📝 この記事のポイント
- 美容院で「いつも通りで」と言ったら、担当者が変わっていて微妙な仕上がりに。
- いや、別にいつも通りの髪型なんてないんだけどさ。
- その日の気分と担当者の力量にすべてを委ねるスタイル。
美容院で「いつも通りで」と言ったら、担当者が変わっていて微妙な仕上がりに。
いや、別にいつも通りの髪型なんてないんだけどさ。
その日の気分と担当者の力量にすべてを委ねるスタイル。
それが私。
「お任せで!
」と軽快に言いたい気持ちもあるけど、それだと「え、どこまで?
」ってなるのが目に見えてるからね。
大人になったら、この「いつも通り」という魔法の言葉を習得するんだ、と漠然と思っていたけど、実際は魔法どころか呪文で、唱えたところで微妙な結果になることがほとんど。
今日の私、耳の横の毛が「いらっしゃいませ!
」って言ってるみたいにピンと跳ねてるし。
「どうですか?
」って満面の笑みで聞かれても、「はい、最高です!
」なんて嘘は言えないじゃないですか。
いや、言えるんだけど、そこは人間として、ちょっとだけ戸惑うフリをするのが礼儀かなって。
鏡の中の私は、さっきまで眠っていたはずの美容師魂が覚醒したかのような、熱量のあるボブになっていた。
熱量、いらないんだよな、髪型に。
もうちょっと、こう、ひっそりとしててほしい。
そっと日常に溶け込むような、そんな髪型が理想。
まるで、朝起きて「あれ?
今日、私、芸能人だっけ?
」って錯覚しちゃうくらい、自然にキマってる、みたいな。
そんな日、一度でいいから経験してみたい。
なんでこうなっちゃうんだろう、って電車の中で考えた。
私は「いつもの担当者さんじゃないと、私の髪質とか癖とか分かんないよねー」って心の中で叫びながらも、「ありがとうございますー」って会計を済ませる。
これが大人。
でも、心の中では「あの担当者さん、どこ行ったんだろ?
転職?
独立?
それとも、実は私のこと苦手で、裏でシフト調整してた?
」なんて、ドラマチックな妄想が繰り広げられてる。
大人の人間関係って、案外そういうもんなのかもしれない。
言わない、察する、そして勝手に納得する。
これが平和の秘訣ってやつ?
いや、違うな。
ただ単に面倒くさいだけだ、きっと。
でも、この「言わないけど、察してほしい」っていう空気感、世の中には結構溢れてる気がする。
先日、パート先のリサイクルショップで、それは起こった。
うちのお店、古い家電とか楽器とか、とにかく色々なものを取り扱ってるんだけど、ごく稀に、というか結構な頻度で、お客様が目をキラキラさせて近づいてくる棚があるんだよね。
そこには、直径30cmくらいの、ピカピカした黒い円盤がずらりと並んでる。
「うわ!レコードめっちゃあるじゃん!懐かしいー!これ、全部売ってるんですか?」
って、それはもう興奮気味に声をかけてくれるお客様がいるんですよ。
私はそのたびに、心の中で「ち、違うんだ…!
」って叫びながら、営業スマイルを貼り付ける。
「はい、こちら全部お買い求めいただけますよ」って。
だって、お客様、めちゃくちゃ楽しそうなんだもん。
その笑顔を曇らせたくない、っていう善意と、いちいち説明するの、ちょっと面倒くさいっていう本音の狭間で、私はいつも葛藤している。
でも、一応、パートの務めとして、ちゃんと説明しないとね。
だって、勘違いしたまま買っちゃったら、家で「あれ?
これ、プレイヤーに入らないんですけど…」ってなったら、それこそクレームになる。
だから、私は笑顔のまま、そっと真実を告げる。
「あ、お客様、こちら…レーザーディスクなんです」って。
するとね、お客様の顔色が、みるみるうちに変わっていくんですよ。
期待に満ちたキラキラの目が、一瞬で「え…?
」ってなる。
そして、「あ、ホントだ…」って、ちょっぴりテンションが下がった声で言う。
その落差が、もう、なんとも言えない。
申し訳ない気持ちと、ちょっと笑っちゃいそうになる気持ちが入り混じる。
なぜ、お客様はレーザーディスクをレコードと見間違えるのか?
考えてみたんだけど、まあ、見た目がね。
黒くて丸くて大きい。
ターンテーブルに乗せるもの、みたいなイメージが、パッと見で結びついちゃうのかもしれない。
でも、よく見ると真ん中に穴が二つあったり、ディスクの素材も全然違う。
レコードは溝が命だけど、レーザーディスクはツルツル。
むしろCDを巨大化したみたいな感じ。
でも、その「見た目で判断しちゃう」気持ち、すごくよく分かるんだよね。
人間って、視覚からの情報にものすごく左右される生き物だから。
私もスーパーのレジで、前の人が会計してる時に、ついついカゴの中身をチラ見しちゃうもん。
「あ、この人、牛乳と卵とパンだけなんだ。
朝食かな?
それとも、もう一回別のスーパー行くのかな?
」とか、どうでもいいことを勝手に想像してる。
で、もしそこに、普段自分では買わないようなちょっと高級なチーズとか、珍しい野菜とかが入ってたりすると、「おや?
」ってなる。
勝手に人間ドラマを想像しちゃうんだよね。
この「見てるものの本質を見誤る」現象って、意外と日常に潜んでる。
例えば、電車の中。
前に座ってる女性が、膝の上に高級そうなブランドバッグを置いてるのを見たとするじゃない?
「わー、いいなー、高そうー!
」って思うでしょ。
でも、よく見たら、そのバッグのチャックが全開で、中からティッシュがはみ出てて、さらに奥には食べかけのおにぎりの包み紙が見えたりする。
ああ、見た目だけじゃ分からないんだな、って。
ブランド品持ってても、中身は私と大差ない、みたいな。
いや、むしろ私の方が几帳面かもしれない、なんて勝手に優越感に浸ってみたり。
人間観察って、そういうちょっとした発見が楽しいんだよね。
別の似た経験で言うと、うちの娘がよくやるんだけど、動物図鑑を見てる時に、「ママ!
これ、犬だよね!
」って指差すわけ。
見ると、どう見てもキツネ。
いや、キツネって書いてあるし、写真もキツネだし。
でも娘は「しっぽがフサフサで可愛いから犬!
」って言い張る。
なんか、もう、理屈じゃないんだよね。
自分の脳内にある「可愛い動物」というカテゴリに、勝手に分類しちゃう。
レーザーディスクをレコードと見間違えるお客様も、きっとそういう心理なんだろうな、って最近思うようになった。
彼らの脳内には「丸くて黒い円盤=レコード」っていう、強く美しいロジックがある。
そこに、私の「レーザーディスクなんです」っていう言葉は、一瞬のノイズでしかないのかもしれない。
そして、その「レーザーディスクなんです」って言った時の、お客様の「あ、ホントだ…」のトーン。
あの微妙な落胆と、ちょっとだけ自分を恥じているような、でも別にそこまでじゃないような、あの複雑なニュアンス。
あれが、私にとっての「いらっしゃいませ!
」って言ってる美容院の仕上がりなんだろうな。
言われた方は「え、あ、はい、ありがとうございます…」ってなるしかない、あの感じ。
結局のところ、見た目で判断しちゃって、ちょっと期待して、でも蓋を開けたら「あれ?
」ってなる経験は、みんなしてるってことだよね。
美容院の仕上がりも、リサイクルショップの円盤も、はたまた電車の中のブランドバッグの中身も。
人は、自分のフィルターを通して世界を見て、勝手に物語を作り上げてる。
で、その物語が、ちょっとずれてる時に、クスッと笑える瞬間が生まれる。
だから、これからも私は「レーザーディスクなんです」って言いながら、お客様の顔色の変化を観察するんだろうな。
そして、そのお客様が去った後、心の中でそっと付け加える。
「でも、お気持ち、すごく分かります。
私も美容院で『いつも通り』って言っちゃった後、鏡を見て同じ顔してるんで」って。
そう、人間って、いつだってちょっとおっちょこちょいで、でもそれがまた愛おしい生き物なんだ、きっと。
そして、私もまた、次回の美容院で「いつも通りで」って言っちゃうんだろうな。
懲りないね、まったく。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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