赤青トイレの向こう側、歯医者の冷や汗とご近所さん

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📝 この記事のポイント

  • 歯医者の予約をすっぽかして、受付から確認電話がきて冷や汗をかいた。
  • いや、冷や汗どころか、むしろ熱湯をぶっかけられたかのような羞恥心に顔が赤くなった。
  • 「あの、〇〇さん、ご予約の時間ですが……」「あ、ああ、すいません! 大変申し訳ありません! 今すぐ向かいます! 」と電話口で平謝りしつつ、時計を見たらすでに30分過ぎている。

歯医者の予約をすっぽかして、受付から確認電話がきて冷や汗をかいた。

いや、冷や汗どころか、むしろ熱湯をぶっかけられたかのような羞恥心に顔が赤くなった。

「あの、〇〇さん、ご予約の時間ですが……」「あ、ああ、すいません!

大変申し訳ありません!

今すぐ向かいます!

」と電話口で平謝りしつつ、時計を見たらすでに30分過ぎている。

もうダメだ。

今日は無理だ。

妻には「歯医者くらいちゃんと行け」と口を酸っぱくして言われているのに、このザマだ。

情けない。

後で妻にどう報告しようかと、すでに膝が笑っている。

この歯医者、妻の実家のすぐ近所にあって、妻が「うちのお父さんもお母さんも、あそこの歯医者に行ってるから、あなたもそこにすればいいじゃない」と半ば強制的に決めたところなのだ。

ご近所付き合いの延長線上にある歯医者というのも、なかなかにプレッシャーがある。

僕の人生、どうもこういう「まさか」の連続でできているような気がする。

つい先日も、WBCの決勝を観にアメリカまで弾丸旅行した時のことだ。

生まれて初めての異文化体験、いや、異文化トイレ体験とでも言おうか。

スタジアムでビールを飲みすぎて、試合中に我慢できなくなってトイレに駆け込んだ時のことだ。

日本なら、男子トイレは青、女子トイレは赤って相場が決まっているじゃないですか。

それが、アメリカでは逆だったんですよ。

男子トイレが赤、女子トイレが青。

もうね、一瞬、頭の中が真っ白になった。

「え、これ、どっち!

」って。

目の前のピクトグラムを凝視するものの、赤い扉の前に立つ男性のシルエットと、青い扉の前に立つ女性のシルエット。

僕の脳内では「男=青、女=赤」という、ごく当たり前だと思っていた固定観念が完全に破壊された瞬間だった。

最初は「まさか」と思った。

きっと、たまたまこのスタジアムだけ、ちょっと変わったデザインなんだろうと。

でも、その後、街中のレストランや、空港のトイレでも同じ配色だったから、これはもう、日本の常識が通用しない世界に来てしまったのだと悟った。

正直、かなり困惑した。

ドアの色で判断しようとすると、完全に逆を行ってしまう。

最初は恐る恐る、青い扉の前で立ち止まり、中の気配をうかがったり、出てくる人を確認したり。

まるでスパイ映画の主人公になった気分だった。

いや、スパイならもっとスマートにやるだろうけど、僕はただただ困惑しているお腹の緩い日本人。

結局、ピクトグラムを信じて、赤い扉に飛び込んだ。

そこには確かに、小便器がずらりと並んでいた。

安堵と同時に、なんだかちょっとした敗北感も芽生えた。

「やられた!

」って。

普段、日本で生活していると、当たり前すぎて意識もしないようなことって、異国の地に行くと急に牙を剥いてくるんだなと実感した。

トイレの色なんて、その最たるものだ。

僕の中の「男らしさ」みたいなものが、青色と結びついていたんだと初めて気づいた。

きっと、子供の頃からプラモデルのパッケージとか、ヒーローものの変身グッズとか、青色=男の子、赤色=女の子っていう刷り込みが半端なかったんだろう。

だから、赤い扉の男子トイレに足を踏み入れる時、なんだかちょっと抵抗を感じてしまった自分がいた。

隣のブースから聞こえてくる、明らかに男性の声に「あ、大丈夫だ」とホッとする。

いや、何が大丈夫なんだ、僕。

でもね、慣れてくると、意外とどうってことないもんだ。

人間の適応能力ってすごい。

二度、三度と赤い扉の男子トイレを利用するうちに、「ああ、アメリカではこうなんだな」と自然と受け入れられるようになった。

むしろ、日本の「男=青、女=赤」という概念が、本当に日本特有のものなのか、ちょっと気になってきたくらいだ。

帰国して、近所のスーパーで買い物をしている時に、ふとトイレのマークを見てしまった。

ああ、やっぱり青と赤だ。

なんだか、今まで当たり前だと思っていたものが、急に特別なものに見えてきて、ちょっと面白かった。

レジで会計を待つ間に、隣に並んでいた見知らぬおばあさんが、僕のカゴに入っていた冷凍うどんを見て、「あら、今日はおうどん?

美味しいわよね、これ」と話しかけてくれた。

こういう日常のささやかなやり取りが、なんだか今はとても心地よく感じる。

アメリカでの「常識の破壊」を経験したからだろうか。

WBCの話に戻ると、試合は本当に熱かった。

スタジアムの熱気、鳴り響く歓声、そして隣の席の知らないおじさんとハイタッチした時のあの高揚感。

あれは忘れられない。

野球のルールなんて、最初はよく分からなかったけど、周りの熱狂に巻き込まれているうちに、自然と応援に力が入る。

ホームランが出た時の爆発的な盛り上がりは、鳥肌ものだった。

そういえば、あの時も、ハイタッチしたおじさんに「トイレはどっちだ?

」って聞かれて、僕が「赤だ!

」って教えてあげたんだっけ。

おじさんは「オーケー!

」って言って赤い扉に吸い込まれていった。

あの時のおじさんも、もしかしたら僕と同じように、赤と青の概念に戸惑っていたのかもしれない。

そう思うと、なんだかちょっと親近感が湧く。

言葉は通じなくても、同じ「トイレの謎」を共有していたなんて、不思議な縁だ。

人生って、そういうものなのかもしれない。

期待していたものとは違う現実が目の前に現れて、一瞬戸惑う。

でも、その戸惑いを乗り越えると、意外と新しい発見があったり、面白い出会いがあったりする。

歯医者の予約をすっぽかした件も、妻には怒られるだろうけど、もしかしたら新しい歯医者さんとの出会いがあるかもしれないし、はたまた、その件をきっかけに、妻の実家のご両親と歯の健康について語り合う機会が生まれるかもしれない。

まあ、そんなポジティブな展開はなかなか無いだろうけど、そうやって自分を納得させておくのが、僕なりの処世術だ。

帰国してからも、WBCの余韻はしばらく続いていた。

試合のハイライト映像を何度も見返したり、現地の写真を見たり。

そんな中、ふと気づいたことがある。

アメリカでのトイレ体験もそうだけど、僕が一番印象に残っているのは、実はスタジアムで出会った人たちとの、ほんの短い間の交流だったりする。

隣の席のおじさんとのハイタッチ、僕に「写真撮ってくれ」とスマホを差し出してきた陽気なカップル。

ああいう一期一会の出会いが、旅を特別なものにしてくれるんだなと。

自宅に帰ってからも、日常は続く。

朝、ゴミ出しに出ると、向かいの奥さんが「あら、早いわね」と声をかけてくれる。

いつも同じ時間に出しているのに、毎回「早い」と言われるのは、もしかしたら僕が、ゴミ出しのたびに新しい自分を発見しているからなのかもしれない。

いや、そんなわけないか。

ただ単に、挨拶のバリエーションが少ないだけだろう。

そんなことを考えながら、いつものように玄関の扉を開ける。

すると、妻がキッチンから顔を出し、「歯医者の予約、どうなったの?

」と、案の定、僕に冷たい視線を送ってきた。

僕は「あ、うん、それがね……」と、たった今、頭の中で組み立てた「まさかの展開」を語り始める準備をした。

人生、期待通りにいかないことばかりだけど、その裏には、きっと何かしら面白いことが隠されている。

そう信じて、僕は今日も赤い扉を開けるように、新しい一日へと踏み出すのだ。

いや、歯医者の扉は青いかもしれないけど。

まあ、どっちでもいいか。

大切なのは、一歩踏み出す勇気、なのだと、僕はアメリカのトイレから学んだような気がする。

たぶん。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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