実家のアポと、白くなる柴犬の話

essay_1772729535586

📝 この記事のポイント

  • 朝、出勤前に冷蔵庫を開けたら、賞味期限切れの食材が4つも並んでいた。
  • 一番手前の卵パックはすでに一週間前、奥には半額で買った豚バラブロックがなぜかラップも外されずに鎮座し、隣にはしなびた小松菜が悲しげに寄り添っている。
  • そして最奥には、存在すら忘れていた豆腐が、もうほとんど水の塊と化していた。

朝、出勤前に冷蔵庫を開けたら、賞味期限切れの食材が4つも並んでいた。

一番手前の卵パックはすでに一週間前、奥には半額で買った豚バラブロックがなぜかラップも外されずに鎮座し、隣にはしなびた小松菜が悲しげに寄り添っている。

そして最奥には、存在すら忘れていた豆腐が、もうほとんど水の塊と化していた。

うーん、これは酷い。

料理にハマっている、なんて人に言っておきながら、このザマだ。

最近、仕事が少し落ち着いてきて、凝った料理を作る時間が増えた。

週末はスーパーで「これは!

」と思う食材を見つけると、ついついカゴに入れてしまう。

平日の夜に「よし、今日はこれで腕を振るうぞ」と意気込むのだが、結局疲れてレトルトカレーに走ったり、コンビニのチキンばかり食べてしまったりする。

「明日こそはあの食材を…」と心に誓うものの、日々の忙しさに流され、食材たちは冷蔵庫の奥でひっそりと息絶えていくのだ。

もはや、私の冷蔵庫は食材たちの墓場と化している。

特にひどいのは、実家への帰省だ。

月に一度は顔を出す、と母親に軽い気持ちで約束してしまったものだから、これがまたプレッシャーになる。

約束を破るたびに母親からLINEが来る。

「今週末、帰ってくる?

」という、たった一言のメッセージ。

それだけの言葉なのに、なぜか刑事ドラマの取り調べを受けているかのような気分になる。

やましいことなど何もないはずなのに、罪悪感で胃がキリキリと痛む。

結局、直前になって「ごめん、仕事がちょっと…」と、いつもの言い訳を繰り出す羽目になる。

仕事、ごめんね、いつも私を悪者にして。

そんな体たらくな私でも、実家にはどうしても会いたい「生き物」がいる。

うちの実家で飼っている柴犬、「ハチ」だ。

もう10歳になるおばあちゃん犬なのだが、これがまた可愛い。

私が実家に帰るたびに、普段はクールなくせに、尻尾をブンブン振って出迎えてくれる。

その姿を見るためだけに、私は月に一度の約束を、できれば守りたいと思っている。

できれば、だけど。

そのハチが、最近どうも様子がおかしい。

というか、色が変わったのだ。

初めて気づいたのは、去年の年末に実家に帰った時だった。

普段は黒々とした毛並みが特徴だったはずのハチの背中に、うっすらと白い毛が混じっている。

それも、ただ白いというよりは、なんだか霜が降りたように、まだら模様になっている。

母親に「あれ?

ハチ、白くなった?

」と聞くと、母親は「そうなのよー、最近、どんどん白くなってきちゃって」と、まるで日焼けしたかのような軽い口調で言う。

いや、日焼けで犬の毛が白くなるわけないでしょ。

その時は「年を取ったからかな」くらいにしか思わなかった。まさか、そこからここまで加速するとは、夢にも思わなかったのだ。

そして、先日、久々に実家へ帰った時のことだ。

玄関を開けると、いつものようにハチが駆け寄ってきた。

しかし、一瞬、誰だか分からなかった。

そこにいたのは、以前の面影をどこかに残しつつも、明らかに「別の犬」だったからだ。

背中はおろか、顔、足、尻尾、体のほとんどが、真っ白な毛に覆われている。

特に顔周りの黒かった部分が、まるで雪景色のように真っ白になっていて、まるで別の犬種になったかのような変貌ぶりだ。

「え、ハチ!?あんた、誰!?」

思わず、そんな言葉が口から飛び出した。

ハチは私の声に、いつもと変わらぬ嬉しそうな顔で、クーンクーンと鼻を鳴らしている。

その行動だけは、まさしくハチそのものだ。

だが、見た目は完全に別人…いや、別犬だ。

以前の黒い毛は、わずかに耳の先と、尻尾の付け根あたりに名残がある程度。

例えるなら、そう、黒い墨汁をたっぷりと吸い込んだ筆を、白い紙の上で何度も洗って、ようやく薄い墨色になったような感じだ。

いや、もっと的確に言うなら、まるでモノクロ写真からカラー写真に変わったかのような、いや逆か。

カラー写真からモノクロ写真に…いや、これも違う。

例えが難しい。

とにかく、衝撃的な変化だった。

母親は、そんな私を見てケラケラ笑いながら「でしょー?

もう、別人みたいになっちゃって」と、まるで当たり前のように言った。

いや、当たり前じゃないでしょ。

犬の毛色って、こんなにガラッと変わるものなのか。

私が知っている柴犬は、茶色か黒か、せいぜい白い柴犬くらいのものだ。

まさか、黒から白に「進化」する柴犬がいるなんて。

いや、進化というよりは「変身」だ。

もはやハチは、黒柴から白柴へと、華麗なる転身を遂げたと言っても過言ではない。

その日の夜、私は実家でゆっくりと過ごしながら、ハチを観察した。

白くなった毛並みは、以前よりも柔らかく、そしてなんだか神々しくすら見える。

撫でると、その白い毛が指に絡みつき、以前の黒い毛とはまた違った感触がした。

ハチも気持ちよさそうに目を閉じ、私の手に頭をすり寄せる。

その仕草は、まぎれもなく私が知っているハチだ。

見た目は変わってしまったけれど、中身は何も変わっていない。

それがなんだか、とても安心した。

「でもさ、ハチって、なんでこんなに白くなったの?


食卓で、私は改めて母親に尋ねた。

母親は、お茶をすすりながら「さあねぇ、年だからじゃない?

人間だって白髪増えるでしょ」と、あっさりしたものだ。

確かに、私も最近、白髪がちらほらと増えてきた。

しかし、全身がこんなに白くなるというのは、さすがに私の想像を遥かに超えていた。

その日から、私はハチが「白柴」になったことを受け入れた。

いや、受け入れるしかなかった、というのが正直なところかもしれない。

以前の黒いハチを懐かしむ気持ちももちろんあるけれど、この白いハチもまた、可愛らしい。

むしろ、その変貌ぶりが、なんだか愛おしくすらなってきた。

そして、私の実家への帰省ルーティンも、少しだけ変わった。

以前は、母親との約束を守るため、という義務感が大きかったのだが、今は「白くなったハチに会いたい」という、純粋な好奇心と愛情が、私を実家へと向かわせる原動力になっている。

もちろん、いまだに約束は完璧に守れないダメ人間なのだが、以前よりは、きちんと実家へ顔を出す回数が増えたような気がする。

先日、また実家に帰った際、ハチはさらに白くなっていた。

もはや、耳の黒い部分もほとんど見当たらない。

完全に、純粋な白柴だ。

いや、もう柴犬というよりは、なんだか雪の妖精のような、神秘的なオーラを放っている。

「ハチ、お前、本当にすごいな」

私がハチの頭を撫でると、ハチは嬉しそうに私の顔を見上げて、尻尾をブンブン振った。

その姿を見ていると、なんだか私も、自分のダメなところばかりに目を向けるのではなく、もっと自分自身を許してあげてもいいのかもしれない、なんてことを思った。

年を取ると、色々なものが変わっていく。

それが自然なことなのだ。

冷蔵庫の賞味期限切れ食材も、まあ、たまには、ね。

いや、それとこれとは話が別か。

マンションに帰り、冷蔵庫を開けると、やはり賞味期限切れの豆腐が一つ、私を待っていた。

今度こそ、きちんと消費してあげよう。

白いハチに誓って。

いや、白いハチはそんなこと頼んでいないだろうけど。

とりあえず、明日の朝は、この豆腐で味噌汁を作ろう。

そして、週末は、ちゃんと実家に帰ろう。

今度こそ、完璧に。

多分。

いや、きっと。

うん、きっと。

そう、きっと。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

目次

📚 あわせて読みたい

 AIピック AI知恵袋ちゃん
AI知恵袋ちゃん
この著者の他の作品も読みたくなる〜
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次