📝 この記事のポイント
- 銀行のATMで操作を間違えて、後ろに並んでいる人のプレッシャーを感じた。
- いつもならテキパキこなせるはずなのに、なぜか今日は暗証番号を3回も押し間違えた。
- 後ろから聞こえる「チッ」という舌打ちに、背筋が凍る思いがした。
銀行のATMで操作を間違えて、後ろに並んでいる人のプレッシャーを感じた。
いつもならテキパキこなせるはずなのに、なぜか今日は暗証番号を3回も押し間違えた。
後ろから聞こえる「チッ」という舌打ちに、背筋が凍る思いがした。
こういう時って、普段ならやらないようなドジを踏むんだよな。
自分だけが焦っているのに、周りの時間まで奪っている気がして、申し訳なさでいっぱいになる。
結局、手続きを諦めて窓口に並び直す羽目になった。
何やってんだ、俺は。
ATMでの自分の挙動不審ぶりを思い出すと、ああ、これも単身赴任から帰ってきて二年、家族との生活にまだ完全に馴染みきれていない証拠かもしれない、なんて思った。
もちろん、単身赴任中の三年半だって、自炊したり洗濯したり、自分でなんでもやってきた。
むしろ、誰にも文句を言われずに好き勝手できた分、気楽だった気もする。
でも、家族がそばにいると、一つ一つの行動に「誰かの目」がある。
朝食のパンを焦がせば、妻の冷たい視線が突き刺さる。
休日にパジャマでダラダラしていれば、娘から「お父さん、もう夕方だよ」と遠回しに活動を促される。
自分では完璧にやっているつもりでも、家族のルールや暗黙の了解に、まだ戸惑う場面が多いんだ。
ATMのあの焦りも、ひょっとしたら家族の視線が頭をよぎった結果なのかもしれない。
誰も見てないのに、勝手にプレッシャーを感じている。
我ながら面倒くさい性格だな、と苦笑した。
そんなことを考えていたら、ふと、我が家で飼っている猫の「ミケ」のことを思い出した。
ミケは二年前に家出したきり、姿を消していた猫だ。
いや、家出というよりは、文字通り「脱走」だった。
玄関のドアを開けた一瞬の隙をついて、まるで忍者か何かのようにサッと外へ飛び出した。
あの時の、家族みんなの驚きと落胆といったら。
特に、娘は毎晩泣いて、ミケの名前を呼び続けたものだ。
近所を探し回り、チラシも貼った。
それでも、ミケは戻ってこなかった。
もう諦めるしかない、そう覚悟を決めた頃、まさに先日、何食わぬ顔でひょっこり帰ってきたんだ。
ボロボロで痩せ細ってはいたけれど、紛れもないミケだった。
娘は歓喜の声を上げ、妻も涙ぐんでいた。
俺も、正直かなりグッときた。
二年だよ、二年。
猫にとっての二年って、人間の何年分なんだろう。
帰ってきたミケは、以前とは別猫のようにたくましくなっていた。
耳の先は少し破れていて、顔には小さな傷跡。
野生の厳しさを物語るかのような風貌だ。
家の中では相変わらず甘えん坊で、俺の膝の上に乗ってゴロゴロ喉を鳴らすけれど、その瞳の奥には、どこか遠い場所を見てきたような、深い光が宿っている。
まるで「長い修行だったな」と言っているようだった。
俺はミケの頭を撫でながら、しみじみと思った。
この二年、ミケは一体どこで何をしていたんだろう?
毎日、どんな危険と隣り合わせで生きてきたんだろう?
想像するだけで、ちょっとした冒険小説が書けそうだ。
ひょっとしたら、どこかの組の用心棒として、縄張り争いに参加していたのかもしれない。
あるいは、別の猫の集団を率いて、食料を確保するための戦闘を繰り広げていたとか。
そう考えると、「脱走して戦闘しに行くこともある」という、よくある猫の体験談にも納得がいく。
なんだか、映画の主人公みたいじゃないか。
ミケの帰還は、インターネットで検索してみると、意外と「あるある」のようだ。
二、三年ぶりに帰ってくる猫、五年ぶりに帰ってくる猫、中には十年ぶりに帰ってきたというツワモノまでいる。
まるで、「ちょっと世界を見てくるわ」と旅に出て、気が済んだら戻ってくる、みたいな。
彼らにとって家とは、修行を終えた後の安息の地、あるいは定期的に帰ってくる実家のようなものなのかもしれない。
俺が単身赴任から帰ってきた時も、家族から「お帰り」と言われたけれど、ミケの帰還には、それ以上のドラマがあったように思う。
俺は、ただ職場が変わっただけで、毎日美味しいご飯を食べて、暖かいベッドで寝ていたからな。
ミケの爪の垢でも煎じて飲ませてもらいたい気分だ。
ミケが帰ってきてから、我が家の空気は少し変わった。
娘はミケが可愛くて仕方ないようで、一日中ミケを追いかけ回している。
ミケはミケで、娘から逃げ回りつつも、夜になるとちゃっかり娘のベッドにもぐりこんで寝ている。
結局、猫というものは、人間を手のひらで転がすのが得意な生き物なんだろう。
俺も、ミケのゴロゴロという音を聞きながら、ビールを飲むのが至福の時間になった。
妻は「ミケが帰ってきてから、お父さんも少しは落ち着いたんじゃない?
」なんて言う。
単身赴任中の俺は、仕事で疲れてピリピリしていたこともあったらしい。
自分では気づかなかったけれど、家族にはお見通しだったんだな。
季節は春から初夏へと移り変わる頃。
衣替えの時期もやってきた。
半袖のシャツを引っ張り出し、厚手のセーターをしまい込む。
この時期になると、毎年体がだるくなるんだよな。
気温の上下が激しいせいか、体がついていかない。
特に、朝晩の冷え込みと日中の暑さの差が堪える。
ミケも、日中は日当たりの良い窓際で伸びて寝ているかと思えば、夜は俺の足元で丸くなって寝ている。
動物って、体で季節を感じるのが本当に上手だ。
俺なんて、まだ春物のコートを着ている人がいる横で、半袖で意気揚々と歩いていたりする。
周りの視線が痛い。
「まだその格好は早いぞ」と言われているような気がして、ちょっと恥ずかしくなる。
結局、季節の変わり目に服装を間違えるのは、単身赴任から帰ってきた俺も、二年の修行を終えたミケも、大して変わらないのかもしれない。
ミケの脱走と帰還の件で、ふと、自分とミケを比べてみたくなった。
俺は単身赴任という名の「強制脱走」を経て、二年前に家族の元へ帰ってきた。
ミケは自らの意思で「脱走」し、二年後に家族の元へ帰ってきた。
似ているようで、全然違う。
俺は、単身赴任先で、たまに週末に実家に帰省するような感覚で家族に会っていた。
ミケは、一切の連絡を絶ち、自分の力だけで生き抜いてきた。
俺はエアコンの効いた快適な部屋で仕事をし、ミケは風雨に晒されながら獲物を追いかけていた。
俺は、コンビニの弁当を温めて食べ、ミケは自ら獲物を捕らえていた。
まるで、俺が温室育ちのお坊ちゃんで、ミケがワイルドな冒険家みたいじゃないか。
でも、どっちもどっち、という気もする。
俺は会社という組織の中で、人間関係のいざこざや、目標達成へのプレッシャーと戦っていた。
それはそれで、ミケが直面していたサバイバルとは違う種類の「修行」だったのかもしれない。
上司からの無理難題、部下との意見の食い違い、取引先との交渉。
毎日が綱渡りのようなものだ。
精神的なストレスは、肉体的な疲労にも勝るとも劣らない。
ミケは物理的な危険と戦い、俺は目に見えないプレッシャーと戦っていた。
結局、生きている限り、誰もが何かしらの「修行」をしているんだな。
そう考えると、ATMで操作を間違えて焦る俺も、二年間も家を空けていたミケも、それぞれがそれぞれの場所で、一生懸命生きているだけなんだ。
最近、近所の公園で、また別の脱走猫の話を耳にした。
その猫も、半年ほど前にいなくなったきりだったらしい。
それが、つい先日、飼い主の家の庭で、まるで何事もなかったかのように日向ぼっこをしていたそうだ。
飼い主が「どこに行ってたの!
」と声をかけると、猫は「ああ、ちょっとメシ食って寝てた」とでも言いたげな顔で、のんびり伸びをしていたらしい。
猫って、本当にマイペースだよな。
人間だったら、半年も連絡なしで家を空けていたら、大騒ぎだ。
警察沙汰になりかねない。
でも、猫は許される。
その自由さ、羨ましくもあるけれど、俺にはちょっと真似できないな。
ミケが帰ってきてから、俺の体調も少し良くなった気がする。
気の持ちよう、というやつかもしれないけれど、やっぱり家族と動物がそばにいると、心が落ち着くんだ。
朝、ミケが俺の顔の上に乗ってきて、鼻をクンクン鳴らす。
それが、俺にとっての一日の始まりを告げる合図だ。
以前は目覚まし時計の音で飛び起きていたけれど、今はミケの鼻息で目が覚める。
これもまた、単身赴任中にはなかった、ささやかな幸せだ。
雨上がりの土曜日、庭の草木は青々として、夏の気配を感じさせる。
アジサイの花が少しずつ色づき始めていて、梅雨入りも近いのかもしれない。
ミケは、庭の隅っこでチョウチョを追いかけている。
その姿は、二年間の冒険を経て帰ってきた猫とは思えないほど、のんびりとしていて、まるで何事もなかったかのように平和だ。
俺も、ATMで焦っていたことなんて、すっかり忘れてしまった。
まあ、人生なんて、そんなものかもしれない。
小さなドジを踏んだり、大きな冒険に出たり、色々なことがあっても、結局は自分の場所に戻ってきて、また新しい一日を始める。
ミケが教えてくれたのは、そういうことなのかもしれないな。
長い修行は、まだ終わりそうにないけれど。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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