📝 この記事のポイント
- 朝、出勤前に冷蔵庫を開けたら、賞味期限切れの食材が4つも並んでいた。
- 一番手前の卵パック、隣の小松菜、奥の豚バラ肉のブロック、そして端っこに隠れていたロースハムのパック。
- どれもこれも、昨日まで「まだ大丈夫」と脳内で棚上げされていたものたちだ。
朝、出勤前に冷蔵庫を開けたら、賞味期限切れの食材が4つも並んでいた。
一番手前の卵パック、隣の小松菜、奥の豚バラ肉のブロック、そして端っこに隠れていたロースハムのパック。
どれもこれも、昨日まで「まだ大丈夫」と脳内で棚上げされていたものたちだ。
特にハムは、開けたら最後、3日以内に食べきらなければならないという暗黙のルールに怯え、なかなか手が出せなかった。
僕はマンションの角部屋に一人暮らしをしていて、料理は好きだし、最近は少し凝ったものにも挑戦するようになったけれど、この「食べきらなければならない」というプレッシャーには、未だ慣れない。
独身男性が週末に奮発してスーパーで買った食材を、平日の慌ただしさの中で消費しきれずに見送る。
これはもう、ある種の通過儀礼のようなものかもしれない。
金曜の夜、「これで週末は料理三昧だ!
」と意気揚々とカゴに入れた新鮮なアスパラガスが、水曜の夜にはしなびた緑の棒になり果てている、なんてことは日常茶飯事だ。
僕はため息をつきながら、とりあえず卵はゆで卵にして、小松菜は軽く茹でて冷凍庫へ。
豚バラはさすがに無理なので、観念してゴミ箱へ。
そしてハム。
これはもう、どうしようもない。
パッケージに印刷された数字が、まるで僕のずぼらさを糾弾しているかのようだった。
僕の日常ルーティンは、規則正しくもどこか隙だらけだ。
平日は朝7時に起きて、簡単な朝食を済ませ、8時過ぎには家を出る。
夜は会社から直帰し、スーパーに寄ってその日の夕飯の材料を調達。
自炊する日は、大体9時くらいからキッチンに立つ。
以前は外食やコンビニ弁当ばかりだったけれど、この数年で料理の楽しさに目覚めてからは、ほとんど毎日キッチンに立っている。
凝った料理を作るのも好きだし、何より出来立ての温かいものを食べるのは、一人暮らしの僕にとって至福の時間なのだ。
ただ、困ったことに、一度予定が狂うと、すべてが連鎖的に崩れていく傾向がある。
例えば、同僚から「今夜、ちょっと一杯どう?
」なんて誘いがあった日。
僕の頭の中では、その日の夕飯の献立、スーパーで買う食材、調理の手順まで、完璧にシミュレーションされている。
それが急にキャンセルになる。
すると、予定していた食材が冷蔵庫に余り、翌日以降の献立も総崩れ。
さらに、その日の分の洗濯物も「明日でいいか」となり、結果的に週末に地獄のような洗濯物の山と格闘することになる。
この「計画が崩れるとダメ人間化する」という特性は、昔から僕の課題だ。
学生時代、友人と週末に遊びに行く約束をして、前日まで「絶対に行く!
」と張り切っているのに、当日朝、急に目覚ましが鳴らなかったり、ちょっとした体調不良を感じたりすると、一気に「今日は無理だ…」となってしまう。
そして、罪悪感に苛まれながら「ごめん、ちょっと体調が…」とメッセージを送る。
相手はいつも優しく「無理しないでね」と言ってくれるけれど、僕はそのたびに自己嫌悪に陥るのだ。
大人になった今でも、この「約束を守れない自分」というのが、僕の人生の小さな暗い影となっている。
その日も、冷蔵庫のハムを見つめながら、僕は過去の「ダメ人間エピソード」をいくつか反芻していた。
ああ、またやってしまった。
このハムも、もしかしたら僕との約束を守れなかった食材の一つなのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えていたら、突然、友人の田中から電話がかかってきた。
「おい、見たか?
今日の皆既月食!
すごいぞ、真っ赤っかだ!
」僕は慌てて窓の外を見たが、マンションの窓からは生憎、月は見えなかった。
「残念、こっちからは見えないな。
でも、ニュースで見たよ。
すごい迫力だったって」
「いやいや、それだけじゃないんだよ。
今、ネットで話題になってる写真があってさ。
黒い背景にハムを置いた写真なんだけど、それが皆既月食にそっくりなんだ!
」
「は?
ハム?
僕は半信半疑で、言われた通りにスマホで検索してみた。
すると、確かに、あった。
黒い背景の中央に、一枚の丸いロースハムが置かれている写真。
それが、妙に、皆既月食の赤銅色に輝く月に見えてくるのだ。
ハムの表面のわずかな凹凸がクレーターのようにも見え、脂身の光沢が月の光のようにも錯覚させる。
「なんだこれ、確かに月っぽい…」僕は思わずつぶやいた。
「だろ? 人間って、意外と騙されやすいんだよな。いや、むしろ、見ようと思えば何でもそれに見えちゃうっていうかさ」
田中の言葉が、妙に心に響いた。
見ようと思えば何でも。
僕の冷蔵庫のハムも、見ようによっては何か別のものに見えるのだろうか。
例えば、僕のずぼらさを表す象徴とか、あるいは、僕がもう少し計画的に生きれば輝けたはずの未来とか。
いや、ちょっと大げさすぎるか。
その夜、僕は何だか無性にハムが食べたくなり、賞味期限切れのハムは捨ててしまったものの、近所のスーパーまで自転車を走らせ、新しいロースハムの塊を買ってきた。
そして、帰ってきてすぐに一枚、皿に盛り付け、電気を消した部屋で、スマホの画面に映る「画像はハムです」と書かれた写真と見比べてみた。
「うん、やっぱり月だ」
そう呟いて、僕はハムを一口食べた。
塩味と肉の旨みが口いっぱいに広がる。
こんな風に、ハムをじっくり味わうことなんて、今までなかったかもしれない。
普段はただのサンドイッチの具材か、サラダの彩り程度にしか考えていなかった。
でも、今夜のハムは、僕にとって特別な存在になった。
皆既月食という、地球と月と太陽が織りなす宇宙の奇跡。
その壮大な現象と、僕の冷蔵庫の片隅でひっそり役割を終えようとしていた一枚のハムが、まさかこんな風に繋がるなんて。
その日から、僕の食生活に、少しだけ変化が生まれた。
以前は「これを使い切らなければ」という義務感から料理を始めることが多かったけれど、今は「この食材でどんな発見があるだろう」という好奇心の方が勝るようになった。
例えば、スーパーで安くなっていたブロッコリーを手に取り、「これ、もしや、深海のサンゴ礁に見えるんじゃないか?
」なんて、くだらないことを考えながらカゴに入れる。
帰ってきて、まな板の上でブロッコリーを小分けにしながら、「この一つ一つの粒が、宇宙に浮かぶ星々みたいだなぁ」なんて、またもや壮大な妄想を膨らませる。
もちろん、相変わらず食材を使いきれずにダメにしてしまうこともあるし、急な誘いに乗ってしまって、約束していた自炊をすっぽかしてしまう日もある。
先日も、友人との約束をすっかり忘れていて、前日に「明日、例の店、何時に集合だっけ?
」と連絡が来て、冷や汗をかいたばかりだ。
結局、相手には「ごめん、ちょっと急用が…」とまたもやダメ人間な言い訳をしてしまった。
でも、前とは少しだけ違う。
以前は、そんな自分を責めるばかりだったけれど、今は「まあ、人間だもの」と、ほんの少しだけ、自分に優しくなれるようになった気がする。
冷蔵庫の中でしなびていくレタスを見ても、以前のように「ああ、僕って本当にダメだ」と絶望するのではなく、「このレタスも、きっと僕に何かを伝えようとしてるんだろうな」と、妙な達観すら覚える。
いや、別にレタスが何かを語りかけてくるわけではないんだけれど。
きっと人生なんて、皆既月食に見せかけたハムのようなものなんだ。
壮大な計画を立てて、完璧に実行しようとするけれど、思わぬところで躓いたり、予定外のものが目に飛び込んできたりする。
そして、それが実は、とんでもない発見だったりする。
僕の冷蔵庫のハムが、皆既月食の代わりに見えたように。
そして、僕が約束を守れないダメ人間であることも、もしかしたら、僕の人生にとっては必要な「クレーター」なのかもしれない。
今夜も僕は、冷蔵庫の残り物で夕食を作る。
残っていた鶏むね肉と玉ねぎで、簡単な炒め物だ。
玉ねぎを薄切りにしながら、ふと、その断面が、宇宙の渦巻銀河のように見えてきた。
そして、その中心には、僕の小さな食卓がある。
明日もきっと、僕は約束をすっぽかしたり、冷蔵庫の食材を腐らせたりするだろう。
でも、それもまた、僕の人生のちょっとした「月食」なんだ。
そう思うと、少しだけ、心が軽くなる。
「今日の玉ねぎ、なかなかだな」僕は一人、小さく呟いて、フライパンに油をひいた。
ジュッと、心地よい音が響く。
この音もまた、僕だけの宇宙の響きなのかもしれない。
そういえば、先日買った新しいハムのパック、まだ開けてなかったな。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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