📝 この記事のポイント
- 書店で立ち読みしていたら、知らない人に話しかけられて焦った。
- いつものことながら、僕は文庫本コーナーの、それも新刊の帯に書かれた書評を熟読するタイプの立ち読み野郎である。
- まるで自分が書いたかのような顔で、腕を組み、顎に手を当てて、ふむ、と頷いていると、隣から「それ、面白いですか? 」と声がしたのだ。
書店で立ち読みしていたら、知らない人に話しかけられて焦った。
いつものことながら、僕は文庫本コーナーの、それも新刊の帯に書かれた書評を熟読するタイプの立ち読み野郎である。
まるで自分が書いたかのような顔で、腕を組み、顎に手を当てて、ふむ、と頷いていると、隣から「それ、面白いですか?
」と声がしたのだ。
反射的に「あ、いや、まだ読んでなくて…」と答えたものの、いや、知らない人だし、話しかけるなよ、と心の関西弁が叫んだ。
その人は僕より少し年上だろうか、黒縁メガネが似合う、いかにも知的な雰囲気の男性で、どうやら僕のふむ、という頷きが、読了後の感想と勘違いされたらしい。
気まずさで本を棚に戻し、そそくさとその場を後にした。
別に悪いことをしたわけではないが、なぜか僕はいつも、こういう状況で敗走してしまう。
僕が逃げ込んだのは、文具コーナーの隅っこだった。
ちょうど、新しく出たカラーペンを眺めていたとき、ふと、頭の中に今回のトピックが浮かび上がった。
「それってDiscordで良くね?
」。
単身赴任先で自炊生活を送る僕にとって、この言葉はなかなか手痛い。
なにせ、新しいサービスやツールを試す余裕もなければ、そもそも使う相手もいないからだ。
休日の昼下がり、炊飯器から湯気を立てるごはんをよそいながら、ふと、そんなことを考えてしまう。
味噌汁の具はワカメと豆腐。
冷蔵庫の野菜室で少ししなびかけたネギを刻んで加える。
そんな日常の中で、突如として頭に現れる「それってDiscordで良くね?
」という声。
一体誰に言われているのか、まるで幻聴のようだ。
転勤で知らない街に来てからというもの、休日の過ごし方はもっぱら、スーパー巡りか、図書館での読書、あとはYouTubeで料理動画を漁るくらいだ。
近所のスーパーは僕にとって、ちょっとした社会見学の場でもある。
地元の人がどんなものを買って、どんな会話をしているのか。
そういうのをぼんやり眺めているのが、結構好きだったりする。
先日なんか、特売の鶏むね肉をカゴに入れようとしたら、前の老婦人が「あら、これお安いわね。
でも、今日はもうお魚にしたからまた今度だわ」と独り言を言っていた。
その独り言のリアルさに、僕は思わず笑ってしまった。
僕も大概、特売品の前で悩むタイプだ。
鶏むね肉は冷凍庫にストックがあるのに、さらに買ってしまう。
そして、結局消費しきれずに、霜だらけの肉塊と化すのだ。
そんなある日、スーパーのレジで並んでいると、前のカップルが何やら新しいサービスの話をしていた。
どうやら、友達とオンラインでゲームをしながら通話できるアプリの話らしい。
「これ、チャットもできるし、画面共有もできるんだってさ」「へえ、それってSkypeで良くね?
」彼氏の声が、僕の耳に届いた瞬間、僕は思わずフリーズした。
スカイプ。
Skype。
あのSkypeだ。
僕の脳内で、冒頭の「それってDiscordで良くね?
」という声が、まさかの「それってSkypeで良くね?
」に変換されたのだ。
僕は心の中で激しくツッコミを入れた。
「いやいや、Skypeの時代はもう、とっくに通り過ぎたはずでは……?
僕が大学生だった頃、遠距離恋愛の友達がSkypeで夜な夜な彼女と話しているのを見て、「ああ、これが最先端か……」と感心したものだ。
当時はまだ、スマホも普及しておらず、PCに向かってヘッドセットを装着し、画面に映る相手と話すのは、まるでSF映画のようだった。
当時のSkypeは、通話中にプツプツ途切れることもあったし、画質も決して良くなかった。
それでも、彼らにとってはそれが全てだった。
遠く離れた恋人と、リアルタイムで顔を見て話せる。
それだけで、十分すぎるほどの価値があったのだ。
あの頃は、誰も「Skypeで良くね?
」なんて言わなかった。
むしろ、「Skype、すげー!
」だったはずだ。
それが今や、新しいコミュニケーションツールに対して、「それってSkypeで良くね?
」という皮肉めいた言葉として使われるとは。
時代の流れは残酷だ。
レジの順番が来て、僕は慌ててカゴの中身をベルトに乗せた。
鶏むね肉2パック、納豆3パック、豆腐、もやし、そしてなぜか特売の高級チョコレート。
今日の夕飯は、納豆ごはんともやし炒め、そして鶏むね肉を焼いたもの、というシンプル極まりないメニューが決定しているのに、このチョコレートは何だろう。
衝動買いだ。
こういう無駄遣いが、単身赴任生活の小さな潤いでもある。
レジのお姉さんは、無表情でバーコードを読み上げていく。
僕の心の中では、SkypeからDiscordへのバトンタッチ、そしてそのバトンタッチさえも古びていく速度について、ぐるぐると考えていた。
家に帰って、早速Googleで「Skype Discord 比較」と調べてみた。
僕の知的好奇心は、こういうどうでもいいところで発揮される。
検索結果には、Skypeがいかにビジネス用途にシフトし、Discordがいかにゲーマーやコミュニティ活動に特化しているか、という記事がずらりと並んだ。
曰く、Discordは低遅延で音声品質が高く、ゲーム画面共有機能も充実している。
一方、Skypeは通話相手がSkypeアカウントを持っていなくても電話番号で発信できる、という強みがあるらしい。
なるほど。
どちらも一長一短、ということか。
いや、どちらも一長一短というよりは、用途が明確に分かれている、といった方が正しいのかもしれない。
僕が大学生の頃、「パソコンで電話できるってすごいよね」と感動していたSkypeは、今や「それってSkypeで良くね?
」と揶揄される対象になっている。
そして、そのSkypeの立ち位置を奪ったDiscordも、いつか「それってディスコで良くね?
」と、さらに新しいサービスに置き換えられる日が来るのだろう。
新しいものが生まれては消え、また生まれる。
僕の頭の中では、そんなサイクルが、延々と繰り返されているように思えた。
でも、僕の生活は全く変わらない。
週末のスーパーで特売品を物色し、献立に悩み、結局いつものメニューに落ち着く。
家に帰れば、炊飯器の保温ランプが点滅し、風呂に入って、その日のうちに洗濯物を回す。
そして、疲れた体で、誰も見ていないYouTubeの料理動画を眺めながら、衝動買いした高級チョコレートを食べる。
チョコレートは口の中でゆっくりと溶け、カカオの香りが鼻腔をくすぐる。
ああ、なんて豊かな時間だろう。
僕にとって、オンライン通話ツールがSkypeだろうがDiscordだろうが、正直なところ、どうでもいいのだ。
なぜなら、僕が話す相手は、実家の母親か、たまに連絡をくれる大学時代の友人、くらいだからだ。
彼らとは、LINEの無料通話で十分事足りる。
むしろ、そうやって新しいツールを使いこなすことが、面倒だったりする。
新しいIDを作ったり、パスワードを設定したり、使い方を覚えたり。
そんなことに労力を割くくらいなら、僕は冷蔵庫の奥でしなびていく野菜をどうにか消費する方を考える。
先日、仕事で使う資料を整理していたら、昔の企画書が出てきた。
手書きのイラストや、切り貼りした写真が妙にアナログで、思わず笑ってしまった。
あの頃は、資料一つ作るにも、今よりずっと手間がかかった。
でも、それが楽しかったりもしたのだ。
一つ一つの作業に、人間味があったというか。
今の僕の日常も、きっとそうだ。
新しいSNSが生まれようが、消えようが、僕の食卓に並ぶのは、相変わらずの納豆ごはんと、もやし炒めだ。
それが、僕にとっての「これって、これで良くね?
」なのだ。
夜が更け、隣のアパートからは、誰かがテレビを見ている音が微かに聞こえてくる。
何の番組だろうか。
そんなことを考えながら、僕は布団に潜り込む。
明日は、買いすぎた鶏むね肉をどう調理するか、真剣に考えなければならない。
唐揚げか、それとも照り焼きか。
いや、いっそチキン南蛮にするか。
それが、僕にとっての、今一番の「新しいサービス開発」なのである。
きっと、明日も明後日も、僕の些細なこだわりと、どうでもいい疑問は、僕の日常を彩り続けてくれるのだろう。
そして、誰も僕の疑問に答えてくれることはない。
それで、良いのだ。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
📚 あわせて読みたい

