飲まない友にせんべろ頼んだら、春の味覚が届いた話

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📝 この記事のポイント

  • 銀行のATMで操作を間違えて、後ろに並んでいる人のプレッシャーを感じた。
  • こういう時、なぜか指がスムーズに動かないんだよね。
  • 結局、係員の人に助けてもらう羽目になった。

銀行のATMで操作を間違えて、後ろに並んでいる人のプレッシャーを感じた。

どうにも焦る。

こういう時、なぜか指がスムーズに動かないんだよね。

結局、係員の人に助けてもらう羽目になった。

情けない。

春の陽気が僕の判断力を鈍らせたのかもしれない。

最近、単身赴任から帰ってきて、家族との生活に再適応中だ。

最初は自分のペースで動けていたのに、すっかり忘れかけていた「誰かと一緒に暮らす」ことの難しさ。

いや、難しさというか、単純にペースが掴めない。

朝食一つとっても、妻や娘の準備の邪魔にならないように、そーっと動く。

まるで忍者だ。

靴下を片方だけ見失って、朝から「どこいったのー!

」と叫ぶなんて、単身時代にはあり得なかった。

あの頃は、靴下が行方不明でも、まあいっか、と適当な別のを履いていた。

今はそうはいかない。

そんな僕が、先日、大学時代からの友人であるタカシと会った。

タカシは生粋の下戸だ。

ビール一口で顔が真っ赤になり、日本酒の匂いを嗅いだだけで「うっ」となる筋金入り。

飲み会でもいつも烏龍茶一択。

でも、彼の飲み会での存在感は半端ない。

酔っ払いを冷静に観察し、的確なツッコミを入れる。

それがまた面白い。

彼の目から見た酔っ払いの世界、一度覗いてみたいものだ。

そのタカシに、ある日、とんでもない無茶ぶりをしてみた。

「タカシ、お前に頼みがある」
「なんだよ、改まって」
「お前のセンスで、『せんべろセット』を買ってきてくれないか?


タカシは目を丸くした。

「せんべろ?

俺が?

酒飲まないのに?


「そう!

飲まないお前だからこそ、客観的に選べるだろう?

予算は千円。

スーパーで適当に見繕ってきてくれ。

あ、酒は僕が用意するから、つまみだけでいい」
僕は千円札を彼の手に握らせた。

タカシは困惑しつつも、「分かった、やってみる」と、どこか楽しそうにスーパーへ向かっていった。

僕はタカシがどんなものを選んでくるのか、想像してニヤニヤが止まらなかった。

きっと、酒飲みが喜びそうな、濃い味付けのものを選ぶだろう。

柿の種とか、チーズ鱈とか、あたりめとか。

僕も単身赴任中は、よくスーパーで一人飲み用のつまみを選んでいた。

あの棚の前で、今日は贅沢に300円の生ハムにするか、それとも堅実に100円のピーナッツにするか、真剣に悩んだものだ。

あの頃の自分に、今の家族の賑やかさを見せてやりたい。

きっと度肝を抜かれるだろうな。

タカシがスーパーから戻ってきたのは、それから20分ほど経った頃だった。

僕の目の前に広げられた「せんべろセット」を見て、僕は思わず声を上げた。

「……え、これ?


そこにあったのは、僕の想像を遥かに超える、いや、斜め上を行くラインナップだった。

まず、一番目立つ場所に鎮座していたのは、「新玉ねぎ」だ。

しかも、結構大きいのが一個。

「新玉ねぎ?

これ、つまみ?


タカシはしたり顔で頷いた。

「そうだよ。

生のまま、薄切りにしてポン酢で食べたら最高だろ?

春の味覚だよ」
いや、確かに美味しいけどさ。

せんべろって、もっとジャンクなイメージがあるじゃないか。

居酒屋のスピードメニュー的な。

新玉ねぎ、それは確かに春の味覚だけど、どっちかっていうと食卓の主役級じゃないのか。

次に、彼の指が指したのは、「菜の花のおひたし」のパック。

「これも春だろ?

ほろ苦さがたまらないんだよな」
うーん、確かに美味しい。

大人になったら菜の花の苦味が好きになるって言うけど、まさかせんべろのつまみに選ばれるとは。

しかも、おひたし。

これは完全に健康志向だ。

僕が単身赴任中に食べていたものとは、かけ離れた「健全さ」がそこにあった。

さらに、「竹の子の水煮」のパックが一つ。

「これは煮物にするか、炊き込みご飯にするか迷ったんだけど、まあ、軽く焼いて塩で食べてもいいしな」
いやいや、竹の子の水煮って、そこから料理する前提だよね?

せんべろって、袋から出してすぐ食べられるものが基本じゃないの?

このあたりで、僕の抱いていた「せんべろ」の概念が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

そして、最後に彼が取り出したのは、「豆腐」。

木綿豆腐だ。

「これは冷奴だね。

薬味を乗せて。

シンプルイズベスト」
シンプルイズベスト、それはそうだけど。

これ、完全に夕食の一品だよな。

タカシの選んだ商品は、新玉ねぎ、菜の花のおひたし、竹の子の水煮、そして豆腐。

合計金額は980円だったらしい。

見事に千円以内だ。

僕は笑いをこらえるのに必死だった。

「タカシ……お前、これ、せんべろじゃなくて、『春の健康定食』じゃないか?


タカシはきょとんとした顔で、「え?

だって、春の旬の食材って、美味しいじゃないか。

これに日本酒とか焼酎を合わせたら、絶対美味しいって!


その言葉に、僕はハッとした。

彼は酒を飲まない。

だからこそ、純粋に「美味しいもの」を選んだんだ。

酒のつまみとしてではなく、食材そのものの美味しさを基準に。

僕が「酒飲み目線」で考えていたのとは、全く違う視点だった。

僕が単身赴任中、スーパーで選んでいたせんべろセットは、だいたいこんな感じだった。

冷凍餃子、味付けメンマ、チーズかまぼこ、そして、ちょっと奮発して鶏皮の唐揚げ。

とにかく味が濃くて、すぐに食べられて、安くて、量があるもの。

栄養バランスなんて二の次、三の次。

なんなら、カップ麺と一緒にビールを流し込む日だってあった。

あれはあれで、僕なりの「自由」だったのかもしれない。

だけど、タカシの選んだ「春の健康せんべろセット」を見て、ふと思ったんだ。

酒を飲まない彼だからこそ、食材そのものの持つ、季節の移ろいや瑞々しさを楽しんでいるのかもしれない。

僕がアルコールというフィルターを通してしか見えていなかった「食」の世界を、彼はもっとクリアな視点で捉えている。

結局、その夜は、僕がビールを、タカシは烏龍茶を飲みながら、タカシプロデュースの「春の健康定食風せんべろセット」を楽しんだ。

新玉ねぎは本当に甘くて、シャキシャキとした食感が心地よかった。

菜の花のほろ苦さは、ビールの苦味と相まって、大人の味覚を刺激する。

竹の子の水煮は、僕が醤油とみりんで軽く煮てみた。

これがまた、素朴で美味しかった。

豆腐は冷奴にして、ネギと生姜をたっぷり乗せた。

どれもこれも、僕が普段選ぶつまみとは真逆の方向性だったけれど、これがまた新鮮で、美味しかったんだ。

春の食材が、僕の体の中にじんわりと染み渡っていく感じ。

単身赴任で荒んでいた胃腸が、少しずつ癒されていくような。

僕とタカシ。

酒を飲む僕と、全く飲まない彼。

同じスーパーで同じ目的のために商品を選んでも、こうも違う結果になるものかと、改めて人間観察の面白さを感じた。

僕が「酒のつまみ」として選ぶものが、いかに酒の味を前提にしたものだったか。

彼は「美味しいもの」として選ぶ。

その違いは大きい。

もちろん、僕の選ぶジャンクなせんべろセットも、それはそれで至福の時間を提供してくれる。

あの背徳感と、手軽さ。

ビール片手にポテトチップスを貪る快感は、何物にも代えがたい。

でも、タカシの選んだセットは、まるで一服の清涼剤のようだった。

春の訪れを感じさせてくれる、優しい味。

単身赴任から帰ってきて、妻が作る食事のありがたさを日々感じている。

あの頃は、食材の旬なんて二の次だったけど、今は食卓に並ぶ山菜の天ぷらや、春キャベツのサラダに、季節の移ろいを感じる。

僕の身体も、少しずつ、季節に寄り添う生活へとシフトしているのかもしれない。

どっちが良いとか悪いとか、そういう話じゃない。ただ、違う視点を持つことの面白さ。そして、それを素直に受け入れられる心の余裕。タカシの「春の健康せんべろセット」は、僕にそんな気づきを与えてくれた。

次にまたタカシにせんべろセットを頼むなら、今度は「夏の盛り合わせ」をお願いしてみようか。

きっと、枝豆とナスとトマトとか、そんなラインナップになるんだろうな。

それはそれで、また楽しみだ。

あのスーパーの野菜売り場に立つタカシの姿を想像すると、またクスッと笑えてくる。

春の風が心地よく、僕の頬を撫でていった。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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