📝 この記事のポイント
- 銀行のATMで操作を間違えて、後ろに並んでいる人のプレッシャーを感じた。
- ピッ、ピッ、と焦った指が逆のボタンを押し、明細は出てこない。
- 後ろの男性はきっと、イライラしているに違いない。
銀行のATMで操作を間違えて、後ろに並んでいる人のプレッシャーを感じた。
ピッ、ピッ、と焦った指が逆のボタンを押し、明細は出てこない。
後ろの男性はきっと、イライラしているに違いない。
ちらりと見ると、腕を組み、わずかに首を傾げている。
その姿に、僕はなぜか「完璧な人」を感じてしまう。
無駄のない動きでテキパキと用事を済ませるんだろうな、と。
僕はどうだろう。
最近、何をするにもワンテンポ遅い気がする。
単身赴任から戻ってきて半年。
東京の自宅に戻り、家族との生活に再適応するって、思ったよりも体力と気力を使うものだ。
以前のようにテキパキ動けない自分に、時々うんざりする。
妻からは「ちゃんと話聞いてる?
」と咎められ、息子からは「パパ、それこの前も言ってたよ」と軽くあしらわれる日々。
季節はすっかり移り変わり、九月も半ばを過ぎた。
朝晩は肌寒く、日中はまだ汗ばむ。
この中途半端な気温が、衣替えをさらに面倒にさせる。
半袖をしまうか、まだ置いておくか。
長袖を出すか、いやまだ早いか。
クローゼットの前で腕組みして立ち尽くす姿は、まさにATMの後ろにいた彼と同じだ。
でも、僕の場合は「何を着るか」で悩んでいるだけ。
向こうはきっと「時間の無駄」を嘆いている。
少し前、僕はとんでもないことになった。
それは夏が終わる頃、まだ残暑が厳しかった日のことだ。
喉に違和感があった。
ん?
なんかちょっと痛いかな?
くらい。
いつものことだ。
大抵は放っておけば治る。
そう、僕は「放っておく」のが得意技なのだ。
数年前から虫歯を一本放置していた。
歯医者に行くのが億劫で、痛みがないのをいいことに見ないふり。
その虫歯は奥歯のさらに奥、親知らずの手前くらいだったから、普段の生活に支障はない。
まあ、いつか行こう。
そう思っていた。
喉の痛みも、その「いつか」リストに加わっただけだった。
しかし、今回は違った。
翌日、喉の痛みに加えて熱が出た。
38度5分。
このご時世、発熱はちょっとドキッとする。
とりあえず、家にある解熱剤を飲んで様子を見る。
翌朝、熱は下がったが、喉の痛みがさらに増した。
唾を飲み込むのも辛い。
喉の奥が腫れているような感覚があった。
週末だった。
妻は「病院行きなよ」と繰り返す。
息子も心配そうに覗き込んでくる。
でも、僕はまだ大丈夫だと言い張った。
男の見栄、というやつか。
いや、単に面倒だっただけかもしれない。
病院で待つ時間、診察、会計。
それらを考えると、家でゴロゴロしている方がマシだと思ってしまったのだ。
しかし、その夜、事態は急変した。
息が苦しくなってきたのだ。
喉の腫れがひどくなり、気道が狭まっているような感覚。
ゼーゼーと喉が鳴り、横になるとさらに苦しい。
これはヤバい。
さすがに危機感を感じた。
妻が慌てて夜間病院を調べてくれた。
タクシーを呼び、震える足で乗り込む。
夜の街を走るタクシーの窓から、ビルの明かりがぼんやりと流れていく。
まるで別の世界に迷い込んだような心細さだった。
病院に着くと、すぐに診察室へ通された。
喉を見せた瞬間、医師の顔色が変わった。
「これはひどいですね。
すぐに点滴と検査が必要です。
緊急入院してください」。
え?
入院?
まさか、そんな大ごとになるとは思っていなかった。
虫歯放置と喉の腫れがどう繋がっているのか、その時はまだ理解できていなかった。
検査の結果、医師から告げられた言葉に、僕は耳を疑った。
「扁桃周囲膿瘍がかなり悪化しています。
膿が頸部全体に広がっていて、このままだと呼吸困難になる可能性が高い。
最悪の場合、心臓に菌が回ることも。
緊急手術が必要です。
手術後の生存率は…50%です」。
50%?
僕は一瞬、聞き間違えたのかと思った。
冗談だろ?
ただの喉の腫れで?
頭の中が真っ白になった。
虫歯放置のツケが、まさかこんな形で回ってくるとは。
まさか死ぬかもしれないなんて。
僕の呑気な日常が一瞬にして崩れ去った。
手術は深夜に行われた。
全身麻酔で意識がなくなる直前、妻の顔が浮かんだ。
単身赴任中はほとんど顔を合わせなかったけれど、最近は一緒にスーパーに行ったり、休日に公園を散歩したり。
そんなささやかな日常が、どれだけ大切だったか。
息子とのキャッチボール。
笑い声。
全てが走馬灯のように駆け巡った。
幸い、手術は成功した。
一命を取り留めた僕は、しばらくの間、病院のベッドで過ごすことになった。
点滴につながれ、流動食を口にする日々。
喉にはまだ管が通っていて、話すこともままならない。
この動けない時間が、僕に色々なことを考えさせた。
病室の窓から見える空は、いつの間にか高くなり、秋の気配が濃くなっていた。
夏の間、汗だくで通勤していた日々が遠い昔のようだ。
病室のテレビでは、どこかのニュースキャスターが台風の接近を伝えている。
ああ、そういえば、単身赴任から帰任したばかりの頃、初めて家族三人で出かけた公園で、息子が突然「パパ、あの雲、ゾウさんみたい!
」って指差してたな。
そんな小さな思い出まで、この入院生活で鮮明に蘇ってきた。
退院して自宅に戻ると、妻は僕の衣類をすべて洗い直してくれていた。
夏のTシャツも、もう着ないだろうと判断して、きれいに畳んで収納ケースにしまわれている。
その横には、まだ袖を通していないカーディガンやセーターが並んでいた。
季節の移ろいは、僕の体調の変化よりもずっと早く、そして着実に訪れる。
久しぶりに食卓を囲む。妻が作った豚汁の温かさが、喉に染み渡る。息子が「パパ、おかえり」と言って、僕の隣に座る。なんてことない日常。でも、この「なんてことない」が、どれだけ貴重なものか。
僕の隣には、いつも完璧に家事をこなす妻がいる。
彼女は、僕が喉の痛みで唸っている間も、淡々と家事をこなし、子供の世話をし、そして僕の病院探しまでしてくれた。
僕が「いつかやろう」と先延ばしにする虫歯や喉の痛みとは対照的に、彼女は「今やるべきこと」を迷わず実行する人だ。
単身赴任時代、僕は自分のことだけを考えて生きてきた。
食事も適当、掃除も適当。
全てが「まあ、いっか」で済まされていた。
でも、家族と暮らすということは、そういうわけにはいかない。
誰かの不調は、家族全体の不調に繋がる。
僕の喉の腫れは、妻と息子に多大な心配と負担をかけた。
そのことを思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
あのATMの完璧な男性もそうだった。
彼にとっては、僕の操作ミスは時間の無駄でしかなかっただろう。
でも、人生には「時間の無駄」に見えて、実は大切なことってたくさんある。
虫歯を放置した僕も、ATMで焦る僕も、完璧とは程遠い。
でも、完璧じゃなくても、誰かの優しさや、日常のささやかな幸せに気づける。
退院後、僕はすぐに歯医者に行った。
長年放置していた虫歯も治療してもらった。
痛くて、治療中も冷や汗が出たけれど、これで喉の腫れの原因が一つ解消されたと思うと、少しホッとした。
歯医者で待っている間、他の患者さんが持っていた雑誌に「健康は日々の積み重ね」と書いてあった。
まさにその通りだ。
あの時、生存率50%と言われた僕が今ここにいる。秋風が心地よい公園で、息子とキャッチボールをしている。捕り損ねたボールが、カサカサになった落ち葉の上を転がっていく。息子が笑いながらボールを追いかける。
人間、どう転ぶかわからないものだ。
完璧な人になろうとしなくてもいい。
ただ、自分のことをちゃんと見て、大事にすること。
そして、隣にいる大切な人たちの存在に、もうちょっとだけ、意識を向けてみること。
それが、僕にとっての「これからの日常」なのかもしれない。
ああ、そういえば、あのATMの後ろにいた完璧な男性。
もし彼が僕と同じような経験をしたら、きっと僕よりもっとスマートに、そして迅速に対応するんだろうな。
でも、彼は僕みたいに、家族の温かさや、落ち葉の匂いに、改めて感動したりするのだろうか。
いや、きっとしないだろう。
まあ、どっちもどっち、か。
そんなことを考えながら、僕は息子の投げたボールを、今度はちゃんとキャッチした。
少しだけ、上達した気がする。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
📚 あわせて読みたい
- 透析治療費の悩み、私がどう解決したか教えちゃう!
- 親の介護費用に悩む私を救った!仕事を辞めずに乗り切る減免制度【体験談】
- 【私も100歳まで安心!】60代からの老後資金計画|年金不安を解消できた私の具体的な一歩

