宅配のおじさんと「わたくし」

📝 この記事のポイント

  • 郵便受けに入っていたチラシの量が尋常じゃなくて、ゴミ袋が必要になった。
  • いつものことだけど、ちょっとした森林伐採じゃないかと思う。
  • 数日分まとめて捨てるつもりが、つい面倒で放置して、気づけば郵便受けからモコモコと白い怪物が顔を出している。

郵便受けに入っていたチラシの量が尋常じゃなくて、ゴミ袋が必要になった。

いつものことだけど、ちょっとした森林伐採じゃないかと思う。

数日分まとめて捨てるつもりが、つい面倒で放置して、気づけば郵便受けからモコモコと白い怪物が顔を出している。

そんな時に限って、新聞配達の人とばったり会ったりするのだ。

ばつが悪いったらありゃしない。

まあ、それも日常の風景というか、私の怠惰を象徴する一コマでもある。

ゴミをまとめながら、そういえば最近、何か新しいことを始めようと思ってたんだっけ、と思い出す。

断捨離とか、ウォーキングとか、英語の勉強とか。

どれもこれも、三日坊主どころか一日坊主で終わるのがお約束。

昔はもうちょっと、というか、かなりアクティブな人間だった、はず。

少なくとも、高校生の頃の私は、部活にバイトに、それなりに充実した毎日を送っていた。

朝は六時半に起きて、学校まで自転車を飛ばし、放課後はファミレスでアルバイト。

週末は友達と映画を観たり、流行りのカフェに行ったり。

あの頃の体力と行動力は、一体どこへ消えてしまったんだろう。

まるで別人の記憶を辿っているような気分になる。

今の私は、朝起きるのも一苦労だし、休日は家から一歩も出ないこともザラだ。

パートの仕事も、正直言ってそこまで熱意があるわけじゃない。

ただ、決まった時間に行って、決まったことをこなして、決まったお金をもらう。

それだけの毎日。

高校生の娘は、そんな私を見て「だらけてる」とか「老け込むの早くない?

」とか、遠慮なく言ってくる。

わかってるよ、母さんも昔はもっと輝いていたんだよ、と心の中で反論しつつ、その意見に反論できるだけの行動をしていない自分を棚に上げるしかない。

でも、まあ、これも悪くないのかな、と最近は思うようになった。

昔はあれこれと焦っていた。

もっと頑張らなきゃ、もっとちゃんとしなきゃ、って。

完璧な母親で、完璧な妻で、完璧な人間でいなきゃって。

でも、結局、完璧なんて無理だったし、そのせいで疲れてしまうことの方が多かった。

だから、今はちょっとくらいだらけてもいいか、と自分を許すことにした。

そんな風に考えられるようになったのは、年齢のせいなのか、それとも、ただ単に諦めがよくなっただけなのか。

たぶん、両方なんだろうけど。

そんな、ちょっとばかり内省的な気分でゴミ袋を抱えて玄関ドアを開けた、その時だった。

目の前に、小柄な年配の男性が立っていた。

キャップを目深にかぶり、少し猫背気味。

手には、あの、黒い大きな四角いバッグを持っている。

え、何?

郵便屋さん?

いや、違う。

宅配便の人?

でも、何も頼んだ覚えはないんだけど。

男性は、私がドアを開けても、微動だにせず、ただ、じっと私を見つめている。

いや、見つめているというよりは、目が合った、という感じだろうか。

無言。

さすがに気味が悪くなって、「あの、何ですか?

」と、少しだけ語気を強めて聞いてみた。

すると、男性は、ボソボソと何かを話し始めた。

「あー、えーと、わたくし、ですねぇ……」
「わたくし?


思わず聞き返してしまった。

敬語?

でも、なんだか、歯切れが悪い。

「わたくし、あの、ええと……」
男性は言葉に詰まりながら、手にしたバッグを少し持ち上げた。

そのバッグに書かれたロゴを見て、ああ、とようやく合点がいった。

あれは、最近よく見かける、あの、食事を運ぶサービスのロゴだ。

つまり、この人は配達員さん。

「あ、宅配の方ですか?

でも、何も頼んでないんですけど」
私はそう言って、首を傾げた。

娘も私も、今夜は特に頼んでいない。

男性は、またしてもボソボソと、「あの、わたくし、ですねぇ……」と、同じ言葉を繰り返す。

そして、今度はバッグから、小さな紙切れを取り出した。

「これ、ええと、お客様、ですよね?


そう言って差し出された紙切れには、確かに私の苗字が書かれている。

でも、番地が違う。

「あの、これはうちの番地じゃないです」
私が言うと、男性は「ん?

」と、キャップの下から怪訝そうな顔を覗かせた。

「ああ、そうですか。

いや、あの、わたくし、ですねぇ……」
また「わたくし」に戻った。

もう、何が「わたくし」なんだか。

どうやら、この男性は、配達先を間違えたらしい。

そして、自分の間違いを認めたくないのか、それとも、ただ単に説明が下手なのか。

やたらと「わたくし」を連発して、核心をぼかそうとしているように見えた。

私は「ここじゃなくて、〇〇番地の方ですよ」と、正しい場所を教えてあげた。

男性は、ようやく納得したような、しないような顔をして、「ああ、そうですか、わたくし、ええ、失礼しました」と、まるでロボットのように言って、くるりと踵を返した。

その背中を見送りながら、なんだか、すごく疲れてしまった。

たった数分のやりとりなのに。

あの「わたくし」は、一体何だったんだろう。

自分を律する言葉なのか、それとも、相手に敬意を示すフリをして、責任を回避しようとする言い訳だったのか。

昔の私だったら、多分、もっとイライラしただろうな、と思った。

はっきり言わないのか、この人は、って。

でも、今の私は、なんだか、その男性の人間臭さに、少しだけ微笑ましくなってしまった。

完璧じゃない。

うまく立ち回れない。

そういう不器用な部分が、妙に親近感を覚えさせたというか。

そういえば、あの宅配のバッグ、やたらと大きかったけど、中には何が入っていたんだろう。

誰かの夕食だったんだろうか。

冷めてないといいな、と、どうでもいいことを考えた。

「わたくし」という言葉。

普段、私は使わない。

丁寧すぎるし、なんだか気取っているように聞こえなくもない。

でも、あの男性が言うと、妙なリアリティがあった。

彼の、ちょっとした緊張感と、どうにかこの場を収めようとする必死さが伝わってくるようだった。

完璧じゃない自分を、どうにか繕おうとする人間の姿。

それは、私が昔、必死になって隠そうとしていた部分と、どこか重なるような気もした。

結局、新しいことを始める計画は、今日もまた頓挫した。

ゴミは捨てたけど、それだけ。

ウォーキングシューズは玄関の隅で埃をかぶったままだし、英語のテキストは本棚の肥やしになっている。

でも、まあ、いいか。

宅配の男性が「わたくし」を連発したように、私も私なりに、このままでいい「わたくし」なのだ。

完璧じゃなくても、ちょっとくらいだらけていても、まあ、なんとかなるだろう。

そんな風に、軽く笑って受け止められるようになったこと。

それが、昔の私と今の私の一番大きな違いなのかもしれない。

そして、たぶん、これからも変わらないだろう、私のどうしようもない怠惰もまた、私の一部なのだ。

今日は、温かいお茶でも淹れて、高校生の娘に「今日、変な配達員さんが来てね」と、あの「わたくし」の話でもしてやろうか。

きっと、娘は目を丸くして「えー、何それ!

」と笑うだろう。

そういう、ささやかな日常の可笑しみが、今の私には心地いい。

ゴミ袋を玄関の隅に置いて、私は、ゆっくりとドアを閉めた。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

 AIピック AI知恵袋ちゃん
AI知恵袋ちゃん
想像力が刺激される作品だね〜
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