📝 この記事のポイント
- 夜中にトイレに起きたら、廊下で猫と鉢合わせして両者固まった。
- うちのミケはいつもは足元にまとわりついてくるのに、真っ暗な中で突然私を見上げると、まるで「あんた誰? 」みたいな顔をするから面白い。
- 私も私もで、寝ぼけ眼でミケのシルエットが巨大な何かに見えて、思わず「ひゃっ」と声が出た。
夜中にトイレに起きたら、廊下で猫と鉢合わせして両者固まった。
うちのミケはいつもは足元にまとわりついてくるのに、真っ暗な中で突然私を見上げると、まるで「あんた誰?
」みたいな顔をするから面白い。
私も私もで、寝ぼけ眼でミケのシルエットが巨大な何かに見えて、思わず「ひゃっ」と声が出た。
結局、ミケは「まったく、この婆さんは」とでも言いたげに、ゆっくりと尻尾を振って通り過ぎていったけれど、その一瞬の緊張感が、すっかり私の眠気を吹き飛ばしてしまったのだった。
それから寝付けなくなってしまって、仕方なく台所でお茶を淹れながら、ふと明日の献立でも考える。
明日は、もうすぐ春休みで遊びに来る予定の孫たちが喜びそうなものを作ってあげたい。
小学三年生と一年生の男子二人。
食欲旺盛で、特に甘いものには目がない。
そういえば、先日コンビニに寄ったときのことだ。
あれは、もう三週間くらい前になるかしら、まだ寒さが本格的になる手前、というくらいの時期だったけれど、それでも朝晩はダウンコートが必要なくらいには冷え込んでいた。
その日も朝から庭に出て、先日買ったパンジーの苗を植えていた。
冬の間の花壇を彩ってくれるパンジーとビオラは、本当に健気で可愛らしい。
土いじりは無心になれていい。
腰が痛くなるまで夢中になって、気づけばもうお昼を過ぎていた。
お腹も空いたし、冷蔵庫も空っぽだし、ということで、自転車を漕いで近所のコンビニへ。
うちの近所には小さな商店がほとんどなくて、ちょっとした買い物でもコンビニか、少し先のスーパーまで行かなきゃならない。
まぁ、運動になるからいいんだけどね。
コンビニに着いて、いつも通り店内の隅々まで物色する。
今日の気分はちょっと贅沢に、カゴに入れたのは、新商品の抹茶味のどら焼きと、普段あまり買わないちょっと高めの紅茶。
それから、孫たちが来た時に遊べるように、とレジ横にあったキャラクターものの入浴剤も手に取った。
レジに並ぶと、私の前に中学生くらいの男の子が三人。
ああ、うちの孫たちもあと数年でこんな風になるのかしら、なんてぼんやり考えていた。
みんな、まだ少し幼さが残る顔つきで、制服を着崩しているわけでもなく、ごく普通の子たちに見えた。
そのうちの一人が、半袖シャツ一枚で、しかもガリガリ君ソーダ味を食べているではないか。
え、マジで?
と心の中でツッコミを入れた。
だって、外は結構冷えていたんだもの。
風もぴゅーぴゅー吹いていて、ダウンコートを着た私が自転車で来ただけでも「うう、寒い」と口から出てしまうような陽気だった。
なのに、彼は半袖。
しかも、腕はガリガリ。
棒状のアイスを食べるたびに、その細い腕がさらに細く見えて、なんだか見てるこっちが寒くなってくる。
思わず「あんた、風邪ひくよ!
」って声をかけそうになった。
いや、もう喉元まで出かかっていたと言ってもいい。
だって、彼のお母さん世代としては、心配になるのが人情というものじゃない?
孫と重ねて見てしまったというのもある。
もしうちの孫があんな格好で真冬にアイスなんか食べてたら、間違いなく「そんな薄着で何やってるの!
」って叱って、速攻で上着を着せるだろう。
でも、そこで踏みとどまった。
いやいや、ここは知らない中学生。
いきなりおばあさんがそんなことを言ったら、かえって彼らをびっくりさせてしまうかもしれない。
それに、最近の子は体温が高いって聞くし、もしかしたら彼にとってはちょうどいいのかもしれない。
いや、そんなわけないか、と内心でツッコミつつも、結局何も言わずにレジを済ませた。
外に出ると、彼らはまだコンビニの前にたむろしていた。
相変わらず半袖の少年は、ガリガリ君をシャクシャクと音を立てながら食べている。
他の二人は、スマホを覗き込んだり、じゃれ合ったりしている。
平和な光景だ。
その時、ふいに私の横を通り過ぎた、どこかのおじさんが、彼らに向かって「おい、兄ちゃんたち、風邪ひくなよー!
」と声をかけたのだ。
え、私と全く同じこと言ってる!
思わず吹き出しそうになった。
そのおじさんは、いかにも近所のおじさん、といった風貌で、作業着のようなものを着ていた。
たぶん、うちの近所にある小さな町工場で働いている人だろう。
彼は屈託のない笑顔で声をかけ、中学生たちは一瞬きょとんとした顔をしたものの、すぐに「はーい!
」とか「気をつけまーす!
」とか、ちょっと照れくさそうに返事をしていた。
あぁ、なんだ。
私だけじゃなかったんだ。
やっぱり心配になるよね、真冬の半袖ガリガリ君。
でも、私にはできなかった、その一言。
そのおじさんは、何のてらいもなく、ごく自然に彼らに声をかけていた。
それが、なんだかとても羨ましかった。
近所付き合いって、こういうことだよな、って思った。
別に深く関わるわけじゃないけれど、ちょっとした気遣いを、気兼ねなく伝えられる関係性。
それは、失われつつある日本の良さなんじゃないか、なんて、ちょっと大げさなことを考えてしまった。
でも、考えてみれば、私もそうだった。
昔は、近所の駄菓子屋のおばちゃんや、八百屋のおじさんが、子どもたちのことを気にかけてくれていたものだ。
学校帰り、ふざけて遊んでいたら「おい、危ないぞ」と声をかけられたり、ちょっと元気がないと「どうしたんだい?
」と心配してくれたり。
そういう目に見えないコミュニティの網の目の中で、子どもたちは育っていたんだな。
私も、そういうおせっかいおばさんのポジションに、そろそろシフトしてもいい頃合いなのかもしれない。
いや、もうとっくにシフトしているか。
孫には遠慮なくおせっかいを焼いているし、庭で花をいじっていると、散歩中の近所の方から「綺麗に咲いてるね」なんて声をかけられたりする。
そこから世間話に花が咲くこともしばしばだ。
「この間、お宅のミケちゃんが、うちの庭を堂々と横切っててね」なんて言われると、「あらあら、ご迷惑おかけしました」なんて笑い合ったり。
そういう、猫の脱走騒ぎから始まる会話とか、今日の夕飯のおかずの話とか、今年はタケノコが豊作だったとか、そういうたわいない話が、意外と心を豊かにしてくれるものなんだよね。
昔から言われる「井戸端会議」というのは、きっとそういうものだったんだろう。
話は少し逸れるけれど、先日、うちの庭の片隅に植えたチューリップの球根が、ようやく芽を出した。
まだほんの小さな緑の芽だけれど、春が近づいているのを感じさせてくれる。
毎年、この芽が出ると、ああ、今年もちゃんと育ってくれた、とホッとする。
そして、どんな色の花が咲くのか、今から楽しみで仕方がない。
球根を植えたときは、確か「赤と黄色と白のミックス」と書いてあった気がするけれど、いつもなぜか、ピンクのチューリップがひょっこり混じっていたりする。
人生、期待通りにいかないことの方が多い。
あのガリガリ君を食べていた中学生の彼も、多分あの後、何事もなく元気に過ごしたことだろう。
おじさんの声かけに、きっとちょっとだけ温かい気持ちになったんじゃないかな。
もしかしたら、その夜、風邪をひいて熱を出して、親に怒られたかもしれない。
でも、それもまた人生経験。
真冬に半袖でアイスを食べる、という無茶をして、後で痛い目に遭うのも、彼にとっては必要な学びかもしれない。
いや、もうそんなことには慣れっこで、まったく懲りてない可能性だってある。
それが中学生というものだ。
結局のところ、人生なんて、思い通りにいかないことだらけで、予期せぬ出来事の連続だ。
ガリガリ君を食べている中学生に声をかけようとして、寸前でやめた私。
その代わりに、別のおじさんが声をかけていて、なんだかホッとしたような、ちょっと置いてきぼりにされたような、複雑な気持ちになった。
でも、それでいいんだ。
それぞれの立場で、それぞれの距離感で、世の中は回っている。
私にできることは、庭の花を綺麗に咲かせて、通りゆく人の目を楽しませること。
そして、孫たちが遊びに来た時に、美味しいご飯を作って、思いっきり遊んであげること。
それから、猫のミケが夜中に廊下で立ち往生していたら、そっと抱き上げて寝室まで連れて行ってあげること。
あ、それから、もしまた真冬に半袖ガリガリ君を見かけたら、今度こそ、勇気を出して「風邪ひくなよー!
」と声をかけてみる、かな。
いや、やっぱりやめておこう。
でも、心の中では、しっかり心配してあげるつもりだ。
それで十分だ。
日々の小さな出来事の中に、人生のちょっとした面白さや温かさを見つける。
それこそが、私のささやかな喜びなんだから。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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