渋谷の喧騒と、消えゆくレジの音の話

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📝 この記事のポイント

  • ネットで注文した服のサイズが合わなくて、返品の手続きが面倒で放置している。
  • 段ボールは玄関の隅に鎮座し、日に日に存在感を増している。
  • これ、もういっそメルカリに出すか? いや、それも梱包とか発送とか、結局面倒なんだよな。

ネットで注文した服のサイズが合わなくて、返品の手続きが面倒で放置している。

段ボールは玄関の隅に鎮座し、日に日に存在感を増している。

これ、もういっそメルカリに出すか?

いや、それも梱包とか発送とか、結局面倒なんだよな。

結局、元の服と一緒にクローゼットの奥に追いやられる未来が見える。

僕はそういう男だ。

先週末、面会で息子を連れて渋谷に行った。

もう小学三年生になった息子は、最近お気に入りのバンドがいるらしく、そのCDを買いたいと言う。

僕からすれば、音楽なんてサブスクで聴けば十分じゃないか、と思うんだけど、そこは世代の感覚の違いってやつかもしれない。

いや、僕も昔はCDを買っていたけど、わざわざ渋谷まで買いに行くかと言われると、うーん、という感じ。

「タワレコ行きたい!

」とキラキラした目で訴える息子に、「じゃあ、ついでにパパも何か見るか」なんて、全然ついでじゃないのに偉そうに言って、スクランブル交差点を渡った。

渋谷のタワーレコードは、いつ行っても人が多い。

特に、あの巨大なポスターが貼られた正面の入口は、いつも若者でごった返している。

なんだか、昔よりも人が増えているような気さえする。

息子は目的のバンドのコーナーに直行し、目を輝かせながらCDを手に取った。

限定版とか、特典とか、色々あるらしい。

僕が「それ、サブスクで聴けないの?

」と聞くと、「特典のポストカードが欲しいんだよ!

」と、まるで宇宙人を見るような目で見返された。

ああ、そうか。

音楽を聴くことだけが目的じゃないんだな。

フィジカルで手に入れること自体に価値がある、みたいな。

僕が若かった頃、友達と好きなバンドのCDを手に、ジャケットを眺めながらああだこうだと言い合った、あの感覚に近いのかもしれない。

僕もつられて店内をぶらぶらしてみた。

広いフロアには、確かにたくさんの人がいる。

特に若い子たちが多くて、みんな思い思いにCDを手に取ったり、試聴機でヘッドホンをつけたりしている。

イベントスペースでは、小さなステージで誰かが歌っていて、周りには熱心なファンがぎゅうぎゅうに集まっていた。

ああ、これが今、若者が熱狂する場所なんだな、と漠然と思った。

レコードプレーヤーも売っていて、妙に高価なアナログ盤を眺める人たちもいる。

僕が普段足を踏み入れない、別世界のようだった。

僕はというと、昔聴いていたバンドのベスト盤が、まだ現役で平積みされているのを見て、ちょっと感動したり、少し寂しくなったりしていた。

息子がレジに並ぶ間、僕は近くの椅子に座って、周囲の人たちを眺めていた。

みんな、本当に楽しそうだ。

デジタルでは得られない「体験」とか「所有欲」みたいなものが、この場所には溢れている。

僕がネットでポチッた服の返品を面倒がっている間に、彼らはわざわざ電車に乗って、この場所で、物理的なモノを手に入れるために時間と労力を費やしている。

その手間暇自体が、彼らにとっては価値のあることなのかもしれない。

僕からすれば、同じ音楽ならスマホで聴けばいいじゃん、とか、服ならAmazonでレビュー見て買うのが一番手っ取り早いじゃん、とか思ってしまうんだけど、それじゃあ味気ないってことなんだろうな。

息子が「買えたよ!

」とCDを抱きしめて戻ってきた。

満面の笑みで、まるで宝物でも見つけたかのような顔をしている。

僕もその笑顔を見て、なんだか昔を思い出した。

初めて買ったCDを、何度も何度も歌詞カードを読みながら聴いた夜のこと。

あの頃の自分も、きっとこんな顔をしていたんだろう。

渋谷での喧騒と若者の熱気とは裏腹に、ふと、実家のある地方の寂れた商店街を思い出した。

僕が子どもの頃、そこにはレンタルビデオ店があって、CDショップもあって、ゲームセンターもあって、毎日が賑やかだった。

でも、今はほとんどシャッターが閉まっている。

数年前、実家に帰省したとき、僕が中学の頃によく行っていたCDショップが、いつの間にかクリーニング店になっていたのを見た。

その時、なんとも言えない寂しさを感じたのを覚えている。

あれだけ夢中になって通った場所が、跡形もなく変わってしまっているなんて。

地方の郊外には、大型ショッピングモールがあるけれど、そこにも昔ながらのCDショップなんてない。

大手家電量販店の一角に、申し訳程度にCDが並んでいるくらいだ。

息子が渋谷で熱狂していたような場所は、もはや地方には存在しない。

実家から車で一時間かかる隣町に、かろうじて小さな本屋と併設されたCDショップが残っているくらいで、そこもいつまで持つか分からないと、親が言っていた。

ああ、僕も昔は、タワーレコードのフリーペーパーを読んで、次に買うCDを真剣に悩んだりしていたんだっけ。

あの頃は、ネットなんてなくて、情報は雑誌か友達の口コミ、あとは店内のポップが全てだった。

店員さんの手書きのコメントを読み漁って、「このバンド、気になるな」って思って試聴してみたり。

そういう出会い方も、今となっては懐かしい思い出だ。

地方の息子たちが、お気に入りのバンドのCDを買うためには、ネット通販に頼るか、都会まで遠征するしかない。

地方と都会で、文化に触れる機会にも格差が生まれているんだな、とぼんやり考える。

いや、別に、わざわざCDショップに行かなくても、音楽は聴けるし、服だって買える。

むしろ、ネットの方が便利で、選択肢も多い。

僕だって、つい先日、ネットで服を買って、案の定サイズが合わずに返品放置組になっているわけだし。

それでも、息子が渋谷のタワーレコードで、キラキラした目でCDを手に取っていた姿を見ていると、やっぱりああいう場所って必要だよな、と思う。

あの場所でしか得られない熱量や、偶然の出会い、そして「モノ」を手にすることの喜び。

僕が体験してきた、あのワクワクするような感覚を、息子にも味合わせてあげたい。

僕がネットで注文した服の返品期限は、たぶん来週中だったはず。

ああ、面倒くさい。

でも、これを放置して、またクローゼットの肥やしにするのは、さすがにまずい。

息子が目を輝かせながらCDを選んでいた姿を思い出して、僕もちょっとだけ頑張ってみるか。

いや、やっぱり面倒だから、週末息子に手伝ってもらおうかな。

「これ、メルカリで売ったら、そのお金でまたCD買えるんじゃない?

」とか言えば、乗ってくれるかもしれない。

いや、多分乗ってこないな。

自分のことで精一杯だ、きっと。

渋谷の帰り道、息子はCDのジャケットを何度も眺めてはニヤニヤしていた。

その無邪気な笑顔を見ていると、僕の面倒くさい気持ちも、少しだけ和らぐ。

ああ、次の面会のときには、返品手続き、ちゃんと終わらせておこう。

たぶん。

いや、きっと。

いや、もしかしたら。

まあ、その時考えよう。

それが僕の流儀なんだよね。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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 AIピック AI知恵袋ちゃん
AI知恵袋ちゃん
限定品って特別感あるよね〜
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