📝 この記事のポイント
- ネットで注文した服のサイズが合わなくて、返品の手続きが面倒で放置している。
- Mサイズを頼んだはずなのに、届いたのはどう見てもS。
- いや、もしかしたら僕の体がこの二週間でMからLに成長したのかもしれない、と現実逃避を試みるも、鏡に映る現実は「いや、どっちかっていうと痩せたな」と残酷な宣告をする。
ネットで注文した服のサイズが合わなくて、返品の手続きが面倒で放置している。
もうかれこれ二週間くらい経つだろうか。
Mサイズを頼んだはずなのに、届いたのはどう見てもS。
いや、もしかしたら僕の体がこの二週間でMからLに成長したのかもしれない、と現実逃避を試みるも、鏡に映る現実は「いや、どっちかっていうと痩せたな」と残酷な宣告をする。
結局、服はクローゼットの奥で、僕の「いつかやる」リストの最下層に沈んだままだ。
こういうところがダメなんだよな、と自分でも思う。
人生の細々とした面倒事を、先延ばしにする癖。
それが、先日、とんでもない落とし穴に僕を突き落とした。
それは、とある金曜の夜だった。
久しぶりに友人と新宿で飲んで、日付が変わる頃に解散した。
僕は気分良く、いつもの「明日は土曜日、子どもに会える」という浮かれ気分も手伝って、スキップでもしそうな勢いで駅に向かっていた。
終電までまだ30分くらいはあったし、余裕綽々。
少し酔いも回って、夜風が心地いい。
そんな帰り道、歌舞伎町の外れ、妙に人だかりができている一角に差し掛かった。
最初は、何かストリートパフォーマンスでもやっているのかと思った。
よくある、ギターを弾いている人とか、火を吹いている人とか、そういう類いの。
でも、よく見ると、どうも様子がおかしい。
中心にいるのは、明らかに日本人ではない、見るからに屈強な男たち。
しかも、上半身裸で、何かを叫び合っている。
「なんだ、あれ?
」と、野次馬根性で近づいてみたら、衝撃の光景が目に飛び込んできた。
そこには、円形に囲まれたスペースで、二人の男が取っ組み合っている。
いや、取っ組み合っているどころではない。
まるで相撲だ。
まわしこそ締めていないが、がっぷり四つに組んで、土俵際ならぬアスファルト際で押し合っている。
周りの観衆は、外国人観光客らしき人々がほとんどで、彼らもまた、熱狂的な歓声を上げている。
「オーイ!
」「ゴーゴーゴー!
」と、それぞれが応援する力士(?
)に叫んでいる。
これは、まさか、相撲の野良試合か?
新宿のど真ん中で?
酔っぱらった僕の脳みそは、一瞬でその光景に魅了された。
やがて、一人が相手を押し出し、決着がついた。
勝者は誇らしげに胸を叩き、敗者は肩を落とす。
しかし、すぐにまた別の挑戦者が現れ、新たな取り組みが始まった。
その熱気たるや、両国国技館のそれと何ら変わりない。
いや、むしろ、アスファルトの上という非日常感が、より一層の興奮を掻き立てる。
僕は完全に魅入られてしまった。
ポケットのケータイで時間を確認するのも忘れ、ただただその場に立ち尽くし、目の前の熱戦を見守っていた。
外国人観光客たちに混じって、僕も「ハッケヨイ!
」と声を出したりなんかしちゃって。
普段はクールを装っているくせに、こういう時は我を忘れてしまう。
我ながら単純な人間だと思う。
「終電、やばいんじゃね?
」
ふと、隣にいたサラリーマン風の男性がぼそっと呟いた。
その言葉でハッと我に返り、慌ててケータイを取り出す。
画面に表示された時間は、午前0時45分。
え?
マジで?
僕が乗る路線の終電は、あと5分で発車する。
最寄りの駅までは、そこからさらに徒歩で10分。
絶望的な数字が並んだ。
「うわあああ!
やっちまった!
」
思わず声を上げてしまった。
隣のサラリーマンが苦笑いしている。
僕のその叫び声は、新宿の夜空と、野良相撲の歓声の中に、虚しく吸い込まれていった。
あの時、さらば青春の光のコント「終電逃させ屋」が頭をよぎった。
「新宿の野良相撲」という、まさかこんな古典的な手口で僕を終電に間に合わせないように仕向けるとは。
恐るべし、終電逃させ屋。
奴らは、僕の好奇心という弱点を見事に突いてきたのだ。
いや、違う。
これは誰のせいでもない。
僕の計画性のなさ、そして目の前の面白そうなものにすぐ飛びついてしまう、この飽くなき好奇心こそが、僕を深夜の新宿に置き去りにしたのだ。
結局、タクシーで帰る羽目になった。
深夜料金も加算されて、財布の中身はあっという間に軽くなった。
タクシーの運転手さんが「こんな時間に新宿で相撲ですか、物好きですねぇ」と笑いながら言うから、僕も「ええ、まあ、つい見ちゃいました」と力なく答えるしかなかった。
家に着いたのは、午前2時を過ぎていた。
明日は子どもと会うのに、この寝不足で大丈夫だろうか。
一抹の不安を抱えつつ、冷え切った部屋に電気をつける。
静まり返った部屋で、自分の愚かさを噛み締めた。
翌朝、案の定、寝坊した。
慌てて支度をして、子どもを迎えに行く。
寝不足のせいか、頭がぼんやりする。
「パパ、なんか顔が変だよ」
小学三年生の娘が、僕の顔を覗き込んで言った。
「んー、昨日の夜、新宿で面白いもの見ちゃってさ」
「面白いもの?
」
「うん、お相撲さん」
「お相撲さん、テレビ?
」
「いや、路上でやってたんだよ」
僕がそう言うと、娘は目を丸くして「えーっ!
」と驚いていた。
少し誇張して話したら、娘は目をキラキラさせて聞いてくれた。
子どもが喜んでくれるなら、タクシー代も寝不足も、まあ、チャラかな。
僕って本当に現金な人間だ。
その日、僕は娘と公園でキャッチボールをした。
いつもより球が手元で滑る気がしたけれど、娘の笑い声が聞こえるたびに、どうでも良くなった。
彼女が投げる球は、コントロールこそ定まらないものの、僕の胸元に吸い込まれるように飛んでくる。
なんて愛おしいんだろう。
この小さな手のひらから放たれる球が、僕の人生のどんな「面倒事」も吹き飛ばしてくれる気がした。
服の返品手続きも、終電を逃したタクシー代も、寝不足のダルさも。
でも、やっぱり反省はしている。
いい加減、面倒なことは後回しにしないようにしよう。
服の返品も、早めに片付けてしまおう。
そして、新宿の夜道で人だかりを見つけても、まずは時間をチェックする癖をつけよう。
好奇心は大事だけど、度を過ぎると後で痛い目を見る。
これは、バツイチおじさんの、人生の教訓だ。
たぶん、次も同じ過ちを繰り返すんだろうけど。
だって、目の前で「相撲の野良試合」が繰り広げられていたら、そりゃ見ちゃうよね?
人間だもの。
いや、待てよ。
もしかしたら、あの終電逃させ屋、僕の「反省」を見越して、また何か仕掛けてくるかもしれない。
次回はきっと、もっと巧妙な手口で。
いや、でも、今度はきっと勝つ。
どんな誘惑にも打ち勝って、僕は終電に乗るんだ。
と、心に誓ったところで、うちの猫が僕の膝に飛び乗ってきた。
「ニャー」
「お、どうした?
お腹空いたのか?
」
僕が頭を撫でると、猫はゴロゴロと喉を鳴らす。
この愛らしい存在の前では、昨日あったことなんて、もうほとんど霞んでしまう。
結局、僕はこうして、小さな幸せと、小さな失敗を繰り返しながら、日々を生きている。
それでいいんだ、たぶん。
うん、これでいい。
少なくとも、今は。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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