📝 この記事のポイント
- 近所のコンビニで、いつもと違う店員さんが弁当を温めすぎて湯気がすごい。
- もはや蒸気機関車かってくらいの勢いで、真っ白なモヤが弁当コーナーを覆っている。
- 僕が頼んだのは「大盛りタルタルチキン南蛮弁当」だ。
近所のコンビニで、いつもと違う店員さんが弁当を温めすぎて湯気がすごい。
いや、すごいなんてもんじゃない。
もはや蒸気機関車かってくらいの勢いで、真っ白なモヤが弁当コーナーを覆っている。
僕が頼んだのは「大盛りタルタルチキン南蛮弁当」だ。
頼んだ瞬間から脳内でタルタルの海に溺れるチキンを想像していたのに、この湯気は僕の食欲を覚醒させるどころか、一瞬「あれ、サウナに来たんだっけ?
」と錯覚させるレベルだ。
きっと新入りさんなのだろう。
一生懸命なのは伝わるけれど、ここまでくると逆に清々しい。
むしろ「俺のチキン南蛮、温泉入ってるなう」くらいの心境で、レジの列でニヤニヤしてしまう。
温め直しのボタンを長押ししちゃったのかな。
それとも、僕の腹ペコ具合を察して、気合いを入れすぎた結果だろうか。
会計を済ませ、熱々を通り越して「激熱」になった弁当を両手で持ってみると、まるで湯たんぽだ。
真冬ならありがたいかもしれないが、今はまだ秋の気配が残る季節。
指先がじわじわと熱くなる。
それでも、この熱さを乗り越えた先に待つであろうチキン南蛮の誘惑には勝てない。
早足で家まで帰り、すぐに蓋を開けた。
案の定、ご飯は水分を含みすぎて、まるで炊き込みご飯の様相を呈している。
タルタルソースは熱で少し分離気味。
チキンも衣がしっとりを通り越してべっとりだ。
あれほど想像していたサクサク衣の夢は、あっけなく湯気の中に消え去った。
それでも、腹は減っている。
熱気を帯びたチキンを箸で持ち上げ、ふーふーしながら口に運ぶ。
うむ、味はしっかりチキン南蛮だ。
ただ、食感が惜しい。
惜しすぎる。
まあ、これも一興か、と自分に言い聞かせる。
むしろ、これだけ熱いと猫舌の僕にとっては食べるのに倍の時間がかかって、結果的にゆっくり味わえるというメリットもあるかもしれない。
いや、ないな。
早く食べたい。
結局、食べるのに15分くらいかかった。
普段なら5分で平らげる弁当なのに。
こんな些細な、だけど確実に生活に影響を及ぼす「見えないルール」というか、「慣れない人」による変化って、日常に潜んでるよなあ、なんてことを思いながら、僕は熱いお茶で口の中を冷ましていた。
そういえば、つい数年前、会社のリフレッシュ休暇でバリ島へ行った時のことだ。
初めての南国リゾートに浮かれまくり、空港に着いた瞬間から「これが楽園か……!
」と感動したものだ。
宿泊したのは、ちょっと奮発してヴィラタイプのホテル。
プライベートプール付きで、朝食は部屋まで運んでくれるという至れり尽くせりなサービスに、僕は完全に心を奪われていた。
到着してすぐにプールに飛び込み、日差しを浴びながら冷たいビールを飲む。
まさに「非日常」を満喫していた。
そんな至福の時間の合間に、当然、洗濯物も出る。
筋トレが趣味な僕としては、毎日のようにTシャツや短パン、そして汗だくになったワークアウトウェアが山のように溜まっていく。
ヴィラには小さなテラスがあり、そこに洗濯物を干せるように物干し竿が備え付けられていた。
これはありがたい、と早速、洗濯機を回して脱水したばかりのウェアを干し始めた。
僕の洗濯物干しスタイルは、できるだけ高い位置に吊るして、風通しを良くするというものだ。
乾きが早くなるし、なんとなくカラッと仕上がる気がする。
なので、物干し竿の一番高い位置、しかも目立つ場所に僕のお気に入りの蛍光イエローのタンクトップをピンチで留めた。
バリの強い日差しと海風に晒せば、あっという間に乾くだろう。
そう考えて、僕は満足げに次のビールを開けた。
翌日、朝食を食べにレストランへ向かう途中、ホテルのスタッフが僕のヴィラの前に立っていた。
何だろう、忘れ物かな?
と思って近づくと、彼は片言の英語で「お客様、洗濯物、高い場所、ダメです」と、少し困ったような顔で言った。
僕は一瞬、意味が分からなかった。
「え?
ダメ?
どういうこと?
」と聞き返すと、彼はさらに言葉を選びながら「洗濯物、頭より上、ダメ。
低い場所、大丈夫」と、ジェスチャーを交えながら説明してくれた。
僕はポカンとしてしまった。
洗濯物を高い場所に干すのがダメ?
そんなマナー、聞いたことがない。
日本ではむしろ、日当たりと風通しを考えて、高めに干すのがセオリーじゃないか。
もしかして、あまりに派手な蛍光イエローのタンクトップが、リゾート地の景観を損ねているとでもいうのだろうか。
僕のセンスが問われている?
いやいや、それはないだろう。
このタンクトップは、僕の筋トレ仲間の中でも「お前、遠くからでも目立つな!
」と評判の、いわばステータスシンボルなのだ。
結局、その時は理由が分からず、とりあえず「OK、OK」と返事をして、ヴィラに戻って洗濯物を低い位置に干し直した。
なんだかモヤモヤする。
せっかくの南国リゾートなのに、こんな些細なことで注意されるなんて。
僕は日本の常識が通用しないことに少しだけ不満を感じていた。
いや、不満というか、戸惑いと「なんで?
」という疑問が頭の中をぐるぐる回っていたのだ。
その日の夕食時、ホテルのバーで飲んでいた時、たまたま日本語が話せる現地のスタッフと隣り合わせになった。
彼は僕が洗濯物の件で少し落ち込んでいるのを見て、「何かありましたか?
」と声をかけてくれた。
僕はここぞとばかりに、「洗濯物の件なんだけど、なんで高い場所に干しちゃダメなの?
」と聞いてみた。
すると彼は、にこやかに、だけど真剣な表情で説明してくれた。
「バリでは、頭はとても神聖な場所と考えられています。
ヒンドゥー教の教えでは、頭は神様に一番近い場所、魂が宿る大切な部分なんです。
だから、その頭よりも高い場所に、汚れたもの、特に下着や洗濯物を干すのは、神様への冒涜になる、とされているんです。
僕はその話を聞いて、目からウロコが落ちるような感覚だった。
なるほど、そういうことか!
単なるマナー違反とか、景観の問題とか、僕の派手なタンクトップが原因とか、そんなちっぽけな話ではなかったのだ。
これは、バリの人々が大切にしている宗教観、文化、そして生活の根幹に関わることだったのだ。
彼はさらに続けた。
「だから、バリの人は、洗濯物を干す時も、人目につかない低い場所や、屋内で乾かすことが多いです。
観光客の方には、なかなか理解しにくいかもしれませんが、私たちにとってはとても大切なことなんです。
僕は深く納得した。
そして同時に、自分の無知を恥じた。
目の前の小さな出来事の裏には、その土地の歴史や文化、信仰が深く根付いている。
それを知らずに、自分の常識だけで物事を判断していた自分が、いかに視野が狭かったかを思い知らされた。
コンビニの弁当の湯気を見て、ちょっとした失敗談として笑い飛ばせることと、バリの洗濯物のマナーのように、文化や信仰に根ざした「見えないルール」は、全く違う次元の話だった。
でも、どちらも僕の日常に小さな波紋を起こし、気づきを与えてくれた出来事だ。
それから僕は、バリでの滞在中、二度と洗濯物を高い位置に干すことはなかった。
お気に入りの蛍光イエローのタンクトップも、地面すれすれの高さで風に揺れていた。
乾きが悪い?
いや、それがその土地の流儀なのだから、文句は言えない。
むしろ、その方がなんだか清々しい気持ちになったのを覚えている。
帰国してからも、このバリでの経験は僕の心に残っている。
実家暮らしの僕は、母親が洗濯物を干してくれるのだが、以前は「もっと高く干せばいいのに」なんて思っていたこともあった。
でも今は、「まあ、お袋にもお袋の流儀があるんだろうな」と、それとなく納得している。
もしかしたら、僕の母親にも、僕の知らない洗濯物に関する「見えないルール」があるのかもしれない。
例えば、僕の筋トレウェアは必ず裏返して干す、とか。
そういえば、いつも裏返して干してくれてる気がするな。
あれは何だろう?
色落ちを防ぐため?
それとも、僕の汗が染み込んだウェアを直視したくないからか?
後者だったら、ちょっと複雑だけど。
結局のところ、僕たちの日常には、数えきれないほどの「見えないルール」が潜んでいる。
それは、コンビニの店員さんの温めすぎた弁当のように、ちょっとした個人の個性や失敗から生まれるものかもしれないし、バリの洗濯物のマナーのように、深い文化や信仰に根ざしたものかもしれない。
でも、どんな小さな出来事も、ちょっと立ち止まって考えてみると、意外な発見や気づきがあるものだ。
そういえば、この前、母親が作ってくれたカレーが、いつもより具材が小さかったことがあった。
僕は「あれ?
今日はカレーの具が小さいな」と思ったんだけど、もしかしたら、何か深い理由があったのかもしれない。
例えば、冷蔵庫に残っていた野菜を使い切りたかった、とか。
いや、単に僕が食べるのが遅いから、次の日の分まで小さく切ってくれた、とか。
それもまた、僕の知らない「見えないルール」の一つなのかもしれない。
結局、僕たちは、それぞれの「見えないルール」の中で生きている。
それに気づいた時、世界は少しだけ、面白く、そして優しく見えるようになる。
みんなも、そんな「見えないルール」にハッとさせられた経験、あるんじゃないかな。
僕の次の発見は、母親のカレーの具材の秘密かもしれないし、実家の洗濯物干し場の謎かもしれない。
何にせよ、日常はまだ、たくさんの「発見」で溢れている。
そして、そのどれもが、僕の食欲をそそるチキン南蛮弁当のように、ちょっとしたドラマを秘めているのだ。
ああ、またチキン南蛮食べたくなってきた。
今度は自分で温めて、完璧なサクサク衣で食べたいものだ。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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