📝 この記事のポイント
- 歯医者の予約をすっぽかして、受付から確認電話がきて冷や汗をかいた。
- 「〇〇さま、本日14時のご予約ですが、いかがされましたか? 」 申し訳なさすぎて、一瞬、架空の病気をでっち上げようかと思ったけれど、結局「すみません、完全に忘れておりました! 」と正直に白状した。
- 受付のお姉さんの声は、なぜかいつもよりトーンが低い気がした。
歯医者の予約をすっぽかして、受付から確認電話がきて冷や汗をかいた。
「〇〇さま、本日14時のご予約ですが、いかがされましたか?
」
申し訳なさすぎて、一瞬、架空の病気をでっち上げようかと思ったけれど、結局「すみません、完全に忘れておりました!
」と正直に白状した。
受付のお姉さんの声は、なぜかいつもよりトーンが低い気がした。
僕の記憶力は、スーパーのレジで小銭を出すときに限って冴えわたる、どうしようもない偏りがある。
妻の実家から徒歩五分のところに僕たちは住んでいる。
この「徒歩五分」という距離が絶妙で、何かあればすぐに駆けつけられるし、何かなくても週に三回は顔を出す。
夕食を馳走になったり、畑で採れたばかりのトマトをもらったり、逆に僕が仕事で疲れてフラフラな時は、妻が「ちょっと実家でご飯食べてくるね」と、半ば僕を置き去りにしていくこともある。
そんな日々の中で、僕たちの生活に静かに、いや、ド派手に割り込んできたのが、義実家で飼われているイグアナの「ゲロニモ」だった。
ゲロニモは、初対面の人間の目をギョロリと見据え、その威圧感で一瞬にして場の空気を支配する。
体長はゆうに一メートルを超え、首元にはトサカのような鱗が連なり、尻尾を振れば小さな地震が起こるんじゃないかと思うほどの迫力だ。
初めてゲロニモを見たとき、僕は完全に固まった。
義父は「おお、ゲロニモ、新しい遊び相手が来たぞ」なんて言いながら、僕の肩をポンと叩く。
いやいや、遊び相手とかそういう問題じゃないでしょう、と心の中で叫んだ。
妻は昔から動物好きで、実家にも犬や猫、果てはフクロウまでいたらしい。
イグアナはその最新バージョンというわけだ。
僕はどちらかというと、生き物は水槽の中か図鑑の中で鑑賞するタイプで、まさかこんな爬虫類と日常的に遭遇する日が来るとは夢にも思っていなかった。
正直なところ、ゲロニモに対しては「無難に距離を保ちたい」という期待があった。
リビングの隅で、日光浴をしながら静かに過ごしてくれる、それが僕の理想だった。
しかし、その期待はものの見事に裏切られた。
ゲロニモは、想像をはるかに超える「構ってちゃん」だったのだ。
僕が義実家に行くと、奴は必ずと言っていいほど、僕の足元に寄ってくる。
そして、長い首を伸ばして僕の膝に顎を乗せ、ウルウルとした目でじっと見上げてくるのだ。
最初は「こ、これは威嚇か?
」と身構えたものだが、義母が「あらあら、ゲロニモ、お兄ちゃんに撫でてほしいのね」と言いながら、ゲロニモの頭を撫でると、奴はうっとりとした表情で目を閉じる。
いや、猫か、お前は。
その甘えっぷりには驚かされた。
僕がソファに座れば、いつの間にか横にぴったりとくっついてきて、僕の腕に自分の体を押し付けてくる。
最初は「うわ、鱗ざらざらする」と内心で怯えていたけれど、あまりにも無邪気なその表情を見ていると、邪険にすることもできなくなる。
そして、ゲロニモの得意技は、僕の太ももの上でスヤスヤと寝ることだ。
重いし、冷たいし、正直最初は「やめてくれ」と思ったけれど、たまに小さな寝息が聞こえてくるような気がして、その温もりが意外と悪くないことに気づいた。
もちろん、寝言で「ブブッ」と小さく屁をこくこともあるし、興奮して鼻水を飛ばしてくることもある。
特に、義母がバナナを剥き始めると、ゲロニモは「バナナ!
」とでも言いたげに興奮し、鼻の穴から勢いよく水を飛ばす。
その水しぶきが僕の顔に飛んできた時は、正直、少しだけキレそうになった。
しかし、義母は「あらあら、食いしん坊さんねぇ」と笑いながら、ティッシュで僕の顔を拭いてくれる。
人生、そんなもんかもしれない。
ある日の夕食時、ゲロニモは大胆にもダイニングテーブルの椅子に座り、義父の膝の上に頭を乗せていた。
まるで家族の一員だ。
僕が驚いて「まさか、テーブルにまで上がるんですか?
」と義母に尋ねると、義母は「あら、夜は寝室のベッドで一緒に寝てるわよ?
」と、当然のように答えた。
ベッドに…イグアナが?
しかも、僕が泊まりに来た時は、僕の隣の部屋で寝ているというのだ。
義実家にお泊まりする機会は年に数回あるけれど、これまでは全く意識していなかった。
僕が隣の部屋で寝ていた夜、もしかしたらゲロニモは僕の夢の中にまで侵入していたのかもしれない。
そう思うと、なんだか可笑しくなってくる。
近所付き合いも、ゲロニモのおかげで少し変わった。
僕が義実家の庭で、義父とゲロニモに水をやっていると、隣のおばあちゃんが「あら、ゲロニモちゃん、今日も元気ねぇ」と声をかけてくれる。
「この前、ゲロニモちゃんが散歩してるの見たわよ。
立派になったわねぇ」と、まるで孫のようにゲロニモの成長を喜んでいる。
散歩?
リードをつけて散歩するのか、イグアナが。
その光景を想像するだけで、ちょっとしたシュールな絵面が浮かぶ。
ある時、義実家からの帰り道、僕はスーパーで晩酌用のビールを買っていた。
すると、レジに並んでいた顔見知りの男性が僕に話しかけてきた。
「おや、奥さんのご実家のイグアナ、元気ですか?
この前、塀の上からこっちを見てましたよ。
なんか、貫禄ありますね」
ゲロニモは、どうやら近所のマスコット的存在らしい。
僕が「ええ、元気すぎて困るくらいですよ」と答えると、男性は「そうですか、それは良かった」と笑った。
こんな風に、ゲロニモの話題は、初対面の人との会話のきっかけにもなるし、ちょっとした世間話の潤滑油にもなっている。
近所の人たちとの微妙な距離感も、ゲロニモという共通の話題があることで、少しだけ縮まったような気がする。
人間関係も、イグアナとの関係も、期待通りにいかないことばかりだ。
最初は警戒心しかなかったゲロニモ。
まさか僕の膝の上で安らかな寝息を立て、屁をこき、鼻水を飛ばすような存在になるとは思ってもいなかった。
僕は、どこか冷めた目で「爬虫類なんて」と決めつけていたけれど、蓋を開けてみれば、奴はまるで大型犬のように人懐っこく、そしてとてつもなく甘えん坊だった。
まるで、期待を裏切られることによって、初めて見えてくる世界がある、とでも言いたげな、ゲロニモの澄んだ瞳。
僕も、ゲロニモの頭を撫でながら、ふと考える。
人生って、結局のところ、自分の思い通りにいかないことの方が圧倒的に多い。
だけど、その「思い通りにいかない」中に、予想もしなかった喜びや発見が隠されているのかもしれない。
鼻水を飛ばされても、ベッドで隣に寝ていても、なんだかんだ言って、ゲロニモといる時間は悪くない。
むしろ、その予測不能な行動が、僕の日常にちょっとしたスパイスを与えてくれている。
今日も僕は義実家を訪れる。
玄関を開けると、すでにゲロニモが尻尾を振りながら、僕の足元に駆け寄ってきているのが見えた。
尻尾を振る、というのは犬猫の表現だけど、ゲロニモの場合は、重くて太い尻尾が「ドスッ、ドスッ」と床を叩くような音を立てる。
その振動は、僕の胸にまで響いてくるようだ。
「よお、ゲロニモ。
また俺の膝で寝る気か?
」
僕がそう話しかけると、奴は満足そうに目を細めた。
きっと、今日も僕のズボンはゲロニモの鼻水で少し湿り、太ももは奴の重みでじんわりと温かくなるだろう。
そして、どこかのタイミングで、小さく「ブッ」と屁の音を響かせるに違いない。
それでも、そのすべてが、なんだか愛おしい。
もしかしたら、人生、これくらい「無計画な共同生活」がちょうどいいのかもしれない。
期待せず、裏切られて、でも意外と悪くない。
そんな小さな発見を繰り返しながら、僕は今日も歯医者の次の予約を忘れないように、と心に誓うのだった。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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