📝 この記事のポイント
- 自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。
- タンスの引き出しを開けては閉めて、結局同じカーディガンを羽織る毎日。
- 季節の変わり目って、着るものも、気分も、本当に困る。
自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。
あ、これ、いつもと違うやつだ。
パッケージは似てたのに。
秋の空みたいに、心の中もどんより。
最近、なんだか気分が上がらない日が続く。
朝晩は冷えるのに、昼間は汗ばむ。
タンスの引き出しを開けては閉めて、結局同じカーディガンを羽織る毎日。
季節の変わり目って、着るものも、気分も、本当に困る。
パート先の帰り道、いつものスーパーに寄った。
入り口に貼り紙。
「地域住民の皆様へ。
最近、農作物の獣害が報告されています。
特にタヌキによる被害が深刻です。
」タヌキねえ。
あの丸っこいフォルムと、ちょこんと座る姿は可愛いのに。
でも、農家さんにとっては大迷惑なんだろうな。
駆除対象になってる地域もあるって聞くし、ちょっと可哀想な気もするけど、仕方ないのかな、なんてぼんやり考えた。
その日の夕飯は、旬の野菜をたっぷり使った煮物。
息子は「また野菜かよー」とブツブツ言いながらも、結局おかわりした。
成長期ってすごい。
食欲の秋、って言うけど、息子にとっては年中食欲の季節だ。
夫は黙々とビールを飲む。
平和な食卓。
そんな時、テレビのニュースで、その「タヌキ問題」について特集が組まれていた。
農作物を荒らすタヌキ。
その被害は甚大だという。
でも、ある地域では、駆除する前に、タヌキの糞を分析してみたらしい。
そしたら、意外な事実が判明した、と。
タヌキの糞から検出されたのは、ほとんどが昆虫や木の実の残骸で、肝心の農作物の成分はごくわずかだった、というのだ。
え、そうなの?
じゃあ、タヌキって、本当に農作物を荒らしてたの?
というか、もしかして、タヌキはただの「濡れ衣」を着せられてただけ?
そのニュースを見た時、ちょっとした衝撃だった。
見た目や、これまでの「常識」で判断していたことが、実は全然違った、なんて。
タヌキって、結構器用で、いかにも悪そうな顔してるじゃない?
いや、してないか。
丸くて可愛いか。
でも、そういう「思い込み」って、日常にも結構あるよな、って。
ふと、数年前の出来事を思い出した。
うちの近所でも、ゴミを漁る動物が出没して、近所の奥様方が「絶対あのタヌキよ!
」と声を荒げていたことがあった。
ゴミ置き場に設置された監視カメラには、確かにタヌキらしき動物が映っていた。
映っていたけれど、それが本当にタヌキだったのか、それとももっと別の動物だったのか。
結局、真相は闇の中。
でも、その時も「タヌキが悪者」というイメージが先行していた気がする。
人間って、何か問題が起きた時、わかりやすい「犯人」を見つけたい生き物なのかもしれない。
特に、目に見える形で被害が出ると、感情的に「犯人探し」をしてしまう。
タヌキが可愛い顔してても、農作物被害という現実を突きつけられたら、「あいつが悪い」って決めつけちゃう。
まあ、それは人間の性なのかな。
私も、よく夫に「今日の晩ご飯、なんか物足りないんだけど」と言われると、「え、何が足りないって言うのよ!
肉も魚も野菜も入ってるわよ!
」と、感情的に反論してしまう。
足りないのは、もしかしたら「愛情」なのかもしれないのに。
いや、それは違うか。
でも、タヌキの糞の分析結果は、まさに「目から鱗」だった。
科学的な分析ってすごい。
ちゃんと調べたら、思い込みが覆されることって、たくさんあるんだな。
うちの息子も、部屋を散らかし放題で、いつも「ちゃんと片付けなさい!
」って怒られるんだけど、たまに私が見つけられない大事なものも、彼なりのルールでちゃんと整理してたりする。
ぐちゃぐちゃに見えるカオスの中に、彼だけの秩序があったりするんだ。
それも、ちゃんと「分析」してみないとわからないこと。
考えてみれば、私もタヌキと似たような「冤罪」を被ることがある。
いや、冤罪じゃないな、自業自得か。
衣替えの時期、クローゼットを開けると、去年の秋に着ていたはずのブラウスが見当たらない。
あれ?
どこ行った?
って探すんだけど、結局見つからなくて、新しい服を買う。
で、数週間後、全然違う引き出しから「あ、いた!
」って出てくる。
「もう!
私のせいにしないでよ!
」って、ブラウスに文句を言いたくなる。
いや、置いたのは私なんだけどさ。
でも、そういう時って、なぜか「ブラウスが隠れた」みたいな、他人事みたいに思っちゃうんだよね。
タヌキもきっと、「いや、俺じゃないって!
俺はただ木の実食べただけだって!
」って言いたかったんじゃないかな。
そう考えると、タヌキの冤罪、なんだか他人事じゃない気がしてきた。
私たちは、日々の生活の中で、どれだけ多くのことを「決めつけ」で判断しているんだろう。
スーパーのレジで、前の人がやたらとクーポンを出してモタモタしてると、「もう!
早くしてよ!
」って心の中で叫ぶ。
でも、もしかしたら、その人は、今日が給料日前のギリギリで、そのクーポンが命綱だったのかもしれない。
そうやって、見えない背景まで想像力を働かせると、ちょっと気持ちが変わる。
秋が深まり、朝晩の冷え込みが一段と厳しくなってきた。
そろそろ本格的に冬支度だ。
今年は早めに衣替えを済ませよう、と心に決める。
去年、見つからなかったあのセーターも、今年はちゃんとタンスの「正しい」場所にしまっておこう。
そして、誰かのせいにするのはやめよう。
自分の行動の結果を、ちゃんと受け止めよう。
タヌキだって、きっとそう。
自分の食べたものは、自分の糞としてちゃんと排出する。
そこには、嘘偽りがない。
当たり前のことだけど、その「当たり前」をちゃんと見てあげることが、いかに大切か。
タヌキの糞の分析結果は、私にとって、そんな当たり前の、でも忘れがちなことを思い出させてくれる、小さなきっかけになった。
自販機のコーヒーが、想像と違う味だったこと。
それも、もしかしたら、私が選んだ缶が、いつもと少し違っただけなのかもしれない。
ちゃんと確認すればよかった。
まあ、どっちもどっち、ってことで。
人生、そういうもんだ。
納得いかないことも、ちょっとした間違いも、全部ひっくるめて、私たちは生きている。
そして、タヌキも、きっとそう。
今日もどこかで、せっせと木の実を食べて、糞をしているんだろう。
そして、その糞には、きっと「真実」が詰まっている。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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