📝 この記事のポイント
- 休日の昼下がり、ソファで寝転んでいたら猫に顔を踏まれて目が覚めた。
- 正確には、鼻の穴にひげが一本、ツンツンと触れる感覚。
- 重たいまぶたをゆっくり開けると、丸い瞳が覗き込んでくる。
休日の昼下がり、ソファで寝転んでいたら猫に顔を踏まれて目が覚めた。
正確には、鼻の穴にひげが一本、ツンツンと触れる感覚。
重たいまぶたをゆっくり開けると、丸い瞳が覗き込んでくる。
ああ、お腹が空いたのね、と寝ぼけ眼で頭を撫でてやる。
いつも通りの光景だ。
もう午後2時を回っている。
午前中のうちに洗濯を済ませ、軽く掃除機をかけた達成感からか、ついうたた寝をしてしまったらしい。
ぼんやりと天井を眺めながら、腕を伸ばしてサイドテーブルに置いていた携帯を掴む。
通知は特にない。
昨日から少し気になっていたことがあったのを思い出した。
そう、着信音のことだ。
数週間前、仕事で少し疲れていた時期に、ふと「なんか楽しいことないかな」と思った。
仕事中は常にマナーモードだし、家ではほとんど鳴ることもない。
だが、たまに鳴るその無機質な音に、なぜか無性に苛立ちを覚えたのだ。
気分転換に、何かちょっと面白い着信音にしてみよう。
そう思い立ったが吉日。
夜中のテンションで、私はある曲を着信音に設定した。
そう、プリキュアのテーマソングである。
別にプリキュアが特別好きというわけではない。
子どもの頃にアニメを見ていた記憶があるわけでもない。
ただ、なんとなく明るくて、元気が出そうで、そして何より、「まさかこの歳で、プリキュアはないだろう」という、ちょっとした反骨精神というか、自虐的な面白さを期待したのだ。
我ながら馬鹿なことをしている、と思いつつも、夫に「どう?
」と見せびらかすつもりで設定した。
設定画面はいつも通り複雑で、着信音なのか通知音なのか、はたまたアラーム音なのか、細かく分かれている。
私は「着信音」という項目を選び、意気揚々とプリキュアの曲を設定した。
これで電話がかかってきたら、あの明るいメロディが鳴り響く。
ちょっと面白いじゃないか。
夫の反応を見るのが楽しみだ。
数日後、その時は突然訪れた。
仕事中の休憩時間、同僚とカフェスペースでコーヒーを飲んでいた時のことだ。
急ぎの連絡が入るかもしれない、とマナーモードではなくバイブレーションにしておいた。
すると、私の携帯が震え出した。
画面を見ると、夫からの着信。
私は「お、ついに夫からのプリキュア電話!
」と内心ニヤリとした。
しかし、異変に気づいたのは、その直後だった。
私の携帯からは、プリキュアの歌が流れてこない。
いや、正確には、私には聞こえていない。
だが、同僚が、少し目を丸くして私を見ているのだ。
そして、その視線の先には、私の携帯電話。
「え、何それ?
」
同僚の言葉に、私は首を傾げた。
そして、彼女の指差す携帯の画面を見て、凍りついた。
画面には、「通話中」の文字。
そして、スピーカーマークが点灯している。
まさか。
私は慌てて耳に当てた。
「もしもし?
」
「もしもしじゃないよ!
何?
その歌!
ずっと流れてるんだけど!
まさかスピーカーにしてるの?
」
耳元から聞こえてきたのは、夫の怒りとも呆れともつかない声、そして、その声の向こうで、微かに聞こえるプリキュアのテーマソング。
そう、私は着信音を設定したと思っていた。
だが、実際に設定されていたのは、まさかの「呼び出し音」だったのだ。
しかも、スピーカーオン。
つまり、夫は、私が電話に出るまでの間、およそ10秒間。
プリキュアのテーマソングをフルボリュームで聴かされていたのである。
「ご、ごめん!
いや、ごめん!
間違えた!
本当に間違えた!
」
私は半泣きで謝り、急いで携帯の設定画面を開いた。
するとそこには、着信音の項目ではなく、「呼び出し音」という見慣れない項目が、しっかりとプリキュアに設定されているのだった。
ああ、なんてことだ。
同僚は、私の顔と携帯を交互に見ながら、面白そうに笑っていた。
「プリキュア…呼び出し音…ウケるんだけど」
もう恥ずかしいなんてレベルじゃない。
これはトラウマだ。
夫からはその後も数日、「お前、まさか取引先にもプリキュア聞かせてないだろうな?
」と、事あるごとにからかわれた。
もちろん、とんでもない。
あれ以来、私は着信音も呼び出し音も、初期設定の無難な音に戻している。
もう二度と、あの設定画面と格闘することはないだろう。
こういう、ちょっとした「やらかし」は、日常のあちこちに転がっている。
先日も、スーパーでのことだ。
夕食の献立を考えながらカートを押していると、見慣れない「高級食パン」の特設コーナーが目に入った。
普段は食パンなんて、一番安いメーカーのものを買うのが常だ。
でも、その日だけは違った。
「期間限定」というポップと、「一口食べたら止まらない」というキャッチフレーズに、私の心は踊った。
「今日は贅沢しちゃおっかな」
夫と二人暮らしだし、たまにはいいだろう。
そう思って、いつも買っている3斤入りの食パンの棚の前を素通りし、高級食パンのコーナーへ。
一斤850円。
普段の食パンの約4倍の値段だ。
それでも、バターたっぷりの香ばしい匂いが漂ってきて、もう抗えなかった。
レジに並び、会計を済ませて自宅へ。
早速、翌朝食パンを切ってみると、驚くほどの柔らかさ。
耳までふわふわで、これは確かに美味しい。
夫も「うまいな」と喜んでくれた。
だが、喜びも束の間。
その食パン、賞味期限が短いのだ。
「あれ?
もう明日までだ」
買ってから3日目にして、残りが半分。
夫は朝食をあまり食べない人だし、私は仕事の日は家で朝食を取る時間がほとんどない。
休日にゆっくり食べるくらいで、一斤850円の食パンを、二人で毎日食べきるというのは、想像以上にハードルが高かった。
結局、最後の方は少しだけ硬くなってしまった部分を、フレンチトーストにしてなんとか食べきった。
決して不味かったわけじゃない。
むしろ美味しかった。
でも、あの衝動買いは、果たして正解だったのか。
普段の食パンで十分だったのではないか。
そんな後悔の念が、胃の奥にじんわりと残った。
でも、人間、喉元過ぎれば熱さを忘れる、とはよく言ったものだ。
先日またスーパーに行ったら、同じ高級食パンが目に入った。
その時は買わなかったけれど、心の中で「今度はもう少し計画的に買おうかな」なんて、うっすら考えている自分がいた。
懲りてないのだ、全く。
以前、ネットで見かけた「寝る前に充電しようとして、充電器じゃなくてヘアアイロンを刺して寝てた」という話にも、思わず笑ってしまった。
私だけじゃないのだ、こういうちょっとしたドジを繰り返しているのは。
仕事で疲れて帰ってきて、お風呂に入ろうと浴室へ。
電気をつけたら、なぜか洗濯機が回っている。
あれ?
洗濯は朝したはずなのに。
よく見たら、今朝洗い忘れた靴下が一枚、洗濯槽の底に沈んでいる。
ああ、もう。
こういう時、自分の脳みその隙間風具合を実感する。
夫も、似たようなものだ。
休日の朝、私がまだ寝ている間に「ちょっとコンビニに行ってくる」と出かけて行った。
しばらくして帰ってきて、手に持っていたのは、なぜか私の好きな高級アイス。
「お、ありがとう」と受け取ると、夫は申し訳なさそうに言った。
「いや、ごめん。
自分の分のパン買おうと思ってたのに、気づいたらこれレジに出してた」
どうやら、いつもの習慣で私の好きなものを手に取ってしまい、そのまま会計を済ませてしまったらしい。
自分のパンは買い忘れたまま。
もう。
でも、美味しいアイスが手に入ったので、結果オーライ。
こんな毎日だ。
結局のところ、私はこういう人間なのだ。
衝動買いをしては少し後悔し、でもまた同じようなものを買ってしまう。
変な設定ミスをしては恥をかき、でも数ヶ月後にはまた何かやらかしている。
洗濯機を回し忘れたり、充電器とヘアアイロンを間違えたり。
こういう小さな「やらかし」や「あるある」を繰り返しながら、毎日を生きている。
でも、それでいいんじゃないかと思う。
完璧な人間なんて、つまらないかもしれない。
ちょっと抜けているくらいが、人生にはユーモアがあって、話のネタにもなる。
猫に顔を踏まれて起きる朝、プリキュアの呼び出し音で恥をかく休憩時間、衝動買いした高級食パンを慌てて食べる休日。
そんな、ちょっとばかり不器用で、でも愛おしい日常を、これからも私は生きていくのだろう。
そしてまた、どこかで何かをやらかすに違いない。
その度に、きっと私は、小さく笑いながら、「ああ、またやっちゃった」と、心の中で呟くのだ。
それで、いいのだ。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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