📝 この記事のポイント
- 久々に会った友人が激やせしていて、「大丈夫? 」と聞いたらダイエット成功とのこと。
- 聞けば一念発起し、毎日サラダチキンとブロッコリーを交互に食べ、週に三回ジムに通ったらしい。
- 「すごいね、えらいね」と素直に感心しながら、同時に「私には絶対無理だな」と確信する自分がいた。
久々に会った友人が激やせしていて、「大丈夫?
」と聞いたらダイエット成功とのこと。
聞けば一念発起し、毎日サラダチキンとブロッコリーを交互に食べ、週に三回ジムに通ったらしい。
「すごいね、えらいね」と素直に感心しながら、同時に「私には絶対無理だな」と確信する自分がいた。
サラダチキンは最初の二切れくらいは美味しいけれど、そこから先はただの繊維だ。
人間、そう簡単に変われるものではない。
その友人と別れて家路につき、最寄りのスーパーに立ち寄る。
普段は週末にまとめて買い物をするけれど、今日は冷蔵庫の中が心許ない。
閉店間際で半額シールが貼られたパンや惣菜を横目に、野菜コーナーへ向かう。
レタスが三玉で298円。
安い。
でも食べ切れるかな。
結局、一玉だけを手に取り、それからトマト、玉ねぎ、鶏もも肉。
いつもの定番ばかり。
レジに並ぶと、前にいたおじいさんが千円札を何枚も数えていて、そのゆっくりとした動作につい、手元のカゴの中身を再度確認する。
お会計は1580円。
うん、悪くない。
家に帰ると、彼がソファでテレビを見ていた。
金曜ロードショーで実写版「ゴールデンカムイ」が放送されている。
彼の隣に腰を下ろし、買ってきたものを食卓に並べながら、今日の出来事を話す。
友人のダイエットの話から、スーパーで半額の誘惑に打ち勝った話まで。
「えらいじゃん、よく我慢したね」と彼が言う。
我慢、そう言われると、確かにそうかもしれない。
あの半額の誘惑は、夜の魔物のようなものだ。
しかし、今日の私は勝った。
小さな勝利を噛み締めながら、テレビの画面に目を向ける。
実写版「ゴールデンカムイ」は、噂には聞いていたが、本当にすごい。
漫画を読んだことはないけれど、彼が原作ファンで、ずっと「実写化は不可能」と言っていたのを覚えている。
それがまさか、ここまで丁寧に再現されるとは。
キャストの再現度が異様に高く、特にアシリパさんの目力は尋常じゃない。
彼が「この役者さん、普段はもっと可愛い系の役が多いんだけど、アシリパのために顔つきまで変えてきてるんだって」と得意げに解説する。
へえ、そうなんだ。
情熱ってすごい。
彼がさらに熱弁を振るう。
「制作チームもさ、ロケ地とか衣装とか、細部にまでめちゃくちゃこだわってるらしいんだよ。
アイヌ文化の監修もちゃんとしてて、本当にリスペクトがある。
だからこそ、こんなにも原作ファンが納得する出来になったんだって」。
なるほど、彼の興奮ぶりを見ても、その熱量が伝わってくる。
一つの作品にかける情熱、それを実現させるための労力。
想像するだけで、頭が下がる。
私も見習いたいものだ。
何かを深く突き詰める姿勢。
そう、何かを、だ。
そして彼が、「この俳優さん、撮影のために体重を何キロも増量したんだって」と、また別の役者のエピソードを教えてくれた。
役作りのために体重を増やす。
それから減らす。
そのプロ意識にただただ感嘆する。
さっきダイエット成功した友人の話を聞いたばかりだから、余計に響く。
私も何か、こう、一念発起して、取り組んでみようかな。
そう思った矢先、彼の食い入るような視線がテレビ画面から離れないことに気づく。
どうやら彼の推しキャラクターが出てきたらしい。
テレビに夢中な彼を横目に、私はキッチンへ向かい、買ってきた鶏もも肉をパックから出す。今日の夕飯は鶏肉とレタスのサラダにしよう。シンプルだけど、まあ、健康的だ。サラダチキンよりは、はるかに気分が上がる。
最近、私はちょっとした買い物に失敗した。
いや、失敗と言っていいのか分からないけれど、衝動買いをしたのは間違いない。
それは、デパートの催事場で見つけた、やたらと派手な柄のマグカップだった。
北欧デザインと銘打たれていて、鮮やかな花模様と鳥が描かれている。
見るからに華やかで、一目惚れしてしまった。
値段は3800円。
マグカップにしては、正直、高すぎる。
彼も「え、それ買うの?
家にあるやつでよくない?
」と呆れ顔だった。
でも、その時の私は、このマグカップを使えば、私の日常も少しは華やかになるんじゃないか、と根拠のない期待を抱いてしまったのだ。
結局、家に帰って冷静になると、そのマグカップは我が家のミニマルな食器棚の中で、異彩を放っていた。
他の食器たちと並べると、まるで一人だけロックフェスに来てしまったクラシック音楽家のように浮いている。
正直、後悔した。
こんな派手なマグカップ、いつ使うんだ。
コーヒーを淹れても、お茶を淹れても、なんだか飲み物と柄が喧嘩しているような気がする。
しかも、食洗機に入れると他の食器にぶつかって欠けてしまいそうで、毎回手洗いしている。
手間がかかる。
でも、なんだかんだで、今もそのマグカップを使っている。
特に休日の朝、彼がまだ寝ている時間に、一人でコーヒーを飲むときに使うことが多い。
最初は「なんでこんなもの買ってしまったんだろう」と思っていたけれど、最近はそうでもない。
朝の光がマグカップの鮮やかな花柄を照らすと、確かに気分が少しだけ上向くような気もする。
いや、気のせいかもしれない。
でも、使っているうちに、愛着が湧いてきたのは事実だ。
失敗だったはずの衝動買いが、いつの間にか「まあ、これもアリか」くらいの存在になっている。
そういえば、以前も似たようなことがあった。
古着屋さんで、一目惚れしたヴィンテージのスウェット。
オーバーサイズで、くすんだ赤色に、謎の英語のロゴがプリントされている。
これもまた、衝動買いだった。
値段は5000円。
私にしては、古着にしては、なかなかの冒険だった。
彼からは「なんか、お父さんが昔着てたやつみたいだね」と言われた。
これもまた、家に帰ってから「あれ、これ、本当に私に似合ってるのかな」と不安になったけれど、なんだかんだで部屋着としてヘビロテしている。
近所のコンビニに行くときも、このスウェットを着ていく。
別に誰に見られるわけでもないし、着心地がいいから、それでいいのだ。
私たちは、多かれ少なかれ、そんな小さな失敗を繰り返しながら生きている。
あの時、あの瞬間、どうしようもなく欲しくなってしまったもの。
後で冷静になって「なんであれを買ったんだろう」と頭を抱えるけれど、結局は手放せずに、なんだかんだと使い続けている。
それは多分、その衝動自体が、その時の自分にとって必要なものだったからかもしれない。
高価なマグカップも、お父さんっぽいスウェットも、今は私にとって、ささやかな日常の一部になっている。
テレビでは、実写版「ゴールデンカムイ」の戦闘シーンが佳境を迎えている。
大迫力の映像に、彼が「うおおお!
」と声を上げる。
役者さんたちの、役作りにかける情熱。
制作チームの、作品へのこだわり。
それらは本当にすごいと思うし、尊敬する。
彼らのようなプロフェッショナルな姿勢は、見習うべきだと心から思う。
でも、私は私で、やっぱり今日も今日とて、冷蔵庫の中身を見て「もう一品くらい何か買っておけばよかったかな」と小さな後悔をしたり、明日着る服を考えるのが面倒で、結局いつものスウェットを選んだりするのだろう。
あの友人のように、完璧なダイエットを成功させることも、多分、これからもない。
それでも、金曜日の夜に彼とソファで並んで、実写化不可能と言われた映画を「すごいね」と言いながら見ている時間は、悪くない。
そして、衝動買いしたマグカップで飲むコーヒーは、なんだかんだで美味しい。
私たちは、そんな「それでいい」という気持ちを、きっとこれからも抱きながら、小さな日常を営んでいくのだ。
変われない自分も、衝動に駆られる自分も、全部ひっくるめて、まあ、悪くない。
そんなことを考えながら、私は彼に「ねえ、明日のお昼、あのラーメン屋さん行かない?
」と提案した。
彼が即座に「行く!
」と答えたのは、言うまでもない。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

