📝 この記事のポイント
- 散歩中、知らない犬に懐かれて飼い主より先に仲良くなった。
- 柴犬ミックスの「コタロウ」は、私がしゃがんだ途端、短い尻尾をブンブン振って膝に顔をグリグリ押し付けてきた。
- 飼い主さんが「いやぁ、人見知りなんですけどねぇ」と申し訳なさそうに笑う横で、コタロウは私のパーカーの紐をガジガジ噛んで離さない。
散歩中、知らない犬に懐かれて飼い主より先に仲良くなった。
柴犬ミックスの「コタロウ」は、私がしゃがんだ途端、短い尻尾をブンブン振って膝に顔をグリグリ押し付けてきた。
飼い主さんが「いやぁ、人見知りなんですけどねぇ」と申し訳なさそうに笑う横で、コタロウは私のパーカーの紐をガジガジ噛んで離さない。
もう、可愛いのなんの。
そのまま連れて帰りたかったけど、うちには頑固な猫「ミケ」がいるし、何より飼い主さんに怒られる。
名残惜しくもコタロウと別れを告げ、少しだけ幸福感を胸にスーパーへ向かったわけ。
スーパーってさ、人間観察の宝庫だと思わない?
もう、ドラマのワンシーンがそこかしこで繰り広げられてる。
夕食の献立に悩む主婦、子どもに「買って買って!
」と駄々をこねられるお父さん、期限切れ間近の割引シールを血眼で探すおばあちゃん。
私も例に漏れず、割引シールのついた鶏むね肉をカゴに入れながら、今日のミッションをこなす。
親の介護食と自分の晩ご飯、そしてミケのご飯。
レジに並ぶと、ちょうど隣のレーンで何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「だから! もし俺が本当に22歳だったらどうするんだって聞いてんだよ!」
あらあら、どうしたことかしら。
声の主は、Tシャツにキャップを斜めにかぶった、ちょっとチャラそうな兄ちゃんだ。
レジのパートのお姉さんは困った顔で、でもきっぱりと「申し訳ございません。
身分証のご提示がございませんと、お酒の販売はできかねます」と答えている。
ああ、これね。
年齢確認でキレる客、あるあるだよね。
私もレジ打ちのバイト経験があるから、この手のトラブルは何度か目撃してる。
そりゃ、面倒なのはわかる。
急いでる時とか、気分が乗らない時とか。
でもさ、お店側も法律で決まってることなんだから、仕方ないじゃん?
「もし本当に22歳だったらって、だから何?
22歳だろうが20歳だろうが、確認できないなら売らないって言ってるだけでしょ?
」と心の中で盛大にツッコんだ。
なんなら、本当に22歳に見えないから確認してるわけで。
いや、見えようが見えまいが、規則だから確認してるだけで。
別に「お前は未成年だ!
」と決めつけてるわけじゃないんだから、素直に免許証なり保険証なり出せばいいじゃんか。
それができないなら、「すみません、今日はやめときます」で済む話じゃん?
なんでそんなに感情的になるのか、私にはさっぱりわからない。
いや、むしろ、年齢確認されるってことは、若く見られてるってことじゃない?
私なんか、もう40代独身、実家暮らしで親の介護を手伝っている日々。
そりゃもう、生活感しかない顔でスーパーをウロウロしてる。
以前、試しにコンビニでビール買ってみたけど、一回たりとも年齢確認されたことないもんね。
「あ、この人はどう見ても40代だな」って一発で見抜かれてるってことだよね。
うん、わかってる。
わかってるけど、ちょっとは期待させてくれてもいいじゃん?
たまには「お客様、恐れ入りますが……」って言われて、「え、私、若く見えます?
」って小芝居打ってみたいものよ。
まぁ、実際言われたら「え、今さら?
」ってクールに答えると思うけど。
で、結局その兄ちゃん、「ちぇっ、いいよもう!
」とか言いながら、お酒をレジ横の棚に戻して去って行った。
ああ、よかった。
レジのお姉さんもホッとした顔をしてた。
多分、私と同じか、私より少し若いぐらいの女性だったと思う。
こういう時、パートのおばちゃんとかベテラン勢だと「あらあら、お兄さん、そんな怒んなくてもいいじゃないの。
決まりだから仕方ないでしょ」って笑顔で返したりするけど、若い子だと真面目にルールを遵守するから、余計にぶつかり合うのかもしれない。
なんかね、見てて切なくなるんだよね。
世の中、もうちょっとおおらかになれないものかね。
いや、ダメか。
おおらかになりすぎると、それはそれで問題か。
難しいね、人間社会って。
そういえば、昔、電車の中で似たような光景を見たことがある。
学生らしき男子が、優先席に座っていたお年寄りに「譲れよ」みたいな顔で無言の圧をかけていたんだよね。
お年寄りは杖をついてたし、どう見ても大変そうだった。
男子はイヤホンしてスマホを見てるふりをしてたけど、チラチラお年寄りの方を見てるのが丸わかり。
で、結局、お年寄りが次の駅で降りるまで、彼は微動だにしなかった。
降りる時、お年寄りが男子の膝に軽く杖をぶつけちゃったんだけど、男子は「痛って!
」って顔で睨みつけてた。
あれ、なんかもう、モヤモヤする通り越して、宇宙猫みたいな顔になったわ、私。
もちろん、電車の中で席を譲るかどうかは個人の判断だし、強制するものではない。
でもさ、もうちょっと「相手の気持ちを想像する」ってことができないもんかね?
年齢確認でキレる兄ちゃんも、優先席で無言の圧をかける男子も、根っこは一緒な気がするんだよね。
自分が正しい、自分は悪くない、なんで俺が我慢しなきゃいけないんだ、みたいな。
いやいや、待って。
それって本当に正しいの?
客だからって何してもいいわけじゃないし、若者だからって権利を振りかざしていいわけじゃない。
うちの親もね、最近は足腰が弱ってきて、ちょっとした段差でもつまずきそうになる。
介護用の杖を使ってるんだけど、それでもたまにフラつくことがあるんだよね。
だから、スーパーとか人混みに行く時は、必ず私が付き添うようにしてる。
ある日、駅前の商店街を歩いてたら、前を歩いていた高校生が急に止まって、スマホをいじり始めた。
親はそれに気づかず、そのままぶつかりそうになったんだけど、間一髪で私が親の腕を引いて避けたんだ。
高校生は顔色一つ変えずにスマホ画面に夢中。
いや、後ろから人が来てるってことくらい、ちょっとは気にかけようよ!
って思ったけど、これもまた、心の中で叫ぶしかできない私。
こういう時、親は「私が悪いんだよ、もっと前を見て歩かないとね」って言うんだよね。
いやいや、お母さん、あなたは悪くない!
と私は思うわけ。
でも、そういう風に言う親を見ていると、なんだか世の中って、どんどん生きづらくなってるのかなぁって、ちょっとだけ寂しくなる。
昔はもっと、助け合いとか、譲り合いとか、当たり前にあったような気がするんだけどな。
私が昭和生まれだからそう感じるだけなのかな?
いや、私がただ歳を取ったから、ちょっとしたことに敏感になってるだけなのかもしれない。
でもさ、結局のところ、年齢確認でキレるのも、電車で譲らないのも、歩きスマホで周りが見えないのも、全部「自分のことしか考えてない」ってことに繋がるんじゃないかなって思うんだよね。
もちろん、みんなそれぞれ事情があるだろうし、しんどい時もあるだろうけどさ。
それでも、たった数秒、たった数歩、たった一言で、お互いが気持ちよく過ごせることって、結構たくさんあるんじゃないかなって。
私の今日の出来事だってそう。
散歩中にコタロウと触れ合って、心がほっこりした。
それは、コタロウが私に懐いてくれたからだし、飼い主さんがそれを許してくれたからだ。
もし飼い主さんが「うちの犬に触らないでください!
」って言ったら、私はちょっとしょんぼりして、今日の幸せは半減してたかもしれない。
相手への配慮とか、ちょっとした気遣いって、意外と日常の幸福度を左右する大事な要素だったりするんだよね。
だから、年齢確認でキレる兄ちゃんには、もう一度言いたい。
「あんたが本当に22歳だろうが20歳だろうが、お店側は確認できなきゃ売れないんだよ!
それはあんたの年齢がどうこうじゃなくて、ルールなんだよ、ルール!
そこを理解して、スマートに対応できる大人になりなさい!
」
……と、心の中で盛大にツッコんだところで、私のレジの番になった。
「ありがとうございましたー、1980円になりまーす」
レジのお姉さんは、さっきの兄ちゃんの対応で少し疲れた顔をしていたけど、私には笑顔で対応してくれた。
私も「ありがとうございました!
」と最高の笑顔で答える。
そして、心の中でそっとエールを送った。
「お姉さん、お疲れ様。
あんたは正しい。
よく頑張った!
」
私も私も、スーパーで人間観察をしながら、日常の小さなモヤモヤやイライラを、こうしてエッセイに昇華して、なんとか楽しく生きている。
世の中、色々な人がいるけれど、やっぱりお互いに気持ちよく過ごせるのが一番だよね。
コタロウみたいに、無邪気に尻尾を振ってくれる存在が増えれば、きっと世界はもっと平和になるんだろうな。
いや、人間がコタロウを見習うべきなのか。
うん、多分そう。
私も明日からは、ちょっとだけコタロウを意識して生きてみようかな。
尻尾は振れないけど、心の中でブンブン振る感じで。
そう、心の中でね。
それが大事。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

