37万8千円のクエと、レジ袋の中の私の人生

📝 この記事のポイント

  • 回転寿司で、隣のレーンの皿が気になって自分の注文を忘れた。
  • 正確には、隣の席で小さな男の子が目を輝かせながら「マグロ! マグロ! 」と叫び、その子のお父さんが満面の笑みで「はい、マグロだよ! 」と皿を取ってあげる一部始終に、完全に意識を持っていかれていたのだ。
  • その父子の間に流れる、マグロを介した至福の瞬間に見とれている間に、私のタッチパネルには「ご注文から時間が経過しました」という非情なメッセージが表示されていた。

回転寿司で、隣のレーンの皿が気になって自分の注文を忘れた。

正確には、隣の席で小さな男の子が目を輝かせながら「マグロ!

マグロ!

」と叫び、その子のお父さんが満面の笑みで「はい、マグロだよ!

」と皿を取ってあげる一部始終に、完全に意識を持っていかれていたのだ。

その父子の間に流れる、マグロを介した至福の瞬間に見とれている間に、私のタッチパネルには「ご注文から時間が経過しました」という非情なメッセージが表示されていた。

いや、別にいいんだ。

私は別に急いでいるわけじゃないし、むしろ他人の幸せを間近で目撃できたことに、ちょっとした満足感すら覚えていた。

そういう変な余裕が、今日の私にはあった。

そんな余裕をまとったまま、私は今日の夕食当番としてスーパーへと向かった。

妻と私の共働き夫婦にとって、夕食当番制は平和な家庭を維持するためのライフラインだ。

今日の担当は私。

冷蔵庫の中身と相談し、頭の中で献立を組み立てる。

鶏肉か、魚か、それとも野菜中心か。

店に入ると、まず目についたのは、いつもの特売コーナーではなく、鮮魚コーナーのど真ん中に鎮座する、異様なオーラを放つ魚だった。

それは、大きな発泡スチロールの箱に横たわり、まるで美術品のようにライトアップされていた。

タグには「天然本クエ」の文字。

そして、その横に添えられた値札に、私の目は釘付けになった。

「税込37万8千円」。

思わず二度見した。

いや、三度見だ。

あまりの金額に、一瞬、自分の脳がバグったのかと思った。

ゼロを数え間違えたんじゃないかと、指で一つ一つ確認した。

37万8千円。

嘘だろ。

まさか、スーパーでこんな値段の魚を目にするとは。

キロ単価で言えば、一体いくらになるんだろう。

きっとキロ1万以上はするだろうな、と反射的に計算する。

いや、その計算自体がもう庶民の思考じゃない気がする。

そんな値段の魚を誰が買うんだ?

と、心のツッコミが止まらない。

私は思わず、そのクエの周りをぐるりと一周してしまった。

まるで美術館で珍しい彫刻を鑑賞するかのように、角度を変え、距離を置いて、そのクエを観察する。

体長は1メートルくらいだろうか。

がっしりとした体躯に、精悍な顔つき。

確かに、見れば見るほど威厳がある。

高級魚というオーラを全身から放っている。

「すごいですね、このクエ」

思わず隣にいた、私と同じようにクエを凝視している男性に話しかけてしまった。

男性は、いかにも高級そうなスーツを着て、手にはブランド物のセカンドバッグ。

いかにもクエを買いそうな雰囲気だ。

「ええ、本当に。

こんな大きなクエ、見たことないです」
男性はにこやかに答えた。

彼の目も、私と同じように驚きと、そして少しの羨望を含んでいるように見えた。

もしかしたら、この男性も私と同じように「誰が買うんだ?

」と思っているのかもしれない。

いや、もしかしたら本当に買うのかもしれない。

その可能性が、私には何とも言えない羨ましさというか、手の届かないものへの憧れを抱かせた。

そのクエは、きっと料亭とか高級寿司屋に卸されるんだろうな、と勝手に納得した。

一般家庭で、今日の夕食に「クエ」を食卓に出す家庭があるだろうか。

いや、あるのかもしれない。

このスーパーは、私の住むマンションから徒歩5分の、ごく普通の住宅街にある。

でも、このごく普通の住宅街にも、もしかしたら37万8千円のクエをポンと買うような人が、普通に暮らしているのかもしれない。

そう考えると、何だか日常の見え方が少しだけ変わるような気がした。

私は結局、クエには手も触れず、そっとその場を離れた。

今日の夕食は、鶏モモ肉の照り焼きと決めていたのだ。

特売コーナーで鶏モモ肉を手に取り、いつものようにカゴに入れる。

37万8千円のクエを見た後だと、378円の鶏モモ肉が、やけに安く感じられる。

いや、普段から安いんだけど、今日は特にそうだ。

何だか、鶏モモ肉が妙に愛おしく見えてくる。

レジに並ぶと、前に並んでいたのは近所の田中さんだった。

田中さんは、いつもニコニコしていて、週に何度かこのスーパーで顔を合わせる。

お互い、夕食の買い物をしているわけだから、時間帯が被るのも当然だ。

「あら、〇〇さん、こんばんは。

お買い物ですか?


「こんばんは、田中さん。

ええ、夕食当番で。

田中さんもですか?


「ええ、もうこの時間だと、お惣菜コーナーが頼りでね。

今日はカツ丼半額だったから、つい」
田中さんのカゴには、確かに半額シールが貼られたカツ丼が鎮座している。

その横には、野菜スティックと、小さなプリン。

何だか、田中さんの今日の夕食風景が目に浮かぶようだ。

私も、よく半額のお惣菜に助けられているので、田中さんの気持ちがよくわかる。

田中さんの会計が終わり、私の番になった。

レジのパートのおばちゃんが、慣れた手つきでバーコードを読み取っていく。

ピッ、ピッ、ピッ。

まるで人生のBGMのようだ。

「1,872円になります」
私はエコバッグに買ったものを詰め込みながら、ふと、あのクエのことを思い出した。

もし私が、今この瞬間にあのクエを買っていたら、レジのおばちゃんはどんな顔をしただろう。

そして、田中さんはどんな反応をしただろう。

きっと、「あら、〇〇さん、今日はお祝い事でも?

」なんて、目を丸くして尋ねてきたに違いない。

想像するだけで、ちょっとクスッと笑える。

スーパーを出ると、もうすっかり日は暮れていた。

マンションまでの帰り道、ふと隣の家から、夕食のいい匂いが漂ってくる。

カレーだろうか、それとも生姜焼きだろうか。

それぞれの家で、それぞれの食卓が囲まれているのだろう。

私の今日の夕食は、鶏モモ肉の照り焼き。

妻は喜んでくれるだろうか。

家に帰り着き、エプロンを締めて調理に取り掛かる。

鶏モモ肉に下味をつけ、フライパンでジュージューと焼く。

甘辛いタレの香りがキッチンいっぱいに広がる。

隣の家からカレーの匂いがしてきたけれど、我が家の夕食の香りも負けてはいない。

「あー、いい匂い!

おかえりー」
妻が帰ってきた。

疲れた顔に、ほんのり笑顔が浮かぶ。

「ただいま。

今日の夕食、照り焼きだよ」
「やったー!

照り焼き大好き!

食卓を囲みながら、今日のスーパーでのクエの話を妻にした。

「37万8千円のクエが売ってたんだよ。

誰が買うんだろうね」
妻は目を丸くして、「えー!

すごい!

でも、うちには鶏モモ肉が一番だよ」と言って、照り焼きを美味しそうに頬張った。

その言葉に、私は何だかホッとした。

そうだよな、我が家の食卓には、鶏モモ肉が一番似合う。

あのクエは、きっと今頃、誰かの特別な夜を彩っているのだろう。

あるいは、まだスーパーの鮮魚コーナーで、次の買い手を待っているのかもしれない。

私には手の届かない、雲の上の存在。

でも、それでいいんだ。

人生、そういうものだ。

私は、スーパーで37万8千円のクエに驚き、378円の鶏モモ肉に安堵し、田中さんと世間話をして、妻と他愛もない会話をする。

そんな日常が、きっと私にとっての「クエ」なのかもしれない。

高価なものばかりが価値ではない。

手の届く範囲で、ささやかな幸せを見つけること。

それが、私の日々の小さな楽しみであり、何よりのご馳走なんだ。

今日も一日、お疲れ様。

明日も、多分、そんな感じなんだろうな。

うん、悪くない。

むしろ、結構いい感じかもしれない。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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