運送屋さんと僕らの胃袋事情、甘く見てはいけない世界の変化

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📝 この記事のポイント

  • カラオケで十八番を歌ったら、キーが合わなくて途中でリセットした。
  • 最近、どうにもこうにも身体のセッティングが合わない日が多い。
  • 週末、シェアハウスの僕の当番で、近所のスーパー「ライフ」に食材を買い出しに行った帰り道、重い買い物袋を両手にぶら下げながら、ふとそんなことを思った。

カラオケで十八番を歌ったら、キーが合わなくて途中でリセットした。

最近、どうにもこうにも身体のセッティングが合わない日が多い。

週末、シェアハウスの僕の当番で、近所のスーパー「ライフ」に食材を買い出しに行った帰り道、重い買い物袋を両手にぶら下げながら、ふとそんなことを思った。

両手いっぱいの白菜と豚バラ、それに冷凍庫を占拠するであろう安売りの鶏むね肉。

今夜は鍋にしようと決めていたのに、どうにも気持ちが乗らない。

今日の買い出しは、もうひとりの同居人であるケンタから「最近、野菜が足りてない気がするから鍋にしてほしい」というリクエストがあったからだ。

彼はいつもコンビニの新作スイーツには目がないくせに、健康には妙に気を遣う。

そんな彼のために、と気合を入れて野菜を山盛り買ったはいいものの、この重さが今の僕のキーに合わない。

途中でリセットして、全部自宅に転送したい気分だ。

マンションのエントランスで、ちょうど置き配指定されたらしいダンボールを抱えた運送業者さんが、少し困った顔でタブレットを操作していた。

そのダンボールには、「生ものにつき早めに受取を」と赤い字で書かれている。

ああ、僕もこの人のように、誰かに何かを届けに行くという責任を背負っているんだなと、自分の鍋の材料と重ねて妙に感傷的になった。

この重い鍋の材料を美味しく料理して、ケンタとアキラ(もうひとりの同居人)に届ける義務がある。

彼らは今夜の僕の料理の「荷主」なのだ。

昔、それこそ僕がまだ大学生で、ろくに自炊もせず宅配ピザばかり頼んでいた頃の話なんだけど、運送業者さんや配達員さんに対して、ちょっと冷たいというか、上から目線の荷主さんが多かったような気がする。

例えば、指定時間ぴったりに届かなかったら、電話口で「もういらないからキャンセルで」とか、再配達を頼むのに「これでやってくれないなら他の運送会社があるからいいよ」なんて、まるで脅し文句のように言う人が結構いたんだよね。

僕も一度だけ、熱々のピザが届くのを心待ちにしていたのに、30分遅れてきた配達員さんに、ちょっとだけ不機嫌な顔をしてしまったことがある。

あの時の配達員さんの、申し訳なさそうな顔が今でも忘れられない。

あの頃の僕は、自分がお金を払っているんだから、最高のサービスを受けるのが当たり前だと思っていた節がある。

若気の至りというか、なんというか、本当に反省している。

でも、最近は本当に状況が変わったなと感じる。

特に、僕らのシェアハウスではそれが顕著だ。

ケンタもアキラも、よくネットで買い物をするし、僕だってキッチン用品とか、ちょっと珍しい調味料なんかは通販で買うことが多い。

だから、週に何度か運送業者さんが来るんだけど、みんなすごく丁寧に接している。

「いつもありがとうございます!

」とか、「暑い中大変ですね!

」とか、まるで親戚のおじさんのように親しげに話しかけたりする。

僕も、Amazonで買った1.5kgもある業務用パスタを笑顔で受け取るときは、ちょっとした感謝の念が湧き上がる。

重いのに、わざわざ運んでくれてありがとう、って。

先日、アキラが頼んだ新しいゲーミングチェアが届いた時なんて、梱包がめちゃくちゃ大きくて、運送業者さんが汗だくで階段を上がってきてくれたんだよね。

それを見たアキラが、とっさに冷蔵庫から冷えた麦茶を出してきて、「よかったらどうぞ!

」って差し出していた。

運送業者さんも恐縮しながらも「ありがとうございます!

」って言って、本当に嬉しそうに飲んでいたのが印象的だった。

あの光景は、もはや荷主と運送業者というより、隣人同士の助け合いみたいに見えた。

なんでこんなに変わったんだろうって、ふと考えたことがある。

たぶん、僕らが大人になって、自分の手で何かを運ぶことの大変さを知ったからかもしれない。

例えば、シェアハウスの引っ越しで、僕らの安物の家具を運び出した時なんか、腰が砕けそうになったし、あの重くてかさばる段ボールを階段で運ぶ苦労は身に染みた。

それに、料理当番でスーパーから重い食材を抱えて帰るだけでも、ヒーヒー言っている自分を見れば、プロの運送業者さんの凄さがよくわかる。

あと、僕らが普段使いしているスーパー「西友」のレジで、セルフレジが混んでて、店員さんがいるレジに並んだ時なんかも、ちょっとした変化を感じることがある。

昔なら、レジが遅いとイライラしたり、小銭を出すのに手間取って後ろの視線を感じたりしたものだけど、最近はみんな、もっとおおらかになった気がする。

スマホ決済でサッと済ませる人が増えたからかもしれないけど、店員さんと一言二言会話を交わしたり、前の人が袋詰めにもたついていても、スマホを眺めながら静かに待っていたりする。

なんか、こう、お互いに「まあ、お疲れ様」みたいな空気感が漂っているんだよね。

僕も、前に当番制の夕飯で、うっかりカレールーを買い忘れたことがあって、仕方なく近所のコンビニ「ローソン」に走ったことがある。

夜遅い時間だったから、店員さんは一人で、品出しとレジ打ちを両方こなしていて、すごく忙しそうだった。

レジに並んでいる僕の前にいたお客さんが、ちょっとした手間のかかるチケットの発券を頼んでいて、時間がかかっていたんだけど、誰も文句を言う人はいなかった。

むしろ、「大変そうだな」って、みんなが店員さんに心の中でエールを送っているような、そんな優しい雰囲気を感じたんだ。

この変化は、僕らが日々の生活の中で、色々な「運ぶ人」「届ける人」「提供する人」の存在を意識するようになったからなのかもしれない。

僕だって、シェアハウスの料理当番をサボって、みんなにコンビニ飯を押し付けようとしたら、白い目で見られるだろう。

責任を持って、美味しくて栄養のあるものを作る、という「荷物」を届けなければいけない。

そう考えると、自分の役割を全うすることの大切さ、そしてそれを支えてくれる人たちへの感謝の気持ちが、自然と湧いてくる。

結局、僕らが求めているのは、完璧なサービスじゃなくて、お互いの状況を理解し合える、ちょっとした心の余裕なんじゃないかな。

みんなもそうだよね?

完璧なキーで十八番を歌い上げるのも気持ちいいけど、ちょっとくらい外れても、笑顔で「もう一回!

」ってリセットできるくらいの寛容さって、大切だと思うんだ。

今夜の鍋も、もしかしたら少し味が濃すぎたり、野菜の切り方が不揃いだったりするかもしれないけど、ケンタとアキラが「まあ、美味いからいっか」って言ってくれたら、それが僕にとっては最高の「配達完了」なのだ。

重い食材を抱えながら、マンションのドアを開ける。

キッチンからは、アキラがテレビでバラエティ番組を見ながら、楽しそうに笑っている声が聞こえてきた。

さて、僕の「荷物」を、心を込めて「配達」するとしよう。

まずは白菜をザクザク切って、豚バラを並べて……。

そうそう、うっかり買い忘れたカレールーの二の舞にならないよう、冷蔵庫の奥に隠してある「ほんだし」はちゃんと確認しておかないとね。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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