📝 この記事のポイント
- 郵便受けに入っていたチラシの量が尋常じゃなくて、ゴミ袋が必要になった。
- マンションの入り口に「不要な方はお申し出ください」と書いてあるけど、多分みんな申し出たいのだ。
- 特に週末になると、ポストがパンパンになる。
郵便受けに入っていたチラシの量が尋常じゃなくて、ゴミ袋が必要になった。
マンションの入り口に「不要な方はお申し出ください」と書いてあるけど、多分みんな申し出たいのだ。
特に週末になると、ポストがパンパンになる。
チラシをどっさり抱えて、やっと自分の分の郵便物を取り出す。
「広報誌と、電気料金のお知らせと、あと、スーパーの特売チラシと、あ、これは…」と目を凝らすと、封筒の隅に書かれた差出人の名前に、心臓がほんの少しだけ、ドクンと鳴った。
パート先の会社からのものだ。
「この度、組織体制の見直しに伴い、正社員登用制度を拡充することになりました。
つきましては、下記要領にて、管理職候補者の面接を実施いたします」とかなんとか、丁寧な言葉で書かれた紙が数枚。
要するに、人手が足りないから、パートにも社員にならないか、役職持ちにならないか、というお誘いだ。
いや、誘いというよりは、半ば強制的なお伺い、とでも言った方が正しいかもしれない。
私はもう50代半ば。
高校生の娘と二人暮らしで、今のパートで十分満足している。
責任のある立場なんて、正直、ごめんなさいだ。
でも、会社の雰囲気的に、これを「結構です」と断るのが、なかなか難しい。
断るにもそれなりの理由というか、パフォーマンスが必要なのだ。
昔の私だったら、多分、目の色を変えて飛びついていただろう。
20代の頃、私は仕事に燃えていた。
バリバリとキャリアを築くのが夢で、どんな小さなチャンスも逃したくなかった。
残業もいとわず、休日出勤も苦にならなかった。
新しいプロジェクトがあれば真っ先に手を挙げ、上司の期待に応えようと必死だった。
あの頃は、昇進の話が来ようものなら、前の晩から着る服を決め、模擬面接を何回もイメージして、自分の強みをA4の紙にぎっしり書き出したりしたものだ。
自分の意見を明確に伝え、会社への貢献意欲をアツく語り、将来のビジョンまでスラスラと述べられた。
当時の私は、きっと「意識高い系」なんて言葉がもしあったら、その筆頭に挙げられていたに違いない。
同僚からは「お局様になるよ」なんて冗談半分で言われたりもしたけれど、当時はそれも勲章のように思えていた。
しかし、今は違う。
完全に違う。
まず、あの頃の情熱がどこへ消えたのか、見当もつかない。
朝、目覚まし時計が鳴っても、布団から出るまでに5分は葛藤する。
娘の「お母さん、朝ごはん!
」という声が聞こえて初めて、重い腰を上げる。
通勤電車では、つり革につかまるのが億劫で、もし座れたら奇跡だとさえ思う。
パート先での仕事も、もちろん真面目にはやるけれど、必要以上に張り切ることはない。
与えられた仕事をきっちりこなし、定時になったら迷わずタイムカードを切る。
周りの若い子たちが「すごいですね、〇〇さん!
」「尊敬します!
」なんて言ってくれるけれど、それはきっと、私が昔の情熱をどこかに置き忘れてきたことへの、単なるお世辞だろう。
だから、今回の面接も、なんとかして辞退したい。
でも、ストレートに「やりたくないです」と言うのは角が立つ。
じゃあ、どうするか。
考えたのは、「残念ながら、この人には任せられないな」と思わせるような、絶妙な「カスの演技」だ。
自信なさげに、でも不貞腐れないように。
やる気がないように見せかけつつ、でも真面目さもちょっとだけ残す。
これがなかなか難しい。
人間、本当にやる気がないと、それが態度に出てしまって、かえって「本当にやる気がないんだな、困ったな」という印象を与えかねない。
それではいけない。
会社側には「本人は頑張りたい気持ちはあるみたいだけど、ちょっと今回は…」と、残念な気持ちで諦めてもらうのが理想だ。
面接シミュレーションを頭の中で始めた。
まず、服装。
いつも通りでいい。
気合いを入れすぎると、やる気満々に見えてしまう。
かといって、あまりにもだらしない格好では、社会人としての常識を疑われる。
清潔感は大事。
次に、受け答え。
これが肝心だ。
例えば、「今後、どのような役割を担っていきたいですか?
」という質問には、少し間を置いて「そうですねぇ……」と曖昧に答える。
具体的なビジョンは語らない。
「現状維持で、皆さんと協調しながら、与えられた仕事をコツコツと…」と、抽象的で当たり障りのない言葉を並べる。
まるで雲を掴むような話で、聞いている方が疲れるくらいの感じで。
「何か、会社で改善したい点はありますか?
」と聞かれたら、「皆さんとても頑張っていらっしゃるので、特に思いつきません」と、にこやかに答える。
これでは、まるで会社に興味がない人間に見えてしまうだろう。
そして、表情。
これが一番難しいかもしれない。
真顔でいると、不機嫌に見える。
笑顔でいると、やる気があると勘違いされる。
理想は、ちょっと困ったような、うつむき加減の、でも少しだけ微笑んでいるような、複雑な表情。
これは練習が必要だ。
鏡の前で何回か試してみた。
「うーん、これだと不貞腐れてるかな」「これは、逆に可愛い子ぶってるみたいに見える?
」と、一人ツッコミを入れながら、何度も顔筋を動かした。
娘がリビングに入ってきて、怪訝な顔で私を見ている。
「お母さん、何やってんの?
」と聞かれたので、「ちょっと、表情筋の体操」とごまかした。
娘は呆れたように「ふーん」とだけ言って、自分の部屋に戻っていった。
そんなことを考えていると、ふと、昔、初めての社員面接を受けた時のことを思い出した。
あの時は、前日からドキドキして眠れず、当日は三つ揃いのスーツに身を包み、前髪一本乱れないように固めて面接会場に向かった。
ドアを開ける前から深呼吸をして、最高の笑顔で「よろしくお願いいたします!
」と挨拶した。
質問の一つ一つに、用意周到な回答を、よどみなく、自信満々に述べた。
あの頃の私は、面接官の目を見て、自分の熱意を伝えることに全力を注いでいた。
結果は合格。
その時は天にも昇る気持ちだった。
あの頃の自分と、今の自分。
同じ人間なのに、ここまで変わるものか、と少し感慨深くなった。
変わったことといえば、仕事への向き合い方だけではない。
昔は、流行りのレストランがあれば予約してでも行ったり、友人と夜遅くまで飲み明かしたり、休日は遠出して旅行を楽しんだりしていた。
常に何か新しい刺激を求めていたような気がする。
今はどうか。
休日は、午前中に洗濯機を3回回し、近所のスーパーで特売品を吟味し、午後は録画しておいたドラマを一気見して、夕食には簡単なものを作って終わり、というパターンが多い。
もちろん、それが悪いわけではない。
むしろ、この穏やかな日常が、今の私には心地いいのだ。
でも、変わらないこともある。
それは、何かを「やろう」と決意しても、なかなか続かない、という私の怠惰な習慣だ。
以前、「健康のためにウォーキングを始めよう!
」と思い立ち、張り切ってスポーツ用品店で専用のシューズとウェアを揃えた。
初日は意気揚々と5キロ歩いた。
2日目も頑張った。
3日目、ちょっと雨が降っていたので「今日は休もう」と決めた。
その日から、なぜかウォーキングシューズは靴箱の奥底に追いやられ、ウェアはタンスの肥やしになっている。
結局、3日坊主どころか2日坊主だった。
あと、「日記をつけよう」と思って、洒落たノートと万年筆を買ったこともある。
これも3日しか続かなかった。
最初のページには「今日から毎日、心の動きを記録する!
」と力強く書いてあるのに、次のページは白紙のままだ。
今回だってそうだ。
「カスの演技」を完璧にこなそうと、あれこれシミュレーションしているけれど、本番でうっかり、昔の仕事モードのスイッチが入ってしまったらどうしよう、という不安も少しだけある。
人間、習慣というのは恐ろしいもので、長年培ってきた「真面目に頑張る」という癖が、ふとした拍子に出てしまうかもしれない。
面接官に「あなたは本当に、この役職に興味がないんですか?
」と、真剣な顔で聞かれたら、つい「いえ!
そんなことはありません!
精一杯頑張ります!
」と答えてしまいそうで、ちょっと怖い。
まるで、美味しいケーキを目の前にして、「ダイエット中だから食べない」と決意したのに、一口食べたら止まらなくなるような感覚だ。
面接当日、私はいつも通りの服装で会社に行った。
いつもより少しだけ、足取りは重い。
面接室のドアの前に立ち、深呼吸をする。
頭の中では「カスの演技、カスの演技…」と呪文のように唱える。
そして、ドアを開けた。
面接官は、いつもお世話になっている部長と、人事部の人だ。
二人はにこやかに私を迎えてくれた。
「さあ、どうぞ」と促され、椅子に座る。
まずは当たり障りのない雑談から始まった。
「最近、何か楽しいことありましたか?
」という部長の質問に、私は一瞬、固まった。
楽しいこと。
楽しいこと、といえば、最近スーパーで半額になっていた高級プリンをゲットできたこと、とか?
いや、それはあまりにもしょぼいか。
「そうですねぇ…最近、娘と二人で、久しぶりに近所の公園でキャッチボールをしたんですよ。
娘も高校生になって、なかなか相手してくれないんですけど、その日は珍しく付き合ってくれて。
なんだか、懐かしい気持ちになりましたね」と、私はとっさに答えた。
我ながら、いい感じの、少し寂しさを帯びた答えだ。
これで、やる気がないけれど、家族思いで、ちょっとお疲れ気味な中年女性、という印象は与えられただろうか。
面接官の二人は、「へえ、いいですね」「娘さんとですか」と、穏やかに相槌を打ってくれた。
その後の質問も、概ね予想通りだった。
「この役職に就かれたとして、どのような貢献ができますか?
」という問いには、「現状を維持しつつ、皆さんのサポートに徹したいと考えております。
チームワークを大切に、調和の取れた職場環境づくりに尽力できればと…」と、またしても当たり障りのない言葉を並べた。
我ながら、完璧な「カスの演技」だ。
これで、きっと「今回は見送りで」となるだろう。
内心、ほっと胸をなでおろした。
面接の最後に「何か質問はありますか?
」と聞かれ、私は「特にございません」と答える代わりに、つい「あの、この役職に就かれたとして、残業は…」と、言いかけてしまった。
「え?
」と部長が聞き返してきたので、私は慌てて「いえ、なんでもありません!
お気遣いなく!
」と、笑顔でごまかした。
危ない、危ない。
うっかり、自分の本音が出てしまうところだった。
やはり、怠惰な習慣は、なかなか治らないものだ。
まあ、それも私らしいといえば、私らしいのだけれど。
面接が終わって、会社の廊下を歩きながら、私はなぜか少しだけ、清々しい気持ちになっていた。
結果がどうなるかはまだ分からないけれど、自分なりに「カスの演技」はできたはずだ。
そして、もし万が一、この役職に就くことになったら、それはそれで、また新しい「怠惰な習慣」の模索が始まるのだろう。
例えば、いかにして上手に仕事をサボるか、とか。
いや、それはちょっと語弊があるな。
いかにして、自分のペースを崩さずに、責任ある仕事をこなすか、といったところか。
まあ、どちらにせよ、私はこれからも、目の前の小さな出来事に一喜一憂しながら、この平凡な日常を、ユーモアを忘れずに生きていくのだろう。
郵便受けのチラシの量に嘆きつつ、今日も一日が過ぎていく。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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