📝 この記事のポイント
- 歯医者の予約をすっぽかして、受付から確認電話がきて冷や汗をかいた。
- いつものことながら、こういう時ってなぜか心臓がドキンと音を立てるんだよね。
- 「すみません、今向かいます! 」と反射的に叫び、まだパジャマ姿だったことに気づいて、枕元に転がっていたスマホを握りしめたままフリーズした。
歯医者の予約をすっぽかして、受付から確認電話がきて冷や汗をかいた。
いつものことながら、こういう時ってなぜか心臓がドキンと音を立てるんだよね。
「すみません、今向かいます!
」と反射的に叫び、まだパジャマ姿だったことに気づいて、枕元に転がっていたスマホを握りしめたままフリーズした。
ああ、こういう時に限って妻は朝早くから実家に行ってて、誰も僕の醜態を見ていないのがせめてもの救い。
いや、誰も見てないからこそ、さらに無様に感じるのかもしれない。
結局、電話で丁寧にお詫びをして、別日に予約を取り直した。
受付のお姉さんの「またのご連絡お待ちしております」という声が、なぜか少し冷たく聞こえたのは、きっと僕の被害妄想だろう。
歯の治療も大切だけど、もっと大切なのは社会との約束を守ること、と頭の片隅で反省しながら、今日の予定を白紙に戻すことにした。
そんな午前中だった。
さて、社会との約束といえば、僕にはもう一つ、果たせずにいる「約束」がある。
それは、妻と二人で大相撲の本場所を観に行くこと。
いや、正確には「砂かぶり席で観ること」だ。
きっかけは、数年前、テレビでたまたま観た幕内取組。
ぶつかり合う力士たちの迫力に、僕も妻も一瞬で心を奪われた。
特に、土俵下で力士が倒れてきた時の臨場感たるや、画面越しにも伝わってくるものがあった。
僕は興奮気味に「あれ、生で観たいよね!
」と言い、妻も珍しく「うん!
」と目を輝かせたんだ。
それ以来、僕たちは毎場所、チケット争奪戦に挑んできた。
最初は軽い気持ちだったんだ。
とりあえずファンクラブに入れば、優先的に取れるだろう、なんて甘い考えで。
年間3万3千円の会費を払い、意気揚々と抽選に申し込んだ。
いや、この金額、決して安くない。
近所のスーパーで売ってる特売の牛乳が何本買えるか、妻の実家で出る義母の手作りコロッケが何個食べられるか、なんて計算しちゃいけない。
これは未来への投資なんだ、と自分に言い聞かせた。
初めての抽選発表の日。
パソコンの前で、まるで大学の合格発表を待つ受験生のように緊張した。
結果は、ものの見事に「落選」。
え、嘘でしょ?
3万円以上も払ってファンクラブに入ったのに?
毎年、毎場所、抽選に申し込むこと数回。
結果はいつも同じ。
「大変申し訳ございませんが、ご用意できませんでした」。
この定型文、もう見飽きたよ。
まるで僕の人生を象徴しているかのような、安定の落選っぷり。
あまりの落選率に、僕は少し調べてみたんだ。
するとどうやら、大相撲のチケットは、近年かなり一般販売に回る枚数が減っているらしい。
ファンクラブ先行や、企業向けの団体席、いわゆる「ご贔屓筋」への招待で、ほとんどの席が埋まってしまう、なんて噂も耳にした。
僕みたいに、純粋に相撲が好きで、ただ土俵の近くで観たいだけ、という人間には、なかなか厳しい現実なんだな、と肩を落とした。
妻にその話をしたら、「えー、じゃあもう無理じゃん」と、あっさり諦めモードに入ってしまって、ちょっと寂しかった。
でもね、僕は諦めきれないんだ。
だって、あの熱気を肌で感じたいじゃないか。
テレビの前で「あぁーっ!
」とか「いけーっ!
」とか叫ぶのも楽しいけど、やっぱり生は違うだろう、と。
だから、毎場所、めげずに抽選に申し込んでいる。
そして、毎回、見事に落選している。
もはや、僕の相撲観戦は、抽選に落選するところまでがワンセットになっている感すらある。
そんな僕の状況を知ってか知らずか、近所のおじさんが声をかけてくれたことがある。
いつものように、朝のゴミ出しでばったり会った時だ。
おじさんはいつも、僕が何か困っていそうな顔をしていると、「よお、あんちゃん、どうしたんだ?
」と、気さくに話しかけてくれる。
その日も、僕がファンクラブからの「落選通知メール」をスマホで見つめて、ため息をついていると、おじさんが「何かあったのかい?
」と声をかけてきた。
僕はつい、愚痴半分で「いやあ、大相撲のチケットが全然取れなくて……」とぼやいたんだ。
おじさんは僕の話をうんうんと聞いてくれて、それからニコニコしながら言った。
「あー、相撲かい。
いいな、力士はでかいから見てて気持ちいいもんな」。
そして、おじさんが続けてくれた言葉に、僕はちょっと驚いた。「俺も昔はよく観に行ったもんだよ。マス席で、酒飲みながらね。ああ、いい時代だったなぁ。今はテレビで十分だけどね」。
マス席、という言葉に、僕は思わず身を乗り出した。「おじさん、マス席で観てたんですか?すごいですね!今はなかなか取れないですよね、特に砂かぶりなんて…」
おじさんは、「砂かぶり?ああ、あの土俵に近い席か。あそこは座り心地が悪いから、俺はあんまり好きじゃなかったな。どうせなら、ゆったり座って、弁当食って酒飲んで、が一番だろ」と笑った。
なるほど、そういう考え方もあるのか。僕は砂かぶり席に固執しすぎて、他の楽しみ方を見落としていたのかもしれない。おじさんの話を聞いていると、相撲観戦の楽しみ方は、一つじゃないんだな、とハッとした。
それから僕は、少しだけ考え方を変えることにした。
もちろん、砂かぶり席への夢は持ち続ける。
でも、もし今年もダメなら、マス席でもいいじゃないか。
いや、マス席だってなかなか取れないんだけど。
なんなら、一番安い椅子席でもいい。
とにかく、あの会場の熱気を肌で感じたい。
先日、妻の実家に遊びに行った時、義父と義母が「今場所も、あの力士が強いわねぇ」とテレビの相撲中継を観ながら話していた。
僕はすかさず「お父さん、僕、いつかお父さんとお母さんを相撲観戦に招待したいんですよ!
ファンクラブ入ってるのに全然チケット取れないんですけどね!
」と、半ば冗談で言ってみた。
すると義父は、「お、いいな!
昔、会社の旅行で一回だけ観に行ったけど、迫力がすごかったな。
あの時のお土産のタオル、まだあるかな?
」と、意外にもノリノリで答えてくれた。
義母も「あら、私も行きたいわ。
美味しいお弁当食べながら観るのが夢なの」と。
僕の夢は、砂かぶり席で夫婦で観ることだったけど、義父や義母と一緒に行くのも、また違った楽しさがあるかもしれない。
むしろ、そっちの方が、みんなでワイワイと盛り上がれて、記憶に残る一日になるんじゃないか、なんて思い始めた。
なんだか、僕だけの夢が、少しずつ広がっていくような感覚だ。
人生って、そういうものなのかもしれない。
最初は「これがいい!
」と一点集中で突っ走るんだけど、なかなか思い通りにいかない。
でも、諦めずに続けていると、意外なところでヒントをもらったり、新しい可能性が見えてきたりする。
僕の砂かぶり席への道は、まだまだ遠い。
けれど、その道の途中には、近所のおじさんとの世間話や、義両親との楽しい会話、そして、テレビの前での家族の笑顔がある。
来場所も、僕はファンクラブの抽選に申し込むだろう。
そして、きっとまた「落選」の二文字を目にすることになるかもしれない。
でも、もう昔ほどは落ち込まないだろうな。
だって、たとえ砂かぶり席が取れなくても、僕はすでに、たくさんの「いいもの」を手に入れているんだから。
そう思うと、歯医者の予約をすっぽかしたことすら、なんだか許せる気がしてきた。
いや、それはまた別の話か。
ふと、また受付のお姉さんの冷たい声が脳裏をよぎって、冷や汗をかいた。
まあ、いっか。
人生、そんなもん。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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