📝 この記事のポイント
- 自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。
- 「あ、これ、いつもと違うやつだ」 よく見たら、隣のボタンを押していた。
- いつもの微糖ブラックじゃなくて、カフェオレ。
自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。
なんだか薄い。
妙に甘い。
「あ、これ、いつもと違うやつだ」
よく見たら、隣のボタンを押していた。
いつもの微糖ブラックじゃなくて、カフェオレ。
季節の変わり目、ぼーっとするんだよね、頭が。
春から夏へ。
この時期は毎年、体がついていかない。
先日、息子が「ママ、これ見て!
」と興奮しながら、リビングのソファで動画を見せてきた。
彼のスマホ画面を覗き込むと、アニメの映像。
「2027年、水星の魔女5周年、ガンダム00は20周年!
」
画面にはそんな文字が躍っている。
息子は「ヤバいよね、オレまだ中学生なのに!
」と笑っていた。
横目で画面を見ていた夫が「うわ、もうそんなになるのか…」と、遠い目になった。
私も「え、マジで?
」と、思わず声を上げた。
水星の魔女、息子と一緒に観ていたから、まだつい最近のことだと思っていたのに。
ガンダム00に至っては、夫が深夜に一人で観ていたのを覚えている。
「もう20年?
」と、夫は頭を抱えている。
「致命傷を負う人が続出」と、動画のコメント欄に書いてあった。
まさにそれ。
私も含め、リビングに致命傷を負った人間が三人。
この時期、衣替えのたびに、去年の服が着られなくなっていることに気づく。
お気に入りのワンピース、去年はスルッと着られたのに、今年はちょっときつい。
腕を上げると、背中の肉が気になる。
「あれ、縮んだ?
この服」
って、服のせいにしてみたり。
いや、違う。
縮んだのは、きっと私のキャパシティだ。
体も心も、年々コンパクトになっていく気がする。
息子が「ママの背中、なんか丸くなった?
」と無邪気に聞いてきた時は、思わず「アンタのせいだよ!
」と心の中で叫んだ。
実際は「気のせい気のせい」と、おちゃらけてみせる。
現実は厳しい。
夫は夫で、休日に息子と公園でキャッチボールをして、張り切りすぎたのか、次の日は全身筋肉痛だった。
「昔は朝までオールで麻雀とか平気だったのにさあ」
と、ため息まじりに言う。
「今はもう、寝落ちしないようにするだけで精一杯だよ」
と、彼は肩を落とす。
まあ、私も人のことは言えない。
パート先のスーパーで、重い荷物を運んだ次の日は、湿布が手放せない。
「昔は、もっと力持ちだったのになあ」
と、私も遠い目になる。
いや、待てよ。
昔からそんなに力持ちじゃなかったかもしれない。
ただ、無理が効いた、というだけなのかも。
あの頃は、若さという名のドーピングをしていたのだ。
息子は、朝ご飯を食べながら「ママ、今日体育で50m走があるんだけどさ、オレ、100点取れるかな?
」なんて言ってくる。
100点?
50m走で?
「いや、100点はないでしょ、普通」
と、ツッコミを入れると、「えー、なんでー?
頑張ったら取れるじゃん!
」と、目をキラキラさせている。
その前向きさが眩しい。
体育の授業なんて、私にとっては、ひたすらサバイバルだったなあ。
球技大会とか、どうやってサボろうか、そればっかり考えていた気がする。
運動神経の良い友達が、羨ましくて仕方なかった。
私にとっての100点って、体育の授業で怪我なく一日を終えること、だったりする。
目標が低すぎる、と言われるかもしれないけど、当時の私には、それが最高の目標だった。
でも、息子も意外と抜けているところがある。
この前も、学校から帰ってくるなり、制服のシャツが前後逆になっていた。
「ねえ、これ、後ろ前じゃない?
」
と指摘すると、「え?
マジで?
」と、慌てて着替えていた。
その日は朝からバタバタしていて、きっと寝ぼけていたんだろう。
「よくそれで一日過ごせたね」
と言うと、「誰も気づかなかったよ!
」と、ちょっと得意げだった。
いや、気づいてたけど、みんな優しくて言わなかっただけじゃないかな。
それか、あまりにも自然すぎて、誰も気にしなかったとか。
中学生って、そういうところ、あるよね。
変なところは真面目なのに、肝心なところが抜けていたり。
私も昔、そういうことがあったような、なかったような。
たぶん、あった。
パートの休憩中、鏡を見たら、前髪が変な方向にハネていて、一日中この頭でレジに立っていたのか、と絶望したことがある。
それ以来、休憩時間のたびに、こっそり鏡でチェックするようになった。
誰か教えてくれてもいいのに、とは思うけど、きっとみんな気遣ってくれたんだろう。
「あれ?
お疲れなのかな?
」くらいに思われていたのかもしれない。
そう考えると、恥ずかしいけど、ちょっと安心もする。
最近、パート先の若い子が、休憩室でスマホゲームに夢中になっているのを見かける。
画面を連打して、キャラクターを育てている。
「このキャラ、なかなか強くて、レアなんです!
」
と、目を輝かせながら教えてくれた。
私は「へえ、すごいね」と、適当に相槌を打つ。
ゲームとか、あんまりやらないから、よく分からないけど、楽しそうなのは伝わってくる。
彼らにとって、ゲームの中のキャラクターは、まるで自分の分身みたいなんだろうな。
私にとっては、洗濯機の中の靴下が、時々どこかに消え去る謎の方が、よっぽどミステリーだ。
見つからない靴下の片割れを探す方が、よっぽど冒険心が掻き立てられる。
夫が「水星の魔女、もう一回観直すかな」とつぶやいた。
「俺が観てたのは、もう遠い昔だもんな」
いや、そんなに遠くないでしょ、とツッコミを入れたいけど、彼の気持ちも分かる。
過ぎ去った時間を振り返ると、あっという間に感じるものだ。
私もたまに、昔のドラマや映画を観返したりする。
「これ、こんなシーンあったっけ?
」とか、「このセリフ、こんなに胸に響いたっけ?
」とか。
当時の自分と、今の自分では、感じ方が全然違うのが面白い。
あの頃は気づかなかった登場人物の気持ちが、今なら痛いほど分かる、なんてことも。
息子が「ママもガンダム00観てみれば?
」と勧めてきた。
「えー、今から20年前のやつでしょ?
なんか、難しそうじゃない?
」
と言うと、「大丈夫だよ!
今観ても面白いから!
」と力説する。
彼の純粋な勧め方は、なんだか新鮮だ。
私も昔、友達に「この漫画、絶対に面白いから読んで!
」と、貸してもらったことがあったな。
結局、最後まで読まなかったけど。
そういうことって、あるよね。
誰かにとっての「最高!
」が、自分にとっての「ふーん」だったり。
逆もまた然り。
結局、夫は週末、一人でガンダム00を観始めた。
「やっぱり面白いなあ!
」と、リビングで声を上げる。
私はその横で、最近ハマっているドラマを観ていた。
ジャンルも好みも全然違うけど、お互い好きなものを楽しんでいる。
それでいいのだ。
コーヒーの味を間違えた私のように、人生も時々、違うボタンを押してしまうことがある。
でも、それもまた、新しい発見だったりする。
カフェオレ、意外と悪くなかった。
まあ、やっぱりブラックの方が好きだけど。
季節は巡り、また新しい夏がやってくる。
今年も腰に湿布を貼りながら、日々を乗り切るのだ。
来年、再来年、息子が大人になった頃、彼はどんな「致命傷」を負うことになるのだろう。
そんなことを想像しながら、今日も一日が終わる。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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