📝 この記事のポイント
- 電車で隣に座った人の香水が強烈で、途中下車して車両を変えた。
- あれはもう、香水というより「香りの暴力」だ。
- 鼻腔を通り越して脳髄に直接響くような、甘ったるくてどこか人工的な匂い。
電車で隣に座った人の香水が強烈で、途中下車して車両を変えた。
あれはもう、香水というより「香りの暴力」だ。
鼻腔を通り越して脳髄に直接響くような、甘ったるくてどこか人工的な匂い。
ドアが開くたびに深呼吸をしてみたものの、一向に濃度が薄まらない。
仕方がないから、次の駅で降りて、逆方向のホームに走って戻り、また同じ方向の電車に乗り直した。
たったそれだけのことなのに、なぜか妙な達成感がある。
我ながら、なんて面倒くさい人間だろう、と思う。
でも、こういう「どうしても許せない」みたいな些細なこだわりって、誰にでもあるんじゃないだろうか。
私の場合は、電車の座り方もその一つだ。
絶対にドア横の優先席の目の前には座らない。
別に優先席を譲るのが嫌なわけじゃない。
むしろ率先して譲るタイプだと自負している。
ただ、なんとなく、誰かに「この人、優先席の前に座ってるけど、本当に譲る気あるのかな?
」みたいな視線を向けられている気がして、どうにも落ち着かないのだ。
誰もそんなこと気にしていない、と頭では分かっている。
でも、ダメなんだ。
だから、どんなに空いていても、必ず車両の真ん中、窓側、進行方向を向いた席を選ぶ。
これが私の「定位置」。
一度、その席が埋まっていた時があって、仕方なくドア横に座ったら、もう落ち着かなくて、ずっと心の中で「私はいつでも譲る準備ができております!
」とアピールしていた。
傍から見たら、きっと挙動不審だっただろう。
そんなことをぼんやり考えながら、単身赴任先のマンションに帰ると、息子からLINEが来ていた。
「パパ、大変なことになった。
キッチンが爆弾テロみたいになってる。
」添付された写真には、見るも無残な卵の残骸が散らばる電子レンジの庫内と、呆然と立ち尽くす高校3年生の息子の姿。
「え、何これ?
」と返すと、「ゆで卵作ろうとしたら、レンジで爆発した!
こんなになるんだ!
」と返ってきた。
そのメッセージを見て、私は思わず噴き出してしまった。
息子は、来年大学受験を控えているが、どうにも生活能力が低い。
いや、低いというか、基本的に「やらない」だけだ。
週末に家に帰ると、洗面台には彼の使いかけの歯磨き粉が蓋も閉めずに放置されているし、洗濯物は畳まずにソファの隅に山になっている。
私が「これはどうするんだ?
」と聞くと、「あ、パパが来る前にやろうと思ってたんだけど…」と決まり文句。
それが今では、ゆで卵を電子レンジで温めて爆発させるレベルにまで到達したかと、ちょっと感動すら覚えた。
「ゆで卵はレンジで温めちゃダメだよ、殻の中で水蒸気が溜まって破裂するんだ」と説明すると、息子は「えー!
そうなの!
知らなかった!
」と驚いていた。
「でもさ、こうやって人は成長していくんだよ、パパも色んな失敗をしてきたからね」と、なぜか上から目線で慰められた。
いや、お前が失敗したんだろ。
しかも、ゆで卵をレンジにかけるなんて、小学生でもやらないだろ、と喉元まで出かかったが、ぐっと飲み込んだ。
こういう時に、いちいち説教するのも面倒くさい。
そもそも、私も昔、コンビニで買ってきた肉まんをレンジでチンしすぎて、カチカチの炭にしてしまったことがある。
いや、肉まんは爆発しないから、まだマシか。
それにしても、なぜ彼は「ゆで卵」を作ろうとしたのか。
聞けば、朝食をしっかり食べようと思って、冷蔵庫にあった卵を手に取ったらしい。
生卵なら目玉焼きにするか、卵かけご飯にするか、はたまた卵焼きか、と選択肢は多いのに、なぜか彼は「ゆで卵」を選んだ。
しかも、冷蔵庫には、私が週末に作っておいた、すでに茹で上がっているゆで卵がいくつかストックされていたはずだ。
まさか、それを知らずに新しい卵を茹でようとしたのか?
いや、それとも、温かいゆで卵が食べたかったのだろうか?
謎は深まるばかりだ。
この「ゆで卵をレンジで温めると爆発する」という知識、一体いつ、どこで人は学ぶんだろう。
私はいつ知ったのか、全く覚えていない。
多分、どこかの誰かが失敗した話を聞いたか、テレビで見たか、あるいは自分で一度やってみたか。
いや、自分でやったら大惨事だから、それは避けたい。
きっと、日常のどこかしらで、無意識のうちにインプットされる「常識」の一つなんだろう。
息子にとっては、それが今日の出来事だったというわけだ。
私にも、同じような「今さら知った」経験はたくさんある。
先日、スーパーで「大葉」と「しそ」が同じものだと知って、ちょっとした衝撃を受けた。
いや、なんとなく分かってはいたんだけど、完全に同じものだとは思っていなかったのだ。
私の頭の中では、「大葉」は薬味で、「しそ」は梅干しと一緒に漬け込むもの、みたいな、うっすらとした区別があった。
でも、どちらもシソ科シソ属の植物で、青じその葉を指すのが「大葉」なんだと、店員さんに聞いているお客さんの会話を盗み聞きして知った。
なんだか、長年の謎が解けたような、スッキリしたような、ちょっと損したような、複雑な気分だった。
他には、洗剤の詰め替えパックを、毎回ハサミで切って詰め替えていたんだけど、ある日、キャップをひねるだけで開くタイプがあることを知った時は、目から鱗が落ちた。
それまでの私は、ハサミを探し、切り口が斜めにならないように慎重に切り、そして、こぼさないようにゆっくりと注ぎ込む、という一連の儀式を毎回繰り返していたのだ。
キャップをひねるだけなんて、なんてスマートなんだ!
と感動し、その日のうちに、家中の詰め替えパックのキャップを確認したのは言うまでもない。
結局、ひねるタイプは一つもなかったんだけど。
そういう、ほんのちょっとした「知らなかった」が、私たちの日常には溢れている。
そして、それを知ったところで、別に生活が劇的に変わるわけでもない。
大葉としそが同じものだと知っても、私の食卓に大きな変化はないし、洗剤の詰め替えパックがキャップ式になったところで、洗濯の時間が短縮されるわけでもない。
でも、なんとなく、世界が少しだけ鮮やかに、少しだけ面白く見えるような気がするのだ。
息子のゆで卵爆発事件も、彼にとってはきっと、そんな「小さな学び」の一つだったんだろう。
これを機に、彼の生活能力が劇的に向上するとは思わない。
多分、また別の何かを爆発させるか、焦がすか、あるいはカビさせるか、いずれにしても何かしらの事件を起こすだろう。
でも、それでいい。
それでこそ彼だ。
完璧な人間なんてつまらない。
少しドジで、少し抜けているくらいが、親としては見ていて面白い。
週末に帰省したら、まず電子レンジを掃除してやろう。
そして、今度は私が、彼がレンジで温めても爆発しない、とっておきの朝食レシピを教えてやろうか。
いや、待てよ。
それもまた、彼の成長の機会を奪うことになるかもしれない。
もしかしたら、彼は次に、アルミホイルをレンジに入れたらどうなるか、実験するかもしれない。
それはさすがに止めないといけないな。
いや、でも、それもまた学びか?
いやいや、火事になったら洒落にならない。
結局、私の「些細なこだわり」や「どうでもいい発見」は、私の日常を彩るスパイスみたいなものだ。
そして、息子の「今さら知った」経験もまた、彼の、そして私の、日常の笑い話になっていく。
ああ、そういえば、あの香水の人、ちゃんと車両を変えてくれたかな。
いや、別に私のためじゃないか。
隣に座った人が、きっと同じように思っていたんだろうな。
私ももう少し、周りの人を気にせず、堂々とドア横の席に座れるような人間になりたいものだ。
まあ、無理だろうけど。
人間、そう簡単に変われない。
特に私のような、どうでもいいこだわりで凝り固まったオッサンはね。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

