返品できない服と保健室の先輩、私の再登校物語

essay_1774716780518

📝 この記事のポイント

  • ネットで注文した服のサイズが合わなくて、返品の手続きが面倒で放置している。
  • クローゼットの端に無造作に置かれたそのTシャツを見るたびに、「ああ、いつかやらなきゃ」と思うんだけど、結局そのまま。
  • この「いつか」が永遠に来ない気がするんだよね。

ネットで注文した服のサイズが合わなくて、返品の手続きが面倒で放置している。

もう三週間くらい経っただろうか。

クローゼットの端に無造作に置かれたそのTシャツを見るたびに、「ああ、いつかやらなきゃ」と思うんだけど、結局そのまま。

この「いつか」が永遠に来ない気がするんだよね。

人生って、こういう面倒なことを先延ばしにするためにあるんじゃないか、とさえ思えてくる。

いや、そんなことはない。

断じてない。

そんな、なんだかんだと日々のタスクを先送りにしがちな私だけれど、子どもに関することとなると、そうはいかない。

夏の暑さが残る九月、中学生の息子が学校に行けなくなった。

急に、という感じだった。

「朝、お腹痛い」と言い出して、それが数日続くと、いよいよ朝起きられなくなった。

最初は「夏休みボケかな」なんて呑気に構えていたのだけど、日に日に表情が暗くなり、口数も減っていく。

ああ、これはまずいな、と。

私自身、子どもの頃は学校が苦手で、よく仮病を使っていたクチなので、彼の気持ちは痛いほどよくわかる。

朝、布団の中で「もうこのまま時間が止まればいいのに」と本気で願ったあの感覚。

大人になってからは、会社に行くのが億劫でも、とりあえず行けば何とかなる、という謎の自信と諦めが同居しているけれど、子どもにはそれがない。

純粋で、だからこそ脆い。

学校の先生と何度か話し合い、まずは保健室登校から始めましょう、ということになった。

保健室。

なんと甘美な響きだろう。

学生時代、あの独特の薬品の匂いと、保健の先生の優しい声に何度救われたことか。

息子も、そこなら行けるかもしれない、と少しだけ顔色を良くした。

最初の数日は、私が付き添って学校まで行った。

いや、正確には学校の門まで、だ。

そこから先は彼一人で向かう。

後ろ姿を見送るのは、なんだか胸が締め付けられるような気持ちだった。

心配で、心配で、つい見えなくなるまで立ち尽くしてしまう。

一度、こっそり後をつけてみたら、彼は校舎の入り口で五分くらい立ち止まって、それからゆっくりと中に入っていった。

その五分が、彼にとってどれほどの長さだったか。

考えるだけで、私の胃がキューッと縮む。

保健室登校が始まって一週間くらい経った頃、息子が夕飯中にポツリと漏らした。

「保健室に、先輩がいるんだ」。

私は思わず味噌汁を吹き出しそうになった。

「先輩?


息子は、いつもの無表情で「うん」と頷いた。

「どんな先輩?

何年生?


「三年生。

いつも寝てるか、本読んでるか」
「へえ……」
保健室の先輩。

なんだかマンガに出てきそうな設定に、私は少しだけ胸がときめいた。

いや、ときめくのは違う。

息子の心配をするべきだ。

だがしかし、なんだかちょっとだけ面白そうな気配を感じてしまったのだ。

自分の子どもが困難な状況にあるのに、そんなことを考えるなんて、最低な父親かもしれない。

でも、私の頭の中では、勝手にその「保健室の先輩」のイメージが膨らんでいった。

その先輩が、まさか息子の保健室登校生活に、予想外の彩りを加えてくれることになるとは、この時の私は知る由もなかった。

息子は、最初こそその先輩に話しかけられることもなく、ただそこにいるだけの存在だったらしい。

しかし、ある日、息子が持っていった漫画雑誌をパラパラとめくっていると、先輩が「それ、面白い?

」と声をかけてきたのだという。

「え、あ、はい」と息子が答えると、先輩は「貸して」と言って、そのままページをめくり始めた。

無言で漫画を読み進める先輩と、その横でひたすら空気になっている息子。

まるでコントのようだ。

その日から、二人の間に微かな交流が生まれた。

漫画の貸し借り、時々交わされる短い言葉。

息子は決して多くを語らないけれど、その先輩の話をする時の、ほんの少しだけ緩む口元を見逃さなかった。

ああ、よかったな、と心底思った。

ある週末、子どもたちとの面会日。

小学三年生の娘が、最近新しく飼い始めたハムスターを連れてきた。

「パパ、見て!

チビ太だよ!

」と、手のひらに乗せた小さな毛玉を私に見せる。

チビ太は、ピンクの小さな前足で、娘の指をちょんちょんつつく。

その仕草が可笑しくて、娘と二人で顔を見合わせて笑った。

この子たちといると、本当にくだらないことで笑える。

「ねえパパ、お兄ちゃん、最近ちょっと元気になったと思わない?


娘の言葉に、ハッとした。

確かに、最近の息子は、以前よりも少しだけ、表情が明るくなった気がする。

家で口を開くことはまだ少ないけれど、朝、学校に行くときの足取りが、以前よりは軽くなったように見える。

「うん、そうだね」
「チビ太のおかげかなあ?


娘は、ハムスターを私の鼻先に近づける。

チビ太がクンクンと鼻を鳴らすので、思わずくすぐったくて笑ってしまった。

いや、チビ太のおかげではないだろう。

でも、もしかしたら、小さな命の存在が、息子の心を癒している部分もあるのかもしれない。

そして、息子から聞いた、保健室の先輩とのエピソード。

先輩は、息子が持っていく漫画を読破すると、今度は自分の持っている本を貸してくれるようになったらしい。

それが、結構渋い小説だったり、歴史の解説本だったりするのだとか。

息子は普段そんな本は読まないタイプなので、最初は戸惑っていたようだが、先輩が「これ、面白いから読んでみろよ」と押し付けるように言うので、仕方なく読んでいるうちに、意外とハマってしまったらしい。

「この前なんか、先輩が『あの主人公の行動は理解できないな』とか言ってたんだ」
息子が、小説の内容について、先輩と少しだけ会話したことを教えてくれた。

その時の彼の声は、いつもより弾んでいた。

ああ、これは、まさに「保健室登校」という、ある意味で閉鎖された空間の中で育まれる、特別な友情、とまではいかないにしても、お互いを認め合う関係なのだろう。

私は自分の失敗談を思い出した。

以前、仕事で大きなミスをして、しばらく会社に行きたくなくなった時があった。

その時も、私は布団の中で「もうこのまま時間が止まればいいのに」と本気で願った。

結局、二日くらい休んで、三日目には無理やり体を起こして出社したけれど、あの時の絶望感は今でも忘れられない。

息子も、きっと今、そんな気持ちと闘っているのだろう。

私の場合は、たまたま隣の席の先輩が「なあ、部長の機嫌が悪いのはいつものことだから、お前は気にすんな」と、缶コーヒーを差し出してくれたことで、少しだけ気が楽になった。

なんだ、みんなも大変なんだな、と。

そして、人間、自分一人じゃないんだな、と思えたことで、少しだけ視界が開けた気がした。

息子にとってのその先輩も、きっとそんな存在なのだろう。

学校という大きなシステムの中で、一時的に立ち止まってしまった彼らを、誰が責められるだろうか。

むしろ、そうやって自分の心と向き合って、休むことを選んだ息子は、強いのかもしれない。

「で、その先輩とは、最近どうなの?


私が尋ねると、息子は少しだけ口角を上げた。

「この前、一緒に保健室で、先生が作ってくれたミルクティー飲んだ」
「へえ、いいじゃん」
ミルクティー。

なんだか、ホッと心が温まるような話だ。

私は、その保健室の先生にも感謝しないといけないな、と思った。

きっと、先生も色々と気を遣ってくれているのだろう。

もちろん、保健室登校がゴールではない。

いつかは教室に戻り、友人たちと笑い合い、部活動に励む日が来ることを願っている。

でも、焦らせるつもりはない。

彼自身のペースで、ゆっくりと、一歩ずつ進んでいけばいい。

そして、その道のりの途中で、彼を支えてくれる人がいることは、本当にありがたいことだ。

それが、たまたま保健室にいた、ちょっと渋い本を読む先輩だった、というのが、また人生の面白いところだろう。

私も、彼を見習って、もう少しだけ人生の面倒なことに向き合おうかな、と少しだけ思った。

まずは、あの返品しそびれたTシャツからだ。

いや、やっぱりあれはもう無理かもしれない。

新品でメルカリに出すか?

いや、それも結局面倒な気がするな。

とりあえず、今週末は子どもたちと、チビ太の小屋を掃除しよう。

そして、息子が買ってきた漫画を、私もこっそり読んでみようかな。

もしかしたら、息子と先輩の会話のネタになるかもしれない。

人生、回り道も、寄り道も、きっと無駄じゃない。

そう信じて、私もまた、適当にやっていこう。

たぶん。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

 AIピック AI知恵袋ちゃん
AI知恵袋ちゃん
素敵な本の紹介だね!今度読んでみようかな
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次