📝 この記事のポイント
- ネットで注文した服のサイズが合わなくて、返品の手続きが面倒で放置している。
- クローゼットの端に無造作に置かれたそのTシャツを見るたびに、「ああ、いつかやらなきゃ」と思うんだけど、結局そのまま。
- この「いつか」が永遠に来ない気がするんだよね。
ネットで注文した服のサイズが合わなくて、返品の手続きが面倒で放置している。
もう三週間くらい経っただろうか。
クローゼットの端に無造作に置かれたそのTシャツを見るたびに、「ああ、いつかやらなきゃ」と思うんだけど、結局そのまま。
この「いつか」が永遠に来ない気がするんだよね。
人生って、こういう面倒なことを先延ばしにするためにあるんじゃないか、とさえ思えてくる。
いや、そんなことはない。
断じてない。
そんな、なんだかんだと日々のタスクを先送りにしがちな私だけれど、子どもに関することとなると、そうはいかない。
夏の暑さが残る九月、中学生の息子が学校に行けなくなった。
急に、という感じだった。
「朝、お腹痛い」と言い出して、それが数日続くと、いよいよ朝起きられなくなった。
最初は「夏休みボケかな」なんて呑気に構えていたのだけど、日に日に表情が暗くなり、口数も減っていく。
ああ、これはまずいな、と。
私自身、子どもの頃は学校が苦手で、よく仮病を使っていたクチなので、彼の気持ちは痛いほどよくわかる。
朝、布団の中で「もうこのまま時間が止まればいいのに」と本気で願ったあの感覚。
大人になってからは、会社に行くのが億劫でも、とりあえず行けば何とかなる、という謎の自信と諦めが同居しているけれど、子どもにはそれがない。
純粋で、だからこそ脆い。
学校の先生と何度か話し合い、まずは保健室登校から始めましょう、ということになった。
保健室。
なんと甘美な響きだろう。
学生時代、あの独特の薬品の匂いと、保健の先生の優しい声に何度救われたことか。
息子も、そこなら行けるかもしれない、と少しだけ顔色を良くした。
最初の数日は、私が付き添って学校まで行った。
いや、正確には学校の門まで、だ。
そこから先は彼一人で向かう。
後ろ姿を見送るのは、なんだか胸が締め付けられるような気持ちだった。
心配で、心配で、つい見えなくなるまで立ち尽くしてしまう。
一度、こっそり後をつけてみたら、彼は校舎の入り口で五分くらい立ち止まって、それからゆっくりと中に入っていった。
その五分が、彼にとってどれほどの長さだったか。
考えるだけで、私の胃がキューッと縮む。
保健室登校が始まって一週間くらい経った頃、息子が夕飯中にポツリと漏らした。
「保健室に、先輩がいるんだ」。
私は思わず味噌汁を吹き出しそうになった。
「先輩?
」
息子は、いつもの無表情で「うん」と頷いた。
「どんな先輩?
何年生?
」
「三年生。
いつも寝てるか、本読んでるか」
「へえ……」
保健室の先輩。
なんだかマンガに出てきそうな設定に、私は少しだけ胸がときめいた。
いや、ときめくのは違う。
息子の心配をするべきだ。
だがしかし、なんだかちょっとだけ面白そうな気配を感じてしまったのだ。
自分の子どもが困難な状況にあるのに、そんなことを考えるなんて、最低な父親かもしれない。
でも、私の頭の中では、勝手にその「保健室の先輩」のイメージが膨らんでいった。
その先輩が、まさか息子の保健室登校生活に、予想外の彩りを加えてくれることになるとは、この時の私は知る由もなかった。
息子は、最初こそその先輩に話しかけられることもなく、ただそこにいるだけの存在だったらしい。
しかし、ある日、息子が持っていった漫画雑誌をパラパラとめくっていると、先輩が「それ、面白い?
」と声をかけてきたのだという。
「え、あ、はい」と息子が答えると、先輩は「貸して」と言って、そのままページをめくり始めた。
無言で漫画を読み進める先輩と、その横でひたすら空気になっている息子。
まるでコントのようだ。
その日から、二人の間に微かな交流が生まれた。
漫画の貸し借り、時々交わされる短い言葉。
息子は決して多くを語らないけれど、その先輩の話をする時の、ほんの少しだけ緩む口元を見逃さなかった。
ああ、よかったな、と心底思った。
ある週末、子どもたちとの面会日。
小学三年生の娘が、最近新しく飼い始めたハムスターを連れてきた。
「パパ、見て!
チビ太だよ!
」と、手のひらに乗せた小さな毛玉を私に見せる。
チビ太は、ピンクの小さな前足で、娘の指をちょんちょんつつく。
その仕草が可笑しくて、娘と二人で顔を見合わせて笑った。
この子たちといると、本当にくだらないことで笑える。
「ねえパパ、お兄ちゃん、最近ちょっと元気になったと思わない?
」
娘の言葉に、ハッとした。
確かに、最近の息子は、以前よりも少しだけ、表情が明るくなった気がする。
家で口を開くことはまだ少ないけれど、朝、学校に行くときの足取りが、以前よりは軽くなったように見える。
「うん、そうだね」
「チビ太のおかげかなあ?
」
娘は、ハムスターを私の鼻先に近づける。
チビ太がクンクンと鼻を鳴らすので、思わずくすぐったくて笑ってしまった。
いや、チビ太のおかげではないだろう。
でも、もしかしたら、小さな命の存在が、息子の心を癒している部分もあるのかもしれない。
そして、息子から聞いた、保健室の先輩とのエピソード。
先輩は、息子が持っていく漫画を読破すると、今度は自分の持っている本を貸してくれるようになったらしい。
それが、結構渋い小説だったり、歴史の解説本だったりするのだとか。
息子は普段そんな本は読まないタイプなので、最初は戸惑っていたようだが、先輩が「これ、面白いから読んでみろよ」と押し付けるように言うので、仕方なく読んでいるうちに、意外とハマってしまったらしい。
「この前なんか、先輩が『あの主人公の行動は理解できないな』とか言ってたんだ」
息子が、小説の内容について、先輩と少しだけ会話したことを教えてくれた。
その時の彼の声は、いつもより弾んでいた。
ああ、これは、まさに「保健室登校」という、ある意味で閉鎖された空間の中で育まれる、特別な友情、とまではいかないにしても、お互いを認め合う関係なのだろう。
私は自分の失敗談を思い出した。
以前、仕事で大きなミスをして、しばらく会社に行きたくなくなった時があった。
その時も、私は布団の中で「もうこのまま時間が止まればいいのに」と本気で願った。
結局、二日くらい休んで、三日目には無理やり体を起こして出社したけれど、あの時の絶望感は今でも忘れられない。
息子も、きっと今、そんな気持ちと闘っているのだろう。
私の場合は、たまたま隣の席の先輩が「なあ、部長の機嫌が悪いのはいつものことだから、お前は気にすんな」と、缶コーヒーを差し出してくれたことで、少しだけ気が楽になった。
なんだ、みんなも大変なんだな、と。
そして、人間、自分一人じゃないんだな、と思えたことで、少しだけ視界が開けた気がした。
息子にとってのその先輩も、きっとそんな存在なのだろう。
学校という大きなシステムの中で、一時的に立ち止まってしまった彼らを、誰が責められるだろうか。
むしろ、そうやって自分の心と向き合って、休むことを選んだ息子は、強いのかもしれない。
「で、その先輩とは、最近どうなの?
」
私が尋ねると、息子は少しだけ口角を上げた。
「この前、一緒に保健室で、先生が作ってくれたミルクティー飲んだ」
「へえ、いいじゃん」
ミルクティー。
なんだか、ホッと心が温まるような話だ。
私は、その保健室の先生にも感謝しないといけないな、と思った。
きっと、先生も色々と気を遣ってくれているのだろう。
もちろん、保健室登校がゴールではない。
いつかは教室に戻り、友人たちと笑い合い、部活動に励む日が来ることを願っている。
でも、焦らせるつもりはない。
彼自身のペースで、ゆっくりと、一歩ずつ進んでいけばいい。
そして、その道のりの途中で、彼を支えてくれる人がいることは、本当にありがたいことだ。
それが、たまたま保健室にいた、ちょっと渋い本を読む先輩だった、というのが、また人生の面白いところだろう。
私も、彼を見習って、もう少しだけ人生の面倒なことに向き合おうかな、と少しだけ思った。
まずは、あの返品しそびれたTシャツからだ。
いや、やっぱりあれはもう無理かもしれない。
新品でメルカリに出すか?
いや、それも結局面倒な気がするな。
とりあえず、今週末は子どもたちと、チビ太の小屋を掃除しよう。
そして、息子が買ってきた漫画を、私もこっそり読んでみようかな。
もしかしたら、息子と先輩の会話のネタになるかもしれない。
人生、回り道も、寄り道も、きっと無駄じゃない。
そう信じて、私もまた、適当にやっていこう。
たぶん。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

