肉団子を巡る永遠の迷路、あるいは人生

📝 この記事のポイント

  • 郵便受けに入っていたチラシの量が尋常じゃなくて、ゴミ袋が必要になった。
  • ほとんどが近所のスーパーの特売情報で、その薄っぺらい紙の束が、まるで「買って買って買って」と私に迫るように分厚く重い。
  • このチラシを一枚一枚じっくり見る人がいるのかしら、といつも思う。

郵便受けに入っていたチラシの量が尋常じゃなくて、ゴミ袋が必要になった。

ほとんどが近所のスーパーの特売情報で、その薄っぺらい紙の束が、まるで「買って買って買って」と私に迫るように分厚く重い。

捨てるのも一苦労なんだよね。

このチラシを一枚一枚じっくり見る人がいるのかしら、といつも思う。

もちろん私も見ることは見るけれど、目的のものが載っているかどうかをサッと確認する程度。

隅から隅まで読んで、今日のおかずを決めたりするような丁寧な暮らしは、とっくの昔に手放してしまった。

今朝、パートに出かける準備をしていたら、夫からメッセージが入った。

「業務スーパーで肉団子買ってこい」。

絵文字も句読点もない、簡潔すぎる五文字。

そして、それっきり一切の返信がない。

私が「1番お得で味付けが特に無いものがいいかと…」と送った後も、既読はつくものの、完全に沈黙。

何なのよこれ。

いや、別に怒ってるわけじゃないのよ。

ただ、この簡潔すぎる指令に、途方もない責任と、まるで深淵を覗き込むような不安を感じて、今まさに立ち尽くしている。

いや、実際はパート先で休憩中にこのメッセージを見て、頭の中で立ち尽くしているだけなんだけど。

昔の私だったら、こんな状況になったら、すぐに電話して「どんなのがいいの!

」と問い詰めていたかもしれない。

昔ね、二十代の頃かな。

まだお互いに遠慮があったというか、ちゃんとしなきゃ、という意識が強くて。

ちょっとしたことでも確認しないと気が済まなかった。

スーパーの買い物一つとっても、「これで大丈夫かな?

」とか「好みじゃなかったらどうしよう」なんて、いちいち考えすぎて疲れていたような気がする。

新婚当初なんて、夫の好きな調味料の銘柄まで記憶して、それ以外のものを買うと怒られるんじゃないかと、無駄に神経をすり減らしていたっけ。

今思えば、誰もそこまで求めていなかっただろうに。

勝手に自分でハードルを上げて、勝手に疲れていたんだよね。

それがどうだろう、今の私。

ああ、そう。

また「丸投げか」と、まずはため息が一つ。

次に、「業務スーパーか…」と、遠い目をしながら、脳内で売り場をシミュレーションしてみる。

業務スーパーの肉団子コーナーは、たしか冷凍コーナーの奥の方。

鶏肉のやつとか、豚肉のやつとか、野菜入りのとか、味付け済みのとか、色々あったはず。

しかも量が半端じゃないから、一つ失敗すると、しばらく食卓に肉団子料理が並び続けることになる。

それはそれで悪くないんだけど、夫の「買ってこい」という言葉の裏に隠された「俺の理想の肉団子」を察知しなければならないプレッシャーたるや。

これはもう、謎解きに近い。

変わったことといえば、昔は「完璧」を目指していたものが、今は「まあ、これでいっか」で済ませるようになったことかな。

この肉団子も、結局は私の独断と偏見で選ぶことになるんだろう。

どうせ後から「これじゃない」と言われたところで、「指示が曖昧だったのが悪い」と開き直れる術を身につけた。

それは怠惰なのか、悟りなのか。

きっと両方なんだろうね。

昔は、夫の好みに合わせることが愛情表現だと信じていたけれど、今は、私の選んだものでも文句言わずに食べてくれることが愛情表現だと思ってる。

だいぶ図々しくなったものだ。

でも、変わらないこともたくさんある。

例えば、いまだに何を選ぶか迷うと、スマホで口コミを検索しちゃう癖。

業務スーパーの肉団子だって、きっと誰かが「これがお得で美味しい!

」なんて熱く語っているブログがあるはず。

休憩時間中に、ちょっとだけ検索してみようかな。

そう思ってスマホを手に取って、結局、近所の猫が電柱によじ登ってる動画を見ちゃったりして、あっという間に休憩時間が終わる。

これぞ私の日常。

やろうと思ったことを、結局やらない。

調べようと思ったことを、結局調べない。

そして、後で「あーあ、あの時やっておけば」と後悔する。

このサイクルだけは、若い頃から微塵も変わっていない。

まるで生まれつき備わった機能みたいに、忠実に繰り返される。

そういえば、昔はスーパーで買ったものを持って帰るのが大変で、自転車の籠にパンパンに詰め込んで、道の途中で袋が破けたりして、玉ねぎがコロコロ転がっていくなんてこともあったっけ。

今じゃ、高校生の息子がたまに手伝ってくれるようになった。

それがまた、なんとも頼りない手つきだったりするんだけど、文句を言うと来なくなっちゃうから、仏のような顔で「ありがとうね」って言う。

成長したのか、それとも私が諦めたのか。

多分、両方なんだろうな。

結局、今日の業務スーパーでの肉団子選びは、私の直感と、わずかな過去の記憶に頼ることになる。

あの肉団子の山を前に、私はどれを選ぶだろう。

一番大きい袋の、業務用の、ひたすらシンプルな鶏肉団子かもしれない。

あるいは、ちょっと冒険して、冷凍野菜がたっぷり入った中華風のやつにするかもしれない。

「味付けが特に無いものがいい」という夫の言葉は、私の心の奥底で反響しつつも、きっと、その場の商品ラインナップと私の気分に大きく左右される。

帰り道、パンパンになったエコバッグを腕に提げて、また郵便受けのチラシの山を思い出す。

あの膨大な情報の中から、自分に必要なものだけを選び取る作業って、この肉団子選びとよく似ている。

たくさんの選択肢の中から、たった一つを選ぶ。

それが正解なのかどうかは、時間が経ってみないと分からない。

いや、もしかしたら、一生分からないままかもしれない。

それでも、私たちは何かを選び、そして明日に向かって進んでいく。

肉団子一つにも、人生の縮図が隠されているのかもしれないね。

そんなことを考えながら、私はまた、明日の献立に頭を悩ませるのだ。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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