラスをもう少しだけ洗練させて、例えば鳥の鳴き声が出るようにするとか、目が光るとか、そんな機能を付加してみたい。
もちろん、これもきっと僕が途中で投げ出して、子どもたちが勝手に完成させてしまうのだろうけど。
そして、その次は、どこか別の場所で迷子になっているであろう、残り何足かの靴下を探すことだ。
それもまた、僕の日常における壮大な冒険の一つなのだから。
たぶん、無理だけど。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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