週末のゴミと、歯舞の昆布と、私の勘違い

📝 この記事のポイント

  • ゴミ出しの日を間違えて、週末までゴミを抱えて暮らすことになった。
  • 金曜の朝、意気揚々と玄関を開け、燃えるゴミの袋を抱えて出た瞬間、そこには誰一人としてゴミを出していない静寂の通りが広がっていた。
  • 「あ、今日、金曜日か…」と呟いたところで、もう後の祭りである。

ゴミ出しの日を間違えて、週末までゴミを抱えて暮らすことになった。

金曜の朝、意気揚々と玄関を開け、燃えるゴミの袋を抱えて出た瞬間、そこには誰一人としてゴミを出していない静寂の通りが広がっていた。

「あ、今日、金曜日か…」と呟いたところで、もう後の祭りである。

マンションのゴミ集積所は月・水・金しか開かない。

仕方なく、生ゴミを抱えたまま部屋に戻り、その日の気分を台無しにされた私は、ソファで丸くなっている愛犬ハルを恨めしそうに見た。

「あんたのせいじゃないけど、なんか恨めしいわ」。

ハルは大きな黒い瞳でじっと私を見つめ、そして小さく「クゥン」と鳴いた。

それはまるで「ママ、なんでそんなに落ち込んでるの?

いつもの元気はどこへ?

」とでも言いたげな、純粋無垢な問いかけだった。

ああ、週末までこの臭いと付き合うのか。

特に夏場の生ゴミは恐ろしい。

昨夜の夕食で出た魚の骨や、朝食の残りの納豆パックが、時間の経過とともに得体の知れないエネルギーを放ち始める。

念入りに二重に縛ったはずの袋から、微かに漏れ出す不穏な香りに、嗅覚の鋭いハルが時折鼻をひくつかせ、遠巻きにゴミ袋を警戒する。

その姿を見ていると、余計に自己嫌悪に陥るのだ。

「ごめんね、ハル。

ママ、ちょっとボケてるんだ」。

この数日、何かと物忘れがひどい気がする。

つい先日も、冷蔵庫を開けたら、そこに眼鏡が入っていた。

もちろん、食べ物ではない。

一体どういう思考回路でそこに辿り着いたのか、自分でも全くわからない。

フリーランスで家にいる時間が長いと、曜日感覚や時間感覚が麻痺する、というのは言い訳だろうか。

いや、言い訳だ。

ゴミの臭いをごまかすように、アロマディフューザーを最大出力で稼働させながら、気分転換にスーパーへ出かけた。

最近できたばかりの、ちょっとおしゃれな輸入食材も扱う店だ。

生鮮食品コーナーを回っていると、ふと、ある商品に目が留まった。

「歯舞産のふのり」。

北海道の、あの歯舞群島のものだろうか。

四島返還、とか、歴史の教科書で習った、北方領土の一つ。

遠い昔の記憶が蘇る。

いや、待てよ。

歯舞群島って、今はロシアが実効支配してるんじゃなかったっけ?

そこで採れたものが、こうして日本のスーパーに並ぶのか?

なんだか壮大な国際問題に片足を突っ込んだような気分になって、一瞬たじろいだ。

しかし、よくよくパッケージを読んでみると、そこには「根室市歯舞町」と書かれていた。

ああ、なるほど。

歯舞群島、ではなく、根室の歯舞漁港付近で採れたもの、ということか。

なんて間抜けな勘違い。

一人で勝手に国際情勢に思いを馳せて、勝手に納得していた自分が恥ずかしい。

きっと、スーパーの店員さんから見たら、「あの人、ふのりのパッケージを真剣な顔で見て、一体何を考えてるんだろう」と思われていたに違いない。

いや、そもそも誰も私のことなんか気にしてないか。

そんな自意識過剰なところも、私の悪い癖だ。

しかし、この「歯舞」という地名から、私の思考は別の方向へ飛び火した。

歯舞群島周辺では、昆布漁が盛んだ、という話を何かで読んだことがある。

羅臼昆布とか、利尻昆布とか、日高昆布とか、ブランド昆布はたくさんあるけれど、歯舞の昆布も上質なものが多いらしい。

一体、あんな海域でどうやって昆布を採っているんだろう。

ニュースで見るあの海は、いつも荒々しくて、冬には流氷が押し寄せるイメージしかない。

漁師さんたちは、一体どんな過酷な環境で、あの粘り強い昆布を収穫しているんだろうか。

頭の中では、荒波にもまれる小さな漁船と、全身びしょ濡れになりながら昆布を引き上げる屈強な漁師さんの姿が勝手に再生され、まるでドキュメンタリー番組を見ている気分になった。

私がゴミ出しの曜日を間違えただけで落ち込んでいるような人間とは、住む世界が違うな、と漠然と思う。

きっと、彼らにとっては、海に出て昆布を採る、ということが日常なのだ。

それこそが、彼らの生活であり、誇りなのだろう。

それに比べて、私は。

ゴミを抱えて週末を過ごす。

なんてことだ。

帰宅して、ハルに「ただいまー」と言うと、尻尾をブンブン振って出迎えてくれる。

その姿を見ていると、さっきまでのちっぽけな落ち込みが、少しだけ薄れていくのを感じた。

スーパーで買ってきた「歯舞産のふのり」を広げ、まずは水で戻す。

乾燥した状態では、まるでカサカサになった海藻標本のようだったふのりが、水を得て生き生きと緑色に輝き、あの磯の香りを放ち始めた。

ああ、この香り。

これは、私が知っている磯の香りだ。

どこか懐かしくて、心を落ち着かせる。

今日の夕飯は、このふのりを使って、シンプルなお味噌汁にしよう。

あとは、ハルのおやつに、ササミを茹でてあげるか。

ふのりを戻しながら、私はふと、昆布漁師さんのことを思った。

彼らが命懸けで採ってくれた海の恵みが、こうして私の食卓に並ぶ。

それがたとえ、歯舞群島ではなく、根室の歯舞町で採れたものだったとしても、その背景には、豊かな自然と、それを守り、活かす人々の営みがあることに変わりはない。

私が間違えた「歯舞」が、私にささやかな気づきをくれた。

さて、週末まであと一日。

この生ゴミをどうやって乗り切るか。

とりあえず、新聞紙に包んで、さらに冷凍庫にぶち込む、という最終手段も視野に入れ始めた。

いや、冷蔵庫に眼鏡を入れるような人間が、生ゴミを冷凍庫に入れるなんて、絶対間違って何かを冷凍しそうな気がする。

例えば、ハルの散歩用のリードとか。

いやいや、それはないか。

でも、自分を信用しきれないのが、今の私の課題だ。

次にゴミ出しの曜日を間違えないためには、どうしたらいいだろう。

玄関のドアに大きく「月・水・金!

」と書いた紙を貼るか。

いや、それだと来客があった時に恥ずかしい。

ハルに「今日はゴミの日だよ!

」と教えてもらうわけにもいかないし。

結局のところ、自分の意識の問題なのだ。

きっと、私はまた同じような失敗をするだろう。

そして、その度に「ああ、またやっちゃった」と苦笑いしながら、小さな発見や、どうでもいい勘違いを繰り返していくのだ。

人生って、そういうものなのかもしれない。

ゴミを抱えて、ふのりを食べながら、私はそんなことを思った。

まあ、いっか。

少なくとも、歯舞群島と歯舞町の違いは、この先忘れないだろう。

たぶん。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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読書熱が再燃しそう!久々に本屋行こう
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