📝 この記事のポイント
- 美容院の帰り道、ガラスに映る自分の髪色を見て、小さく息を吐いた。
- この色が、あと何日自分のものでいてくれるのだろうか。
- そんなことを考えてしまうのは、いつものことだった。
美容院の帰り道、ガラスに映る自分の髪色を見て、小さく息を吐いた。光に透ける柔らかなミルクティーベージュ。この色が、あと何日自分のものでいてくれるのだろうか。そんなことを考えてしまうのは、いつものことだった。案の定、一週間、二週間と経つうちに、あの繊細な色合いはどこかへ消え、代わりに鈍い黄ばみが顔を出し始める。次の予約までまだ間があるのに、鏡を見るたびに少しずつ憂鬱が募っていく。そんな日々に、半ば諦めのような気持ちで手を伸ばしたのが、このカラーシャンプーだった。手軽に色を補えるという言葉の裏にある、面倒な後始末への懸念を抱えながら。この3ヶ月は、その期待と不安の狭間を揺れ動く、長い旅路だった。

結論から言う
3ヶ月間、ほぼ毎日このシャンプーと向き合い続けて、たどり着いた答えは明確だ。鏡を見るたびに感じる黄ばみへの憂鬱から解放され、次の美容院まで理想の髪色を維持したいと強く願うなら、これ以上に頼りになる存在はない。たった3分という短い時間で、失われたミルクティーの色合いをはっきりと取り戻せる力は本物だ。ただし、その強力な染色効果は、同時に無視できない代償を求める。使用後の手のひらや爪の間に残る色素、浴室の床や壁に飛び散った跡を、毎回丁寧に洗い流す手間を許容できない人にとって、このシャンプーは日々の小さなストレス源になる。手軽さよりも発色の確かさを求める人には最適解だが、日々のケアに少しの手間もかけたくない人には向かない。
plus eau プリュスオー カラーシャンプー ブリーチヘア用 ミルクティーフルーティフローラルの香りが本当に解く問題
多くの人が、このシャンプーを単なる色落ち防止の道具だと捉えている。もちろん、その機能が中核にあることは間違いない。しかし、この製品が本当に解いてくれる問題は、もっと深いところにあるように感じる。それは、次の美容院の予約日までの「心の空白期間」を埋めるという、極めて個人的な問題だ。美容院で完璧に仕上げてもらった直後の高揚感は、日々のシャンプーと共に少しずつ洗い流されていく。そして、鏡の中に黄ばんだ自分を見つけた時、自信も一緒に褪せていくような感覚に陥る。
このシャンプーがもたらすのは、髪色の物理的な補正だけではない。それは、色落ちという避けられない時間経過に抵抗し、「まだ大丈夫」という心の安寧を保つための手段だ。シャンプーをするだけで、あの美容院帰りの高揚感を少しだけ取り戻せる。その安心感が、次の予約日まで自分らしくいられる時間を延ばしてくれる。3ヶ月使って分かったのは、これは単なるシャンプーではなく、次の約束までの心の安定剤だということだ。色落ちを気にして帽子で髪を隠したり、人に会うのが億劫になったりする、そんな小さな憂鬱から、私たちを解放してくれるのだ。
3ヶ月使って、本音を言う
初めてポンプを押した時のことを、今でもはっきりと覚えている。手のひらに現れたのは、シャンプーというよりは絵の具に近い、こっくりとした濃密な液体だった。浴室に広がる、甘くて少しだけ切ないフルーティフローラルの香り。こんなに濃い液体が、本当に均一に泡立つのだろうか。そんな疑念は、髪につけた瞬間に消え去った。驚くほどきめ細かく豊かな泡が、あっという間に髪全体を包み込んでいく。もこもこの泡に髪を埋めながら、たった3分で何が変わるというのだろう、と半信半疑で時計の針を眺めていた。
洗い流し、タオルドライをして、恐る恐る鏡の前に立つ。そこにいたのは、数週間前の自分だった。気になっていた根元近くの黄ばみが和らぎ、全体的に柔らかなミルクティーのヴェールがかかっている。光に当たった時の透明感が、確かによみがえっていた。すごい、本当に変わるんだ。その静かな感動は、しかしすぐに別の現実に気づかされることになる。ふと自分の手を見ると、爪の間に淡いベージュ色が入り込んでいる。そして、シャワーで流したはずの浴室の床にも、気づかなかった色素の跡が点々と残っていた。美しい髪色を手に入れた高揚感と、これから始まる掃除への面倒な気持ちが、心の中で奇妙に混ざり合った。
このシャンプーとの付き合いは、この高揚感と面倒さのシーソーゲームの連続だった。最初の数週間は、素手で使うことの気軽さと、爪が染まることへの後悔を繰り返した。何度か白いタオルをうっすらと染めてしまい、ため息をついたこともある。だが、ある時から、この一連の作業が「儀式」のように思えてきた。綺麗な髪色を保つためには、それ相応の対価が必要なのだと、自分に言い聞かせるようになった。
3ヶ月が経った今、私の浴室にはビニール手袋が常備されるようになった。シャンプーを終えたら、シャワーヘッドで壁と床を念入りに洗い流すのが、無意識の習慣になっている。最初は「手間だ」と感じていたこの行為が、今では美しい髪を維持するための一部であり、自分を慈しむ時間なのだと感じられるようになった。黄ばみを気に病む時間が消えたことの価値は、この小さな手間を補って余りある。これは、単に髪を染める行為ではなく、自分自身の機嫌を、自分の手で取り戻すための闘いだったのだ。
正直に言う
これほどまでに髪色への効果を実感できるからこそ、その代償ははっきりと存在する。それは、染料の強力さがもたらす、生活空間への浸食だ。気を付けているつもりでも、シャンプーの泡が壁に飛び、気づかずに放置してしまうことがある。翌朝、乾いた壁にうっすらと残るシミを見つけた時の、あの小さな絶望感。旅先に持っていく時も、万が一ポーチの中で漏れてしまったら、と考えると少しだけ荷造りが憂鬱になる。
この製品の評価は、この一点に集約されると言っても過言ではない。髪色を劇的に改善してくれる手軽さと引き換えに、使用者には少しだけ丁寧な後始末と、細やかな注意力が求められるのだ。髪をいたわるように、浴室やタオルもいたわる必要がある。この点が気にならないなら、迷わず使える。しかし、ほんのわずかでも掃除の手間を増やしたくないと感じるなら、この強力な染料はあなたの日常に静かなストレスをもたらし続けることになる。
よくある疑問に答える
ブリーチで傷んだ髪にも、ためらいなく使えるのか?
ブリーチを繰り返した私の髪は、いわば常に危険と隣り合わせの状態だ。だから、新しいシャンプーを試す時は、きしみへの覚悟を常にしている。カラーシャンプーは特に、その傾向が強いという先入観があった。しかし、このシャンプーを洗い流した時の指通りは、予想を裏切るものだった。補修成分や保湿成分が配合されているおかげか、むしろ普段使っているシャンプーよりも滑らかで、しっとりとした感触さえあった。3ヶ月間使い続けても、髪が硬くなったり、乾燥が進んだりする感覚は一切ない。髪への負担を心配する必要はない。
毎日の習慣にして、何か問題は起きないのか?
最初は効果を最大限に得たい一心で、毎日使っていた。確かに黄ばみは綺麗に消える。しかし、数日続けると、今度はミルクティーの色が濃く入りすぎて、少しアッシュがかった、くすんだ色合いになってしまうことがあった。これはこれで悪くないのだが、私が求めていたのは、あくまで美容院で染めたての、あの透明感のあるミルクティー色だ。それに気づいてからは、自分の髪色を鏡で毎日チェックし、黄ばみが気になり始めたタイミングで使う、2〜3日に一度のペースに切り替えた。頭皮への刺激を感じることはなかった。髪色と相談しながら使うのが、最適な付き合い方だ。
自分の理想の色を求めて、他の色と混ぜ合わせることは許されるのか?
ミルクティーの色味に満足していたものの、人間とは欲深い生き物だ。もう少しだけ、ほんの少しだけアッシュのニュアンスが加われば、もっと理想に近づけるのではないか。そんな探求心が芽生え、同シリーズの別系統の色を少量混ぜてみるという、個人的な実験に踏み出したことがある。もちろん、これは公式に推奨される使い方ではない。自己責任の世界だ。結果として、私だけの絶妙なニュアンスカラーが生まれ、鏡の前で一人、静かにガッツポーズをした。ただし、これは誰にでも同じ結果を保証するものではない。創造性は自己責任の範囲で楽しむべきだ。
3ヶ月後の今
3ヶ月前、鏡の前で黄ばみ始めた自分の髪を見て、次の美容院の予約を早めようかと本気で悩んでいた自分がいた。褪せていく髪色と共に、自分の気持ちまで沈んでいくような、あの感覚。今はもう、その憂鬱とは無縁だ。次の予約日まで、焦りも諦めもない、穏やかな気持ちで過ごすことができる。
髪色が綺麗だと、それだけでその日一日を少しだけ前向きに始められる。そんな単純なことが、日々の生活の質を大きく左右するのだと知った。浴室の床を洗い流す数分の手間は、その自信を維持するための、ささやかな対価だ。鏡に映る黄ばんだ髪に、次の予約日まで心をすり減らす必要はもうない。自分の髪色を、自分の手で守るという選択肢はここにある。

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