宅配便のついでに寄った店で、私は異界を見た

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📝 この記事のポイント

  • 宅配便の再配達を3回も逃して、ついに営業所まで取りに行った。
  • いや、正確には、3回とも「在宅していたはずなのに、なぜか不在票が入っていた」という理不尽な状況だったんだけど、そこを掘り下げると話が拗れるのでやめておく。
  • とにかく、玄関に張り付いた再配達のお知らせの付箋が、まるで私の怠惰を糾弾するかのようで、ついに観念したのだ。

宅配便の再配達を3回も逃して、ついに営業所まで取りに行った。

いや、正確には、3回とも「在宅していたはずなのに、なぜか不在票が入っていた」という理不尽な状況だったんだけど、そこを掘り下げると話が拗れるのでやめておく。

とにかく、玄関に張り付いた再配達のお知らせの付箋が、まるで私の怠惰を糾弾するかのようで、ついに観念したのだ。

普段足を踏み入れない、少し離れた工業地帯の一角にある営業所まで、車を走らせた。

受け取ったのは、娘が送ってくれたという地元の銘菓の詰め合わせ。

箱を抱え、さてこのまま帰るのも芸がないな、とふと思った。

せっかくだから、この辺りで何か面白いものはないだろうか。

そういえば、夫が以前「あの辺にすごい激安スーパーがあるらしい」と話していたのを思い出した。

カーナビで検索してみると、営業所から車で5分ほどの場所に「食料品ディスカウント エンドレス」という、いかにもな名前の店が見つかった。

駐車場に車を滑り込ませると、まず驚いたのがその静けさだ。

隣接するパチンコ店から漏れるはずの喧しい音も、この店に限ってはまるで届かないかのように、そこだけ時間が止まっている。

駐車場には私の車の他に、軽トラックがポツンと一台停まっているだけ。

店の外観は、色褪せたテント看板と、自動ドアの前に無造作に置かれたプラスチック製の買い物カゴが、なんとも言えない「大丈夫か?

」感を醸し出している。

意を決して自動ドアに近づくと、ギギギ…と気の抜けた音を立てて、ゆっくりと左右に開いた。

店内に入ると、まず鼻を突くのが、独特の、なんだか懐かしいような、それでいて少しヒンヤリとした匂い。

多分、古い冷蔵庫と段ボールと、あと多分、埃。

床はコンクリート打ちっぱなしで、天井には蛍光灯がまばらに点いている。

その明かりの下、広い店内に客は私一人。

BGMもない。

自分の足音だけが、コンクリートの床に響く。

なんだか、映画のワンシーンみたいだ。

それも、終末ものの、ね。

「いらっしゃいませー」という声が、店の奥の方から、まるでエコーがかかったかのように聞こえてきた。

声の主は、レジの奥で段ボールを解体している、白髪の男性店員さん。

顔は見えないが、その声色から、この店での長年の戦いを経験してきた猛者であることが伺える。

私は、妙な緊張感を抱きながら、買い物カゴを手に取り、店内をゆっくりと進み始めた。

陳列棚には、確かに「激安」を謳う商品が並んでいる。

だけど、その「激安」には、どこか理由がある、という予感も同時に漂っていた。

例えば、賞味期限が近いというよりは、もはや「昨日が賞味期限でした」みたいなヨーグルトが、半額どころか、もはや無料で配られてもおかしくないような値段で鎮座していたりする。

もちろん、そんなものは買わない。

私は、あくまで「面白いもの」を探しに来たのだ。

鮮魚コーナーは、ラップの曇り具合から察するに、おそらく数日前から動いていないと思われる魚たちが、まるで剥製のように並んでいた。

肉コーナーには、見慣れない部位がパック詰めされている。

国産豚肉…とあるが、その部位の形がどうも腑に落ちない。

これ、どこの肉だろう?

と目を凝らすと、そこには「タン」とか「ハツ」とか、普段スーパーで目にすることのない文字が並ぶ。

ああ、ホルモン系ね。

夫は好きだけど、私はちょっと苦手なんだよなあ、なんて思いながら、さらに奥へ進むと、私はついに、今回の主役と出会った。

それは、透明なパックに収められた、ツヤツヤとした、小石のような形をした肉塊だった。

色はややくすんだ赤褐色で、表面には血管のようなものがうっすらと浮き出ている。

値札には、手書きで「豚珍味」とだけ書かれ、その下にマジックで「150円」とある。

その隣には、もっと小さい字で、おそらく部位名であろう「腎臓」の文字が。

「かわいい…腎臓…??なにの…?」

思わず口に出してしまった。

私の声が、広い店内に虚しく響く。

豚珍味。

腎臓。

まさか、普段の食卓に並ぶことのない部位が、こんなにも無造作に、しかもこんなにも「かわいい」と形容してしまいたくなるような姿で陳列されているとは。

なんだか、急に心臓がドキドキしてきた。

この店の独特の空気感と、誰もいない店内で臓器と向き合っている自分。

まるで、怪しげな取引現場に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。

「いわゆる臓器の売買ですね」

頭の中で、私のもう一人の自分が冷静にツッコミを入れる。

いやいや、ここは真っ当なスーパーだろ。

豚の腎臓だろ。

でも、なぜか、こんなにも緊張感があるのは、やはりその見慣れない形と、あまりにも安すぎる値段のせいだろうか。

私は、まじまじと腎臓を眺めた。

普段、豚肉と言えばロースかバラかモモ。

せいぜい切り落とし。

鶏肉ならモモかムネ。

魚だって切り身か丸ごと一匹。

まさか、こんな風に臓器そのものを目にすることは滅多にない。

改めて見ると、その一つ一つの形は、確かに生命の営みを支えていた証だ。

なんだか、畏敬の念すら抱いてしまう。

ふと、夫の顔が浮かんだ。

彼はこういう変わった食材に果敢に挑戦するタイプだ。

以前も、どこかで手に入れてきた鹿肉を、手間暇かけてローストしてくれたことがあったっけ。

あれは美味しかったなあ。

もし、この腎臓を夫が調理したら、どんなことになるだろう?

味噌炒め?

それとも、串焼き?

いや、これは煮込みの方がいいかもしれない。

そう考えているうちに、私の脳内では「豚腎臓料理選手権」が開催され始めた。

結局、私はその腎臓を買わなかった。

なぜなら、我が家の冷蔵庫には、まだ賞味期限まで余裕のある豚バラ肉が眠っているし、そもそも腎臓の調理法が全く分からないからだ。

ネットで調べれば出てくるだろうが、今日のところは、この「異界との遭遇」を胸にしまっておきたかった。

代わりに私が手にしたのは、謎の韓国製インスタントラーメンの山と、これまた賞味期限が少し怪しいが、半額になっていた高級食パン、そして、どこかで見たことのあるような、でもちょっとだけロゴが違う「のどごしクリア」という名のビールだった。

これもまた、この店の「激安」の哲学を体現する商品たちだ。

レジに持っていくと、先ほどの男性店員がゆっくりと顔を上げた。

「あら、今日は奥様だけですか」と、私を妻と見間違えたのか、あるいはただの社交辞令なのか、いずれにせよ、なんとも言えない間のある言葉を投げかけてきた。

私は「ええ、まあ」と曖昧に答えて、会計を済ませた。

合計金額、驚きの880円。

店を出ると、外はもうすっかり夕暮れ時。駐車場に停まっていた軽トラックは消え、私の車だけがポツンと残されている。自動ドアが再びギギギ…と音を立てて閉まり、私は再び、あの静寂の世界から現実へと戻ってきた。

家に帰り、夫に「今日ね、すごいスーパーに行ったんだよ。

豚の腎臓が150円で売ってたんだ」と話すと、夫は目を輝かせて「なんだって!

買ってくればよかったのに!

それ、めっちゃ美味いんだぞ!

下処理がちょっと大変だけどさ!

」と残念がった。

やっぱり、みんなもそうだよね。

見慣れないもの、ちょっと怪しいものに惹かれつつも、結局はいつもの「安心」を選んでしまう。

でも、たまには、あの「腎臓」のように、自分の常識を揺さぶるような出会いも悪くない。

次にあの店に行くことがあれば、私はもう少し、勇気を出して、あの「豚珍味」とやらを手に取ってみるかもしれない。

その時は、夫に下処理を任せて、私はただ、その新しい味覚の扉が開くのを待つばかりだ。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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