📝 この記事のポイント
- 久々に会った友人が激やせしていて、「大丈夫? 」と聞いたらダイエット成功とのこと。
- あまりの変貌ぶりに、最初は心配が先に立ったけれど、本人が満足そうにしているのを見たら、ずいぶん長い時間が経ったのだな、としみじみしてしまった。
- 友人の肉体までが、目に見える形で変化を遂げていたことに、なんだか驚いてしまったのだ。
久々に会った友人が激やせしていて、「大丈夫?
」と聞いたらダイエット成功とのこと。
聞けば半年かけて十キロ痩せたという。
あまりの変貌ぶりに、最初は心配が先に立ったけれど、本人が満足そうにしているのを見たら、ずいぶん長い時間が経ったのだな、としみじみしてしまった。
友人の肉体までが、目に見える形で変化を遂げていたことに、なんだか驚いてしまったのだ。
人の体だけでなく、世の中のあれこれも、ずいぶん様変わりしたように思う。
特に、私が中学生の頃に熱中していた「漫画を描く」という行為は、その道具立てからして隔世の感がある。
当時は、漫画家になるのが夢だったのだ。
夢、というよりは、趣味の延長で「なれたらいいな」くらいの淡い期待だったけれど。
ペン先、インク、原稿用紙。
これらは基本中の基本で、画材屋さんや文房具店に行けば手に入った。
しかし、一番頭を悩ませたのが「スクリーントーン」だった。
グラデーションの網目や、キラキラの星、背景に使うビル群や集中線など、種類は豊富で、漫画表現には欠かせない。
だが、これがなかなかのお値段だった。
一枚三百円から五百円。
お小遣いを握りしめて画材屋に行き、限られた予算の中で、どのトーンを選ぶか真剣に悩んだ。
一枚一枚、透明な袋越しに柄を確かめては、財布の中身と相談する。
まるで株の銘柄を選ぶ投資家のような顔をしていたと思う。
結局、その日は「集中線」と「砂目のグラデーション」を一枚ずつ、あと「キラキラした星」を一枚。
計三枚で千円を軽く超える。
それだけ買って、いざ家に帰って漫画を描き始めると、線がちょっと曲がっただけで「ああ、もうダメだ」と、失敗した箇所に貼るはずだったトーンを躊躇してしまう。
もったいないのだ。
カッターで切り貼りするのも、失敗したらどうしよう、と手が震えた。
一枚のトーンをいかに無駄なく使うか、それが当時の私にとっての一番の課題だった。
下手な漫画を描くより、トーンを無駄にしないことの方が優先順位が高かった、そんな記憶さえある。
結局、描いた漫画のほとんどは完成を見ることなく、途中で放り出されてしまった。トーンを貼り終えた作品は数えるほどしかない。それでも、あの「画材屋さんでトーンを選ぶ時間」は、今思い返しても楽しい思い出だ。
今はどうだろう。
デジタルで漫画を描くのが当たり前になった。
私が当時欲しがって高価だと感じていたトーンは、パソコンのソフトウェアの中に「素材」として無数に用意されている。
それも、一枚三百円どころか、ダウンロードし放題、使い放題。
なんなら自分で作ることだってできる。
昔はインクが乾くまで待ったり、修正液で白く塗ったりしていたのが、今は「アンドゥ(元に戻す)」ボタン一つで、何十手でも前の状態に戻せる。
失敗を恐れる必要がない。
同棲している彼氏も、少し前に漫画を描くのに興味を持ち始めた。
私が昔使っていた道具は、どこか実家の片隅に眠っているかもしれないけれど、彼には「パソコンで描くのがいいよ」と勧めた。
私自身も、もうアナログには戻れないだろうな、と思う。
彼氏がパソコンで漫画を描き始めると、必然的に私もその情報に触れる機会が増えた。
ある日、彼が「クリスタが動く、低スペのパソコンってどう思う?
」と真剣な顔で尋ねてきた。
クリスタ、というのは、もちろん漫画やイラストを描くためのソフトウェア「CLIP STUDIO PAINT」のことだ。
低スペ、というのは、きっとスペックの低いパソコン、という意味だろう。
私はパソコンに詳しいわけではないけれど、さすがにそのくらいのことはわかる。
「え、動くの?
」と聞き返すと、「動くことは動くらしいけど、快適じゃないらしいんだよね」と彼はスマホの画面を見せてきた。
そこには、中古のパソコンがずらりと並んだネットショップのページが表示されていた。
なるほど、彼は漫画を描くために、専用のパソコンを欲しがっているのか。
私は彼に言った。「どうせ買うなら、ちょっといいやつ買っとけば?結局、途中で不満が出て買い替えることになるよ」と。これは、私自身の経験からくる言葉だった。
実は、私も彼氏が漫画に興味を持つ少し前、ふと「私もデジタルで漫画を描いてみたいな」と思い立ってしまったのだ。
昔の記憶が蘇り、デジタルならもっと気軽に描けるのでは、と安易に考えてしまった。
そして、勢いで液タブ(液晶タブレット)を衝動買いしてしまったのだ。
当時、私は「ちょっと試すだけだから、安いのでいいか」と、二万円くらいの入門用モデルを選んだ。
筆圧感知機能もそこそこあるし、画面もそこそこ広い。
届いたその日は、彼氏と二人で「すごいね!
」なんて言いながら、何枚か落書きをした。
線も滑らかで、色も簡単に塗れる。
これは良い買い物をした、と思った。
まさに「低スペだけど動く」状態だったのだ。
しかし、一週間も経たないうちに、私はその液タブに不満を感じ始めた。
画面の色味がパソコンと違う。
ペン先が滑りすぎて線がブレる。
そして何より、線を描くたびに、画面の端に表示されるツールパレットが邪魔に感じ始めたのだ。
画面が狭い。
もっと広い画面で描きたい。
結局、私はその二万円の液タブをメルカリに出品し、今度は十万円を超えるモデルを買い直した。
前のモデルが売れる前に、新しいモデルが届いてしまったので、一時は二台の液タブが部屋に並ぶという、なんとも無駄の多い状況になっていた。
彼氏に「あんた、言ってることとやってること違うじゃん」と笑われたのは言うまでもない。
新しい液タブは、確かに快適だった。画面は広々としていて、色味も正確。ペン先の追従性も高く、描いていてストレスがない。これなら、昔果たせなかった「完成」にたどり着けるかもしれない。そう思った。
あれから半年。
私の液タブは、彼氏の低スペパソコンの隣に、ひっそりと置かれている。
誇らしげに購入したはずの十万円の液タブは、今は主に彼氏がYouTubeを見るためのサブモニターとして活用されている。
たまに彼氏が私の横で漫画を描いているのを見ると、「ああ、私、これ、何のために買ったんだっけ」と、遠い目をしてしまう。
結局、彼氏が買ったのは、私が勧めた通り、少し良いスペックのパソコンだった。
私がかつて「二万円で十分」と言った後に「十万円の買い直し」をしたのを見ていたので、彼も「どうせなら後悔しないものを」と思ったらしい。
それはそれで、私の失敗が彼の成功に繋がったのだから、良かったのかもしれない。
彼が快適に漫画を描いている姿を見ていると、少しだけ鼻が高いような、いや、むしろ私の衝動買い癖が彼に伝染しないか心配になるような、複雑な気持ちになる。
それでも、たまには液タブの電源を入れて、落書き程度はしている。
買ったばかりの頃のように、真剣に漫画を描くことはなくなったけれど、ただ線を引いたり、色を塗ったりするだけでも、なんだか心が落ち着く。
昔、スクリーントーンを選んでいたあの頃と同じだ。
道具を触っているだけで、満たされた気持ちになる。
アナログからデジタルへ、漫画を描くコストは確かに下がった。
物的な費用だけを見れば、昔のように一枚数百円のトーンに悩むことはない。
しかし、その分、新しい誘惑が増えたとも言える。
より高性能な機材、より多様なソフトウェア。
結局、あれもこれもと欲しくなって、最終的な出費は昔と変わらないか、むしろ増えているのかもしれない。
そして、道具が変わっても、描く人間が私である限り、結局は途中で投げ出してしまうことも、衝動買いで後悔することも、多分、変わらないのだ。
そして、それでいいのだと思う。
完成しなくても、無駄な買い物だったとしても、その過程で得られる小さな発見や、ちょっとした高揚感は、何物にも代えがたい。
たとえそれが、彼氏のYouTube視聴用モニターとして活躍していたとしても、私にとってはその存在自体が、昔と今を繋ぐ、ちょっとした宝物なのだ。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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