📝 この記事のポイント
- 宅配便の再配達を3回も逃して、ついに営業所まで取りに行った。
- いや、別に3回連続で家にいなかったわけじゃない。
- ピンポンが鳴った時に限って、私はトイレにこもっていたり、ベランダで乾いた洗濯物を畳み終える寸前だったりするのだ。
宅配便の再配達を3回も逃して、ついに営業所まで取りに行った。
いや、別に3回連続で家にいなかったわけじゃない。
ピンポンが鳴った時に限って、私はトイレにこもっていたり、ベランダで乾いた洗濯物を畳み終える寸前だったりするのだ。
インターホン越しに「今、手が離せなくて…」と言い訳をかまそうとするも、再配達の選択肢がもうないことを悟り、重い腰を上げた次第。
まったく、齢を重ねると、この「重い腰」の質量が物理的に増していくような気がする。
営業所の駐車場で車を停め、降りようとしたら、左足が地につくより先に右足がドアから出てしまい、思わず「おっとっと」と声が出た。
いや、誰も見てないからいいんだけどさ。
受け取った荷物は、妻がネットで注文した「一年効くゴキブリ滅殺ブラックキャップ」の大容量パックだった。
ああ、もうそんな時期か、と妙に納得してしまった。
春の訪れは、桜の開花や新緑の芽吹きと共に、この小さな怪物の活動再開を告げる季節でもある。
妻は毎年律儀に、少し暖かくなり始めた頃を見計らって設置を促す。
私も若い頃は「まだ大丈夫だろう」と高を括って、真夏に奴らと遭遇しては飛び上がっていたものだが、結婚してからは妻の先見の明に全面的に信頼を置いている。
何せ、この家のゴキブリセンサーは彼女の五感と経験に裏打ちされているのだ。
営業所から帰ってきて、妻に荷物を渡すと、彼女は早速その日のうちにブラックキャップを設置し始めた。
「ここがポイントなのよ」と、シンクの下や冷蔵庫の裏、あとは食器棚の隙間など、実に手際よく配置していく。
その姿は、まるで熟練の職人が茶室に風炉釜を据えるかのように真剣で、私も思わず「お、おう」としか言えない。
私は隣で、今日のおやつにしようと買ってきたセブンイレブンの「もっちりドーナツ(きなこ)」を頬張っていた。
きなこの香ばしさと、ドーナツ生地のもっちりした食感がたまらない。
妻はドーナツを一口食べながら、「これで今年も安心ね」と満足げに笑った。
その笑顔を見るたびに、私の方が何か大きな仕事を成し遂げたかのような達成感を覚えるのだから、不思議なものだ。
さて、ゴキブリ話から一転するが、最近の我が家の食卓は「春野菜の競演」と化している。
スーパーに行けば、たけのこ、そら豆、アスパラガス、菜の花などがこれでもかと並んでいて、見ているだけで心が躍る。
特に最近感動したのは、たけのこだ。
先日、妻が実家から送られてきたばかりの新鮮な掘りたてたけのこを下処理から始めて、見事な「たけのこご飯」を作ってくれた。
圧力鍋で煮込んだ後、米と一緒に炊き上げるのだが、その香りの芳醇さといったら!
炊き立てを一口食べれば、口の中に春の息吹がぶわっと広がる。
シャキシャキとした歯ごたえと、ほんのりとした苦みが、ああ、日本人でよかった、と心から思わせてくれる。
あまりに美味しくて、私はおかわりを3杯もしてしまった。
翌日、体重計に乗って見事に1キロ増えていたのは、言うまでもない。
たけのこご飯の翌日は、残りのたけのこを使って「若竹煮」を作ってくれた。
これもまた絶品で、柔らかく煮込まれたたけのこと、出汁を吸ったわかめが口の中でとろける。
私はいつも、煮物の味付けは妻に任せっきりなのだが、彼女の作る煮物はなぜこんなにも滋味深いのだろうと感心する。
きっと、長年の経験と、隠し味の愛情がそうさせるのだろう。
私は横で、これまたセブンイレブンの「金のハンバーグ」を温めて、一人満足していた。
春野菜もいいけれど、やっぱり肉も食べたい。
年の差夫婦の食卓は、時としてこういう趣の異なる料理が並ぶことがある。
妻は山海の恵みを慈しみ、私は手軽でガッツリしたものを求める。
でも、食卓を囲む時間は、いつも穏やかで楽しい。
そういえば、先日、私がスーパーで「春キャベツ」を見つけて、「ああ、これは美味しいそうだな」と思って何も考えずに買って帰ったら、妻に「もう冷蔵庫に丸ごと一個あるわよ」と呆れられたことがあった。
同じキャベツが二個、冷蔵庫の野菜室で仲良く並んでいる姿を見た時には、さすがに私も苦笑いするしかなかった。
結局、その春キャベツは、翌週の「お好み焼き」と「ロールキャベツ」に姿を変えて、無事に我が家の食卓を彩ってくれたのだが。
普段は買い物リストをきっちり作成して、無駄なく買い物をしているつもりなのに、なぜか春野菜だけは衝動買いしてしまうのだ。
あの、みずみずしくて、つやつやした姿を見ていると、つい手が伸びてしまうんだよね。
春野菜といえば、スーパーのレジで私の前に並んでいた、私より少し若い夫婦の話。
彼らの買い物かごには、これまた新鮮そうなアスパラガスと、立派なそら豆が入っていた。
奥さんが「このアスパラ、美味しそうね。
天ぷらにする?
」と聞くと、旦那さんが「いいね!
でも、そら豆はシンプルに塩茹でが一番だろ」と答えていた。
私は会計を待ちながら、心の中で「そら豆はさやごと焼くのも最高なんだよ」と語りかけていた。
ご夫婦がどんな料理を作るのか、想像するだけで楽しくなった。
見知らぬ夫婦の食卓にまで思いを馳せてしまうなんて、我ながらお節介な性格だ。
でも、きっとみんなもスーパーで他人のカゴの中身を見て、勝手に献立を想像したりするよね?
そんなことを考えていると、レジの店員さんが「袋はご一緒でよろしかったでしょうか?
」と私に尋ねてきた。
私の番だった。
はっと我に返り、慌てて「あ、はい、お願いします!
」と答えた。
今日の私の買い物かごの中身は、春キャベツと、それから妻に頼まれた牛乳と卵、あとは晩酌用の缶ビールだった。
ああ、そういえば、さっきの夫婦はワインも買っていたな。
今夜の我が家は、春キャベツの千切りと、冷蔵庫の残り物で作る適当な炒め物、それに缶ビールか。
まあ、それはそれでいいか。
完璧な献立じゃなくても、夫婦で囲む食卓は、それだけで十分ご馳走なのだから。
家に着くと、妻が庭のプランターに植えたラディッシュの様子を見ていた。
「もうすぐ収穫できそうよ」と嬉しそうに報告してくれる。
小さな赤い実が、土から顔を覗かせている。
その横では、昨年植えたはずのミョウガが、いつの間にか芽を出していた。
毎年、忘れた頃にひょっこり現れるミョウガの生命力には、いつも感心させられる。
私も妻も、もう若くはないけれど、このミョウガのように、毎年新しい芽を出し、少しずつ成長していけたらいいな、なんて柄にもなく思った。
まあ、成長と言っても、体重とか腹周りの話じゃないんだけどさ。
ブラックキャップの設置が終わり、春野菜が食卓を彩る。
そして、庭では小さな命が芽吹き始める。
日常の小さな変化に気づき、それを分かち合う時間が、今の私たち夫婦にとって何よりの贅沢だ。
きっと、どこかの誰かも、同じように小さな幸せを見つけて、毎日を過ごしているんだろうな。
ああ、そういえば、冷蔵庫にまだあの春キャベツが半分残っていたような。
明日は何にしようかな。
冷蔵庫のドアを開け、まだ少し冷たい空気に、春の匂いが混じっているような気がした。
気のせいかな。
でも、そういうことにしておこう。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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