息子が面接? 入学式のスーツが限界突破した話

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📝 この記事のポイント

  • 書店で立ち読みしていたら、知らない人に話しかけられて焦った。
  • 背中から「あの、すみません」って声が聞こえた瞬間、心臓が五臓六腑を駆け巡ったね。
  • 何事かと思ったら、「その本、面白いですか? 」って。

書店で立ち読みしていたら、知らない人に話しかけられて焦った。

いや、焦ったなんてもんじゃない。

背中から「あの、すみません」って声が聞こえた瞬間、心臓が五臓六腑を駆け巡ったね。

何事かと思ったら、「その本、面白いですか?

」って。

いやいや、知らないおじさん。

面白いかどうかなんて、まだ冒頭の数ページしか読んでないんだから分かるわけないでしょ。

しかも、僕が手に取っていたのは、とある有名作家の最新エッセイ集。

これって、面白いかどうかっていうより、読むのが当たり前、みたいな一種の信仰対象みたいなもんでしょ?

それをいきなり「面白いですか?

」って聞かれると、まるで僕がその作家を冒涜してるみたいに感じてしまって、一瞬思考が停止した。

「あ、えっと、まだ…」とどもりながら返すと、おじさんはニヤリと笑って「ですよねー」とだけ言って去っていった。

何だったんだ、あの時間。

あれから、僕は書店で立ち読みする際、常に背後に気を配るようになった。

まあ、単身赴任先のこの街では、僕のことなんて誰も知らないだろうから大丈夫だとは思うんだけど、一度植え付けられた恐怖というのは、そう簡単には消えないものなんだよね。

そういえば、その書店で何を探していたかというと、スーツのお手入れに関する本だった。

なんでそんなもんが必要になったかというと、実家に住む長男が、大学卒業後初めて面接を受けることになったからだ。

いや、初めてっていうのも変な話で、彼は大学を卒業して以来、この二年近く、世間一般で言うところの「ニート」というやつを謳歌している。

まあ、謳歌している、と言ってしまうと語弊があるかもしれない。

彼なりに何かを探している、と妻は言っていたが、僕から見ればただゲームをするか、漫画を読むか、たまに夜中にコンビニへアイスを買いに行くだけの日々だった。

それが、急に親父――僕の親父、つまり長男にとっては祖父の知り合いが経営している会社が、ちょうど人員を募集しているという話になり、半ば強引に面接のセッティングをされたらしい。

本人は「えー、別にー」みたいな態度だったらしいが、さすがに祖父の顔を立てないわけにもいかないと、渋々承諾したそうだ。

で、問題はスーツだ。

彼が持っているスーツといえば、大学の入学式で着たきり一度も袖を通していない、あの濃紺のやつしかない。

いや、正確には一度、友人の結婚式で着たような気もするが、まあ、それに近い状態なのは間違いない。

「お父さん、長男のスーツ、どうしよう?

」妻からの電話口の声は、どこか浮かれていた。

いや、浮かれているわけではないだろうが、二年ぶりに息子が社会と接点を持つかもしれないという期待感が、微かに声に滲んでいた。

「どうしようって、クリーニングに出せばいいんじゃないのか?

」と僕は答えた。

まあ、僕も単身赴任で家を離れて久しいから、長男の現在の体型を正確に把握しているわけではない。

だが、大学に入学したての頃の、あのヒョロヒョロだった体型が、この二年で劇的に変化しているとは考えにくい。

むしろ、運動不足で全体的にたるんでいる可能性の方が高いだろう。

しかし、妻の言うには、「それがね、なんかね、丈がね、かなりつんつるてんになってるみたいで…」とのこと。

つんつるてん。

なんと可愛らしい響きだろう。

いや、事態は可愛らしくない。

入学式のスーツがつんつるてんになるって、どれだけ身長が伸びたんだ。

僕だって、高校生の頃は身長が伸び続けていたけど、大学入学後につんつるてんになるほど急成長した覚えはない。

いや、僕の場合は、単に体重が増えただけ、という悲しい現実があっただけなんだけどね。

その話を聞いてから、僕の心の中に、ある小さな疑問が芽生えた。

「人間って、いつまで身長が伸びるんだろう?

」という、ごくごくシンプルな疑問だ。

いや、知ってるよ、だいたい二十歳前後で止まるってのは。

でも、長男はもう二十二歳だ。

そこから「つんつるてん」になるほど伸びるって、どういうことだ?

もしかして、成長期ってやつは、僕らの知っている常識とは違う側面があるんじゃないか?

転勤族の僕は、普段から移動が多い。

休日に暇を持て余すことも多く、そういう時にこそ、どうでもいいことをとことん調べる癖がある。

ちょうどその週末、特に予定もなかったので、僕はスマホを片手に、その「人間と身長の伸び」について調べてみることにした。

もちろん、例の書店でスーツ関連の本を立ち読みしたのも、その一環だ。

調べてみると、意外な発見があった。

確かに、一般的には男性は20歳前後、女性は16歳前後で身長の伸びは止まるとされている。

だが、稀に20代前半まで伸び続けるケースも存在するらしい。

特に、思春期の成長スパートが遅かった人や、栄養状態が良い人は、もう少し長く伸びる傾向がある、なんて論文まで見つけた。

いや、論文って。

そんな大層なもんまで読み始めたのか、俺は。

どうでもいいことを調べる時の集中力は、仕事の比じゃないな、と我ながら感心した。

で、長男の場合だ。

彼は元々、食べることには興味があるものの、あまり運動をしないタイプだった。

高校時代も、ひょろひょろしていた記憶しかない。

もしかしたら、彼の成長スパートは人より遅かったのかもしれない。

そして、この二年間、実家でぬくぬくと過ごし、母親の手料理を三食きっちり食べていたことを考えると、栄養状態は抜群だっただろう。

いや、抜群というより、過剰摂取気味だったかもしれない。

そう考えると、彼の「つんつるてん」は、案外科学的な根拠に基づいていたのかもしれない、と妙に納得してしまった。

しかし、納得したところで、彼のスーツの問題が解決するわけではない。

妻からは、新しいスーツを買うべきか、それとも既存のものを直すべきか、といった相談があった。

僕は即座に「新しく買え」と答えた。

だって、入学式のスーツだぞ。

たとえサイズ直しでどうにかなったとしても、見た目がね。

それに、入学式なんて、一生に一度の晴れ舞台で着る服だ。

それを面接で着るなんて、なんだか縁起が悪い気がする。

いや、これは僕の勝手な思い込みなんだけど、こういう「なんとなく」のこだわりって、誰にでもあるものじゃない?

僕なんか、新しく買った靴を履く日は、雨が降らないことを祈るし、もし降ったら、その日はもう一日中テンションが上がらない。

そして、雨の日に無理に履いて汚れたら、もう二度と履きたくなくなる、とまでは言わないけど、なんだかテンモリーが落ちてしまうんだ。

まあ、結局クリーニングに出して、丁寧に手入れをすれば良いだけなんだけど、一度植え付けられた「汚れた」というイメージは、なかなか払拭できないものなんだよね。

だから、新しいスーツだ。

新しいスーツで、新しい気持ちで面接に臨むべきだ。

いや、本人が新しい気持ちになるかどうかは知らんけど、少なくとも親としては、そういう気持ちになってほしい、という願いがあるわけだ。

そういえば、スーツの話で思い出したけど、僕も昔、単身赴任先でスーツを着る機会があった時、久々に袖を通したら、全体的に「きつい」というより「パンパン」な状態になっていて、愕然としたことがある。

いや、きついとパンパン、何が違うんだ、と思うかもしれないけど、きついはまだ「痩せればいける」という希望が持てるのに対し、パンパンはもう「これはもう無理」という絶望感がすごいんだ。

特に、肩から腕にかけてのあの締め付け感。

まるで自分だけ、どこかの密閉空間に閉じ込められているような錯覚に陥るんだよね。

結局、その時は諦めて、急遽新しいスーツを買いに走った。

もちろん、その日の出費は痛かったけど、着心地の良さには変えられない。

いや、変えられない、というより、変えたくなかった。

窮屈な服を着て、一日中集中できるほど、僕は精神力が強くない。

というか、むしろ普段から集中力が散漫な方だから、少しでもストレス要因を減らしたい、という切実な願いがあったんだ。

だから、長男にも、新しいスーツで、最高の着心地で、面接に臨んでほしい。

それで、面接に落ちたとしても、それはスーツのせいじゃない。

うん、たぶん。

結局、長男は新しいスーツを買うことになったらしい。

妻から送られてきた写真を見ると、なかなか似合っているじゃないか。

いや、まあ、親の欲目かもしれないけど、少なくとも「つんつるてん」な状態よりは、はるかに立派に見える。

なんか、こう、シャキッとして見えるんだよね。

まるで、今までゲームと漫画漬けの日々を送っていたのが嘘みたいに。

いや、嘘ではない。

彼は間違いなくゲームと漫画漬けの日々を送っていた。

そこは譲れない事実だ。

だが、新しいスーツを着たことで、彼の内面に何か変化があったのだろうか?

もしかしたら、新しいスーツが、彼に新しい気持ちを与えてくれたのかもしれない。

いや、僕がそう願っているだけかもしれないけど。

しかし、長男が新しいスーツを買ったところで、僕の生活は何も変わらない。

単身赴任先の僕の部屋は、今日も洗濯物が山積みで、夕飯はスーパーで買ってきた半額の惣菜と、炊飯器で炊いた白米だ。

いや、これでも十分幸せなんだけどね。

ただ、長男の面接の報告を妻から聞くたびに、少しだけ遠い目をしてしまう自分がいる。

彼が新しい一歩を踏み出すかもしれない、という期待と、僕自身は相変わらずこの場所で、一人暮らしの日常を繰り返す、という現実。

まるで、別の惑星で暮らす人々の物語を聞いているかのような、不思議な感覚だ。

まあ、それもまた、人生の一部なんだろう。

とりあえず、僕は今夜、半額のチキンカツを美味しく食べることに集中しよう。

そして、明日は、この部屋に溜まった洗濯物を片付けることから始めよう。

長男のスーツの話で、ちょっとだけ人生を考えちゃったけど、僕の日常は、常に目の前の些細なことの繰り返しなんだ。

それもまた、悪くない。

悪くないんだよ。

うん。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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