📝 この記事のポイント
- ネットで注文した服のサイズが合わなくて、返品の手続きが面倒で放置している。
- 部屋の隅で、「早く私を段ボールに詰めてくれ」とでも言いたげな顔でたたずむダンボールを見ると、なんだか心が痛む。
- でも、週末はいつも子どものことで手一杯だし、平日は仕事でヘトヘトだし、まあ、そのうちね。
蘭州拉麺スープにご飯、合法か問われた話。
ネットで注文した服のサイズが合わなくて、返品の手続きが面倒で放置している。
部屋の隅で、「早く私を段ボールに詰めてくれ」とでも言いたげな顔でたたずむダンボールを見ると、なんだか心が痛む。
でも、週末はいつも子どものことで手一杯だし、平日は仕事でヘトヘトだし、まあ、そのうちね。
そう自分に言い聞かせて、今日も僕はその箱から目を逸らす。
たぶん、このまま僕の部屋のインテリアとして定着する日も近いだろう。
そんな適当な性格が、今回もまた、とんでもない事態を引き起こした。
先日、無性に蘭州拉麺が食べたくなって、近所の店に駆け込んだ。
透き通った牛骨スープに、パクチーの鮮やかな緑、そしてモチモチの手打ち麺。
あの組み合わせは、僕にとって一種の「合法ドラッグ」みたいなものだ。
いつもは麺とスープをきれいに食べ尽くして、満足感に浸るんだけど、その日はちょっと違った。
妙に食欲が旺盛で、麺を食べ終わっても、丼の底に残ったスープがキラキラと僕を誘ってくるのだ。
「ああ、このスープ、もったいないな……」
貧乏性というか、食べ物を粗末にできない性格が顔を出す。
いや、そもそも貧乏性なんだろう。
バツイチ男の独り暮らしなんて、基本は節約モードだ。
冷蔵庫には、前日の残りご飯がタッパーに入って鎮座している。
それを見た瞬間、僕の脳内で悪魔が囁いた。
「ドボン、と行け」と。
そう、まるで牛骨スープの海に、真っ白な米粒をダイブさせるかのように。
僕は迷うことなく、残りご飯を蘭州拉麺の丼に投入した。
スープの熱で温められたご飯は、たちまち牛骨の旨味を吸い込み、得も言われぬ香りを放ち始めた。
これはもう、罪悪感どころか、むしろ「最高の贅沢」なんじゃないか?
とさえ思った。
スプーンで一口すくって口に運ぶと、熱々の米粒がスープのコクとパクチーの香りを纏って、なんとも言えない多幸感に包まれた。
ラーメンの締めにご飯を投入する「ラー飯」は、日本のラーメン文化ではもはや定番だ。
蘭州拉麺だって、きっと同じように美味いはず。
そう確信した僕は、勢いそのままにその画像をXに投稿した。
「蘭州拉麺のスープにご飯ドボン!
これ、優勝でしょ?
」なんて、調子に乗ったコメントまで添えて。
その数時間後、僕のポストはちょっとした炎上騒ぎになっていた。
いや、「炎上」というよりは、「困惑」に近い。
普段はいいねが数件しかつかない僕の投稿に、驚くほどの数のコメントが寄せられていたのだ。
しかも、そのほとんどが中国語。
翻訳機能を使って読んでみると、その内容に僕は度肝を抜かれた。
「これ、合法なの?」
「まさか、そんな食べ方があったとは……」
「初めて見た。衝撃的すぎる」
「もしかして、日本独自の食べ方?」
「合法なの?
」という言葉が、何度も繰り返し出てくる。
まるで僕が、蘭州拉麺に対する何か重大なタブーを破ってしまったかのような反応だ。
僕としては、単に美味しいものをより美味しく食べようとしただけの話なんだけど。
しかし、本場の中国人と思しきアカウントからの「衝撃」や「驚愕」といったコメントを見ていると、どうやら僕の行動は、彼らにとってはかなりアバンギャルドなものだったらしい。
正直、最初はちょっと面白かった。
僕のしょーもない日常の一コマが、まさか国際的な話題に(僕の狭いXのタイムライン上でだけど)なるとは。
でも、コメントが増えるにつれて、少しずつ不安になってきた。
「まさか、本当にマナー違反だったりするのか?
」と。
蘭州拉麺の店員さんに見られたら、白い目で見られるんじゃないか?
次に店に行った時、僕だけスープにご飯を入れさせてもらえない、なんてことになったらどうしよう?
考えすぎだと分かっていても、なんとなくソワソワしてしまった。
その週末、子どもと面会する日だった。娘の美咲(7歳)と息子の大翔(5歳)を迎えに行くと、美咲が「パパ、最近なんか変なもの食べてるでしょ?」と、いきなり核心を突いてきた。
「え?何でわかるんだ?」
焦る僕に、美咲は得意げに言った。
「だって、パパの顔が、なんか『秘密の美味しいもの食べちゃった顔』してるもん!
」大翔も「パパ、ズルい!
」と叫びながら、僕のズボンの裾を引っ張る。
子どもの観察眼は、本当に鋭い。
僕がXに投稿したことなんて知る由もないのに、僕の顔の表情だけで食べ物の秘密を見抜くとは。
蘭州拉麺スープにご飯ドボン事件が、僕の顔にまで影響を及ぼしていたなんて、もう自虐的に笑うしかない。
結局、僕の蘭州拉麺ドボンは、どうやら中国では一般的ではない食べ方だったらしい。
いや、むしろ「非常識」とまでは言わないまでも、「斬新すぎる」と受け取られたようだ。
僕は慌てて、投稿に「これはあくまで個人的な食べ方で、公式なものではありません」と追記した。
でも、時すでに遅し。
僕の投稿は、もはや「蘭州拉麺の異端児」として、一部の界隈で語り継がれてしまうのかもしれない。
反省はしている。
いや、反省している「フリ」かもしれない。
次に蘭州拉麺を食べに行く時、僕はきっとまた、スープにご飯をドボンしたくなる衝動に駆られるだろう。
その時は、こっそり自宅で、誰にも見られずに実行しよう。
そして、その満足感を、心の中でひっそりと「優勝」とつぶやくのだ。
たぶん、それが一番平和な解決策だろう。
あの返品待ちの服も、いつかちゃんと段ボールに詰めて送り返そう。
そして、その服を着て、今度こそ、蘭州拉麺の店で、堂々と、麺とスープだけを味わうのだ。
いや、やっぱり、こっそりご飯を持参して、店を出た後、公園のベンチでドボン、かな?
いやいや、ダメだ。
また「合法なの?
」って言われちゃう。
結局、僕の食への探求心は、なかなか抑えられないみたいだ。
まったく、困ったもんだ。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
📚 あわせて読みたい

