私が知った『待つ』ことの奥深さ:時間をかける贅沢を手に入れた日々

📝 この記事のポイント

  • 最近、時間の流れが加速しているように感じることはないだろうか。
  • スマートフォンを開けば、欲しい情報は一瞬で手に入る。
  • クリック一つで商品は翌日、いや、もしかしたら数時間後には玄関に届いているかもしれない。

最近、時間の流れが加速しているように感じることはないだろうか。スマートフォンを開けば、欲しい情報は一瞬で手に入る。クリック一つで商品は翌日、いや、もしかしたら数時間後には玄関に届いているかもしれない。AIと話せば、考えるよりも早く答えが返ってくる。私たちは「待つ」という行為そのものを、いつの間にか効率の悪いもの、無駄な時間だと捉えるようになってしまったのかもしれない。私自身も、そうだった。信号の待ち時間でさえ、ついついスマホを見てしまう。エレベーターが来るまでの数秒すら長く感じる。でも、ふとある時、こんなに急いで、一体どこに向かっているのだろう、と疑問に思ったんだ。もう少しだけ、ゆっくり時間をかけてみたら、何が見えるのだろう。そんな思いが、私の小さな実験の始まりだった。

目次

最初の印象

「待つ」という言葉を聞くと、昔は「忍耐」とか「我慢」といったネガティブなイメージが先行していた気がする。世の中は常に「時短」「効率化」「即時性」を求めているから、待つことはまるで時代の流れに逆行するかのようだった。私も、新しい情報や技術が瞬時に手に入ることに何の疑いも抱いていなかったし、むしろそれが進化の証だと信じていた。だからこそ、自分の生活の中に「待つ」という要素を意識的に取り入れるなんて、最初は想像もしていなかった。「待つなんて時間の無駄じゃないか」と、正直そう思っていたんだ。

実際に使ってみて

そんな私が、ある日突然「待つ」という行為を意識的に生活に取り入れ始めた。きっかけは、手紙だった。友人から「最近、手書きの手紙を書くことにハマってるんだ」という話を聞いて、面白そうだと感じたのが最初。スマホでメッセージを送れば一瞬なのに、あえて便箋を選び、万年筆でインクを染み込ませながら文字を綴る。書き損じればやり直し。完成までにかかる時間もそうだけど、投函してから相手に届き、そして返事が来るまでの数週間、ひたすら「待つ」という体験が、デジタルネイティブの私には新鮮だった。ポストを覗くたびにドキドキするあの感覚。まるで宝探しみたいで、今まで経験したことのない感情が芽生えたんだ。

次に試したのは、簡単な料理。いつもはスーパーのお惣菜や冷凍食品に頼りがちだったんだけど、休日にパンを焼いてみることにした。イーストを発酵させ、生地をこね、一次発酵で一時間、成形してまた発酵、そしてオーブンで焼く。全てを合わせると、本当に何時間もかかる。コンビニで買えば百円ちょっとで手に入るパンに、こんなに時間を使う意味があるのかと自問自答しながら、それでも手を動かし続けた。

良かったところ

「待つ」ことを生活に取り入れてみて、本当にたくさんの良い変化があったよ。

  • 心のゆとりが生まれた

時間に追われる感覚が減り、心にスペースができたのを感じる。手紙の返事を待つ間、パンが膨らむのを待つ間、私はただぼーっと窓の外を眺めたり、音楽を聴いたりする。この「何もしない時間」が、実は一番豊かだったりするんだ。

  • 五感が研ぎ澄まされた

パンが焼ける香ばしい匂い、土の感触、植物の成長を促す太陽の光。待つことで、周りの環境や、自分が生み出しているものの変化に敏感になった。普段は気づかないような小さなサインを、一つ一つ見つけられるようになったんだ。

  • 達成感と喜びが深まった

時間をかけて手に入れたものは、その価値が何倍にもなる。焼き立てのパンを一口食べたときの感動、友人からの手紙を開封したときの喜び。これらは、即座に手に入るものからは決して得られない、じんわりと心に染み渡るような幸福感だった。待ったからこそ、その瞬間が輝いて見えたんだ。

気になったところ

もちろん、「待つ」ことには良いことばかりじゃなくて、少し難しいなと感じる点もいくつかある。

  • 効率とのトレードオフ

現代社会で生きていく上で、全てのことを「待つ」スタイルで進めるのは非現実的だ。仕事や緊急の用事では、どうしてもスピードと効率が求められる。どこまで「待つ」ことを選択し、どこから「効率」を優先するか、そのバランスを取るのがまだ難しいなと感じるよ。

  • 焦りや不安を感じる瞬間も

特に手紙の返事なんかは、「ちゃんと届いたかな」「いつ来るんだろう」と、待つこと自体が小さなストレスになる時もある。もちろんそれも楽しさの一部ではあるんだけど、完全に「無」の心境でいられるわけではないんだ。

どんな人に向いてる?

この「待つ」という贅沢な時間の過ごし方は、こんな人に特に向いていると思う。

  • 日々の忙しさやスピード感に疲れて、心のゆとりを求めている人
  • モノや情報に溢れる中で、本当に大切なものを見つけたいと感じている人
  • 五感を通して、より豊かな体験をしたいと思っている人
  • じっくりと時間をかけるプロセス自体を楽しめる人

使い続けて数ヶ月の今

「待つ」ことを意識的に取り入れて数ヶ月が経った今、私の生活は確実に変わった。以前は無駄だと思っていた時間が、今ではかけがえのないものだと感じている。手紙のやり取りは今も続いているし、休日には新しいパンのレシピに挑戦するのも楽しみの一つだ。もちろん、全ての事柄に「待つ」を適用できるわけではないけれど、少なくとも、情報やモノがすぐに手に入る現代において、あえて「待つ」ことを選ぶ贅沢を知った。それは、デジタル化が進む世界で、自分だけのスローペースを保つこと。そんな感覚に近いのかもしれない。

まとめ

「待つ」ことは、決して時間の無駄じゃない。それは、日々の生活に深みと彩りを与え、私たち自身の感覚を研ぎ澄ませてくれる最高のスパイスだ。すぐに手に入る便利さももちろん魅力的だけど、時には一呼吸置いて、時間の流れに身を任せてみる。そうすることで、今まで見過ごしていた小さな幸せや、心ゆくままに味わうことのできる喜びに出会える。デジタルが加速するこの時代だからこそ、私はこれからも「待つ」という贅沢を大切にしていきたい。だって、人生は、待つ時間があるからこそ、より味わい深くなるのだから。

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