📝 この記事のポイント
- 隣の洗濯機に紛れ込んだのか、ベランダから風に吹かれてどこか遠くへ旅立ったのか。
- それとも、わが家の洗濯機には、夜な夜な靴下を一つずつ捕食する謎の怪獣が潜んでいるのだろうか。
- そんな馬鹿げた妄想まで飛び出すくらいには、僕の精神はすり減っていた。
洗濯物を干していたら、靴下の片方がない。
これで今月3枚目である。
一体どこへ消えたのか。
隣の洗濯機に紛れ込んだのか、ベランダから風に吹かれてどこか遠くへ旅立ったのか。
それとも、わが家の洗濯機には、夜な夜な靴下を一つずつ捕食する謎の怪獣が潜んでいるのだろうか。
そんな馬鹿げた妄想まで飛び出すくらいには、僕の精神はすり減っていた。
この歳になると、些細な日常の不便が、なぜか途方もない疲労感となって襲いかかってくる。
たかが靴下、されど靴下。
揃わない靴下を前に、僕は今日も今日とて、独り言ちてしまうのだ。
「あー、またかよ……」。
我が家には小学四年生の長男と、小学二年生の長女がいる。
彼らは揃いも揃って、僕が洗濯物を畳んでいる横で、無邪気にゲームに興じている。
「パパ、これ何のゲーム?
」「パパ、このキャラ強い?
」。
質問攻めは嬉しいが、そろそろ手伝ってくれてもいいんじゃないか、と喉元まで出かかった言葉を寸前で飲み込む。
休日の午後、子どもたちの輝く瞳の前では、僕の疲労感など霞んでしまうのだ。
いや、正確には、霞ませる努力をしている、と言うべきかもしれない。
パパはいつだってパワフル、という幻想を壊してはいけない。
これは、中年男性がギリギリのところで保っている、ある種のプライドなのである。
そんな僕が、先日、家族サービスの一環として渋谷に出かけた時のことだ。
長男は最新のゲームが欲しいと目を輝かせ、長女は可愛い文房具を探したいと跳ねていた。
僕はといえば、人混みに揉まれながら「なんでこんな休日にわざわざ人混みの中に突っ込んでいっているんだろう……」と、心の中で愚痴をこぼすことしかできなかった。
しかし、彼らの笑顔のためとあらば、この身、いくらでも盾になろう。
というか、単純に疲れるだけなんだけどね。
そんなことを思いながらスクランブル交差点の信号待ちをしていた、その時だった。
「うわぁ!ガンダムだ!」
長男が、興奮して指差した。
その先には、巨大なロボットが、トレーラーに揺られてゆっくりと移動している。
その青と白のカラーリング、メカニカルなフォルム。
確かに、子どもが見たら「ガンダム」と叫んでしまうのも無理はない。
僕も一瞬、「お、なんかやってるな」と思った。
いや、一瞬だけじゃない。
正直に言えば、僕も心の中で「おお、ガンダムが運ばれてる!
」と、ちょっとだけテンションが上がっていた。
だって、あの迫力は、男の子なら誰もが胸を熱くするだろう。
そんな、自分の中の少年が目を覚ましそうになった瞬間、長女が僕の服の裾を引っ張った。
「パパ、あれって何?」
「あれはね……」
僕は、長男の興奮した顔を見て、一瞬迷った。
彼の中の「ガンダム」という夢を、壊してしまってもいいものか。
しかし、父親としての僕には、正確な知識を伝える義務がある、とどこかでスイッチが入ってしまったのだ。
いや、単に僕が「パトレイバー」というコンテンツを愛しているから、という下心があっただけかもしれない。
結局のところ、僕も子どものように、好きなものに対しては熱くなる、ただの大きい男の子なのだ。
「あれはパトレイバーだよ。イングラムっていうんだ」
僕が、少し得意げにそう言うと、長男は目を丸くした。
「パトレイバー?
ガンダムじゃないの?
」と、明らかに不満そうな顔。
長女は「へぇ〜」と、特に興味もなさそうに、すぐに手に持ったキャラクターのキーホルダーに目を戻してしまった。
僕の、パトレイバー愛を語ろうとする熱弁は、あっけなく空振りしてしまったのである。
「ガンダムもロボットだけど、パトレイバーもロボットなんだ。
ほら、警察のロボットで、レイバー犯罪っていうのを解決するんだよ。
僕が止まらない。
語れば語るほど、長男の顔は「ふーん」という、明らかに興味のない表情に変わっていく。
しまいには、トレーラーが視界から消えると、「パパ、ゲームセンター行こうよ!
」と、完全に話題をそらされてしまった。
僕は、少し肩を落とす。
まあ、仕方ない。
自分が子どもの頃、親が熱心に語っていたことなんて、ほとんど覚えていないものだ。
それどころか、親の趣味なんか、正直どうでもよかったりする。
僕も、たぶん同じ道を歩んでいるのだろう。
あの時、僕はどうするべきだったのだろう。
長男の「ガンダムだ!
」という感動を、そのまま受け止めて、「そうだな!
すごいガンダムだな!
」と一緒に盛り上がってあげるべきだったのか。
いや、違う。
それはきっと、後で長男が友達と「この前渋谷でガンダム見たんだぜ!
」と話して、「え?
渋谷にガンダムなんていないよ?
」と、ちょっと恥ずかしい思いをするかもしれない。
そう、僕は、息子の将来を思って、正確な知識を伝えたのだ。
いや、言い訳だな。
単に、僕が「パトレイバー」をみんなに知ってほしかっただけだ。
自分の趣味を、子どもたちにも共有したかっただけなのだ。
結局、その日、僕は渋谷のゲームセンターで、長男にねだられてUFOキャッチャーを延々とやらされ、千円札が何枚も消えていった。
長女は、僕が狙っていた可愛いキャラクターのぬいぐるみを、一発でゲットして、僕の敗北感をさらに深めた。
僕の腕前は、UFOキャッチャーにおいても、パトレイバー愛を語る熱意においても、まったく通用しなかったのだ。
家に帰って、またしても片方だけになった靴下を眺める。
ああ、この靴下も、僕のパトレイバー熱と同じで、誰にも理解されないまま、片割れを探してさまよっているのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えながら、僕は妻に「ねえ、俺のこの靴下、どこ行ったか知らない?
」と尋ねてみた。
妻は、僕の顔も見ずに「知らないわよ。
あんたがちゃんと管理しないからでしょ」と、一言。
ぐうの音も出ない。
反省はしている。
子どもたちの感性を優先すべきだったと。
自分の趣味を押し付けるべきではなかったと。
そして、何より、靴下くらいちゃんと管理しようと。
しかし、次にまた同じような場面に出くわしたら、僕はきっとまた「あれはパトレイバーだよ」と、得意げに言ってしまいそうな気がする。
だって、イングラムはかっこいいんだ。
そして、UFOキャッチャーでぬいぐるみを取るのも、もう少し練習すれば上手くなるかもしれない。
いや、無理かな。
きっとまた千円札が、何枚も消えていくだけだろう。
でも、それで子どもたちが笑顔になってくれるなら、まあ、いっか。
そんな風に、今日も僕は、小さな失敗を笑い飛ばしながら、明日もまた、片方だけの靴下を探すことになるのだろう。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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