広島免許センターの高速周回路と、人様の犬への執着の話。

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📝 この記事のポイント

  • いや、正確には私が懐かせたと言った方が早いかもしれない。
  • 公園のベンチでぼんやり座っていたら、少し離れた場所で柴犬を連れたおじいさんが座っているのが見えたのだ。
  • 「あら、柴犬さん」と心の中で呟き、じっと見ていたら、向こうも私に気づいたのか、キョトンとした顔で首を傾げている。

散歩中、知らない犬に懐かれてしまった。

いや、正確には私が懐かせたと言った方が早いかもしれない。

公園のベンチでぼんやり座っていたら、少し離れた場所で柴犬を連れたおじいさんが座っているのが見えたのだ。

「あら、柴犬さん」と心の中で呟き、じっと見ていたら、向こうも私に気づいたのか、キョトンとした顔で首を傾げている。

こういうとき、反射的に「可愛いわねぇ」と呟いてしまうのは、もう病気なんだろう。

しばらくアイコンタクトを取り合っていたら、その子が突然「ワンッ!

」と一声上げて、リードを引っ張る勢いで私の元へ駆け寄ってきたのだ。

おじいさんは慌ててリードを掴んでいるけれど、もう遅い。

柴犬は私の足元にチョンと座り込み、尻尾をブンブン振って「撫でて!

」と全身でアピールしている。

飼い主さんより先に仲良くなってしまった事実に、ちょっとした優越感と、それから「この子、私を見抜いたな?

」という妙な自信が胸に湧き上がった。

結局、おじいさんと少し犬談義に花を咲かせ、名残惜しそうに去っていく柴犬に「またね!

」と手を振った。

これだから散歩はやめられない。

さて、そんな犬との出会いから数日後、実家の父が運転免許の更新時期を迎えた。

いわゆる「高齢者講習」というやつだ。

うちは私が運転免許を持っていないので、父が車を出せないと母の病院の送り迎えとか、重い買い物とか、色々と困る。

だから父には何が何でも運転免許を更新してもらわないといけない。

父は「もうやめようかと思うんだがのう」なんて弱気なことを言っていたけれど、すかさず母と私で「何言っとるん!

」「あんたが運転せんかったらどうするんね!

」と畳み掛けた。

結局、父は渋々免許センターへと出向くことになった。

その免許センターというのが、広島市内から少し外れた場所にある、結構な僻地にあるのだ。

車がないとまず行けない場所で、そこに行くためのバスも本数が少ない。

高齢者講習を受けに行く高齢者に、そこまでして車に乗らせようとするのは、ある意味鬼畜の所業じゃないかといつも思う。

父が講習から帰ってきて、開口一番に言った。

「おい、あそこ、高速道路みたいなもんがあるんじゃのう」。

高速道路?

免許センターに?

一体何を言い出すかと思ったら、どうやら教習用の高速周回路があるらしいのだ。

しかも、ただの周回路じゃない。

標識もゲートも、本物そっくりに作られているという。

父曰く、「ETCレーンもあったで。

ちゃんと本物の機械が置いてあったわ」とのこと。

私は思わず「え、それって本当に使えるの?

」と尋ねてしまった。

まさか、講習でETCゲートをくぐって「ピッ」とか言われるわけじゃないだろうに。

「いや、もちろん使わんかったけどの。

でもな、あのゲートの感じとか、料金所の建物とか、妙にリアルじゃったわ。

まるで本物の高速道路の入り口に入っていくみたいじゃったわ」と父は興奮気味に語る。

高齢者講習で、そんな本格的な高速周回路を走る必要があるのだろうか。

もちろん、高速道路を走行する機会がある高齢者もいるだろう。

でも、免許センターの敷地内に、そこまでリアルな高速道路を再現する情熱って、一体どこから湧いてくるんだろう。

そこが面白いな、と思ったのだ。

考えてみれば、あれって高齢者講習だけじゃなくて、免停講習とかでも使うんだろうな。

免停になった人たちが、猛スピードで周回コースを走って、何かの「戒め」を受けている姿を想像すると、ちょっとシュールだ。

きっと、本物の高速道路では違反したのに、ここでは制限速度を守って走らされている、という皮肉めいた状況に、彼らは何を思うのだろう。

標識一つ、ゲート一つにしても、きっと「この標識、本物じゃったらアウトじゃったな」とか「このゲート、前はよく突っ込んどったわ」とか、それぞれに思いを馳せる瞬間があるのかもしれない。

人間の行動って、そういう「もしも」とか「あの時は」みたいな思考が、意外と色々なところに影響している気がする。

なぜそこまでこだわり抜いた周回路が必要なのか、ちょっと調べてみたくなった。

でも、その前に思い出したのは、昔、広島市内の運転免許試験場で仮免の技能試験を受けた時のことだ。

私は免許を取るのが遅くて、二十代後半になってようやく重い腰を上げた。

教習所には通わず、いわゆる「一発試験」で挑んだのだ。

もちろん、事前に練習はしたけれど、あの試験場の独特の雰囲気にはいつも圧倒されていた。

試験場のコースは、本物の道路を模しているんだけど、どこか現実離れしている。

信号は少ないし、交差点もやけに広い。

そして何より、試験官の「はい、右折して」という一言で、いきなり見知らぬ道へと放り出される感覚がたまらなかった。

あの時の私にとって、試験場の道路は「免許を取るためだけの道路」であって、実際に車を運転するイメージとはかけ離れていた。

今思えば、あの頃の試験場のコースだって、それなりにリアルな標識や信号が設置されていたはずなのに、私の頭の中では「試験用のハリボテ」くらいにしか認識されていなかったんだよね。

それが、父が語る免許センターの高速周回路は、まるで「テーマパークのアトラクション」のように聞こえてくる。

リアルすぎるがゆえに、かえって非日常感があるというか。

きっと、設計した人は相当なこだわりを持っていたんだろう。

まるで、ミニチュアのジオラマを作るような情熱で、高速道路を再現したのかもしれない。

そういう、ある種の「職人芸」みたいなものって、意外と日常のあちこちに転がっている気がする。

スーパーで、やけに綺麗に積み上げられた缶詰のタワーとか、駅の構内で、寸分違わず配置されたゴミ箱とか。

そういうのを見つけると、思わず「お見事!

」と心の中で拍手を送りたくなる。

そういえば、先日、電車に乗っていた時のことだ。

向かいの席に座っていたおじさんが、真剣な顔つきで何かを組み立てていた。

よく見たら、手のひらサイズの小さなプラモデルだった。

しかも、接着剤を使わず、パチパチとパーツをはめ込んでいくタイプのもの。

おじさんは、揺れる電車の中で、まるで集中力を研ぎ澄ますかのように、ピンセットを使って小さな部品を組み合わせていく。

その横顔は、まるで世界的企業のCEOが重大な決断を下す瞬間かのように真剣で、私は思わず見入ってしまった。

そのプラモデルが完成した時、おじさんはフッと息を吐き、満足げな顔でそれを眺めていた。

その表情たるや、「よし、これで世界の平和は守られた」と言わんばかりの達成感に満ち溢れていたのだ。

電車を降りる時、おじさんの手には、小さな完成品が大事そうに握られていた。

たった数十分の移動時間で、一つの作品を完成させたおじさん。

その姿を見て、私は「人間って、何かに集中している時が一番輝いているな」なんて、柄にもなく思ったのだ。

免許センターの高速周回路も、電車の中のプラモデルも、突き詰めれば「何かを再現したい」とか「完璧なものを作りたい」という、人間の根源的な欲求から来ているのかもしれない。

特に、男性ってそういう「ミニチュア」とか「リアルな再現」みたいなものに弱い気がする。

父が免許センターの高速周回路の話をする時の、あの少年のようにキラキラした目を見れば、それはもう明らかだ。

結局、父は無事に免許を更新できた。

母も私も一安心だ。

ただ、父は未だに免許センターの高速周回路について語りたがる。

「今度、お前も行ってみるとええ。

ETCレーンとか、マジで本物そっくりなんじゃけぇ」
 いや、私免許ないから入れないし、仮に入れたとしても、ただの講習施設だから多分面白くないよ、父さん。

でも、そうやって目を輝かせている父を見ていると、なんだか微笑ましい。

あの高速周回路は、父にとって、単なる講習施設ではなく、ちょっとした「大人の秘密基地」みたいなものになっているのかもしれない。

私もいつか、免許を取って、あの高速周回路を走る日が来るのだろうか。

その時、私も父と同じように「おぉ、これはリアルじゃ!

」と感動するのだろうか。

いや、多分私は「うわ、この標識、なんでこんな所に?

」とか「このゲート、通過するのに何秒かかるんだろ?

」とか、もっとどうでもいいことを考えているに違いない。

人間って、結局のところ、自分の興味のある視点でしか物事を見ていないんだな、と改めて思う。

そして、そういうそれぞれの「こだわり」や「着眼点」が、日々の生活をちょっと面白くしてくれるんだよね。

父が高速周回路で目を輝かせているように、私もまた、知らない犬に懐かれたり、スーパーで妙に高く積まれた缶詰に感動したりしながら、きっと今日もどこかで、どうでもいいことに心を奪われているんだろう。

それでいいのだ。

きっと、それで。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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