📝 この記事のポイント
- 自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。
- そう呟いて、ぬるくなった缶をカバンにしまう。
- この季節の変わり目は、毎年ちょっと体がだるい。
自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。
あ、これじゃない。
そう呟いて、ぬるくなった缶をカバンにしまう。
まだ五月なのに、日差しはもう夏の気配だ。
半袖でちょうどいい。
いや、ちょっと汗ばむくらいか。
この季節の変わり目は、毎年ちょっと体がだるい。
春の気だるさが抜けて、夏の気だるさが始まる、そんな感じ。
パート先のスーパーでは、もう夏物のお菓子が並び始めた。
早いなあ。
そう思いながら、ついついカゴに入れてしまう。
ポテチの梅味とか、期間限定に弱いんだよね。
最近、テレビでフィギュアスケートのペア、りくりゅうがよく取り上げられている。
金メダル、すごいよね。
あの美しい演技を見るたびに、ため息が出る。
氷の上をあんな風に滑れたら、どんなに気持ちいいだろう。
でも、私には無理だ。
ただでさえ体幹がないのに、あのクルクル回るやつとか、投げ飛ばされるやつとか。
想像するだけで、腰が砕けそうになる。
もう四十代だし、いまから新しいスポーツなんて、ちょっとね。
せいぜい週末に息子と公園でバドミントンをするくらいが、私の運動量の限界だ。
それも、翌日にはしっかり筋肉痛になる。
情けない話だけど。
りくりゅうペアの話題で、いつもセットで出てくるのが「付き合ってるんじゃないか」っていう噂。
まあ、あれだけ距離が近ければ、そう思われても仕方ないのかもしれない。
だって、ほぼ抱き合って滑ってるんだよ。
お互いの呼吸に合わせて、肌と肌が触れ合うくらいの距離感。
演技中なんて、もう一心同体って感じだ。
インタビューとか見てても、本当に仲が良さそうに見える。
お互いを信頼しきってる感じが、画面越しにも伝わってくるんだよね。
だからこそ、みんなが「お似合いだね」とか「結婚しちゃえ」とか、勝手に盛り上がるんだろうなあ。
でも、私にはちょっと疑問なんだ。
あの距離感で、本当に恋人同士とか夫婦になれるのかなって。
演技中は、集中してるからああいう距離感でも大丈夫なんだろうけど、普段の生活でもあの距離が続くとしたら、ちょっと息苦しくないかな。
例えば、うちの夫と私が、あんな風に常にぴったりくっついていたら、どうなるだろう。
想像するだけで、背中に冷たい汗が流れる。
たぶん、速攻で喧嘩になると思う。
いや、喧嘩にもならず、私が逃げ出すだろうな。
朝、夫が私の肩に寄りかかってきただけで、「ちょっと、重いんだけど」って言っちゃう私。
夜、寝る時に夫の足がちょっとでも私の布団に侵入してきたら、無言で蹴り返す私。
それが、結婚して十五年目の夫婦のリアルだ。
もちろん、決して仲が悪いわけじゃない。
むしろ、かなり仲良しな方だと思う。
お互いの存在が空気みたいで、いるのが当たり前。
でも、だからこそ、物理的な距離感はちゃんと保ちたい。
お互いのパーソナルスペースを尊重し合う。
それが、長続きの秘訣だと信じて疑わない。
りくりゅうペアだって、演技が終われば、ちゃんとそれぞれの空間に戻るんだろう。
じゃないと、いくら信頼し合っていても、疲れてしまうと思うんだ。
プロのアスリートだからこそ、あの距離感を「仕事」として演じきれる。
そのプロ意識がすごい。
もちろん、信頼関係があるからこそできる技なんだろうけど。
もし本当に二人が付き合っていたとしたら、あの距離感から一歩引いた、別の距離感を探すことになるんだろうな。
それはそれで、なかなか難しいことなのかもしれない。
うちの夫は、最近ちょっと私に近づきすぎることがある。
たぶん、夏が近づいて、体が熱くなってきて、無意識にひっついてくるんだと思う。
私は暑がりだから、それが本当に嫌なんだよね。
夜、リビングでテレビを見ていても、ちょっと隣に座りすぎじゃない?
って思うことがある。
そんな時は、さりげなくソファのクッションを間に置いて、物理的な壁を作る。
そうすると、夫も「あ、また遠くなった」みたいな顔をするんだけど、何も言わない。
それが、うちの夫婦の阿吽の呼吸だ。
先日、息子が「お母さん、お父さんと距離取りすぎじゃない?
」って言ってきた。
中学生になると、そういうことも気にするようになるんだなあって、ちょっと感心した。
それと同時に、ちょっと恥ずかしくもなった。
息子から見たら、きっと冷たいお母さんに見えるんだろうな。
でも、違うんだよ。
これは、長年の経験から培われた、最高のバランスなんだ。
あんまり近づきすぎると、ぶつかることもあるんだよ、人間は。
特に、同じ屋根の下で暮らしているとね。
りくりゅうペアのあの距離感は、本当にプロフェッショナルな距離感だと思う。
信頼と技術と、そして何よりも「美しさ」を追求するための、究極の距離感。
だからこそ、あの演技には感動するんだ。
でも、それが私達の日常にそのまま当てはまるかと言えば、話は別だ。
私達夫婦に必要なのは、あの密着度じゃなくて、お互いの呼吸が心地よく感じられる、ちょっとした「間」なんだ。
その「間」があるからこそ、また近づきたくなる瞬間が生まれる。
朝、夫が淹れてくれるコーヒーは、いつも私が好むミルクと砂糖の量で出てくる。
特に何も言わなくても、それが当たり前になっている。
あの自販機のコーヒーみたいに、「あ、これじゃない」って思うことはまずない。
それって、もしかしたら、長年培われた絶妙な距離感が生み出す、心地よい「空気」みたいなものなのかもしれない。
お互いの存在を尊重し合って、それぞれの領域を侵さない。
でも、必要な時には、そっと寄り添う。
そういう「間」が、うちの夫婦にはちょうどいいんだ。
そういえば、パート先のスーパーで、梅雨の準備コーナーができていた。
ビニール傘とか、レインコートとか。
季節は着実に移り変わっていく。
体調管理も気をつけないとね。
この変わりやすい季節に、心も体も健やかに過ごすには、無理のない距離感が一番だ。
フィギュアスケートのペアも、夫婦も、きっとそう。
あのりくりゅうペアだって、きっとリンクの外では、それぞれの心地よい距離感を見つけているんだろうな。
そう信じたい。
私も、夫と息子と、この梅雨を乗り越えるために、適度な距離感で、今日も一日を過ごすのだ。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

