クリーニングのシャツと、背筋が凍った「夜道」の話

📝 この記事のポイント

  • クリーニング店で預けた服を3ヶ月放置していたことに気づいた。
  • レジの奥にずらりと並んだハンガーを眺めていたら、自分の名前が書かれたタグがやけに目についたのだ。
  • いつものことながら、約束や予定を守るという基本的な営みが、私にとっては人生の難所なのだとつくづく思う。

クリーニング店で預けた服を3ヶ月放置していたことに気づいた。

レジの奥にずらりと並んだハンガーを眺めていたら、自分の名前が書かれたタグがやけに目についたのだ。

ああ、まただ。

いつものことながら、約束や予定を守るという基本的な営みが、私にとっては人生の難所なのだとつくづく思う。

まあ、誰に迷惑がかかるわけでもないからいいじゃないか、と自分を甘やかす癖も、もう六十余年の付き合いになる。

うちの畑は、朝五時にはもう日が昇って、土の匂いがぷんぷんする。

近所の田中さんと「今日はカラスが来ませんように」なんて言いながら、夫婦でせっせとキュウリの苗に水をやるのが、いつもの朝のルーティンだ。

カラスは賢くて、こっちが目を離した隙に、見事に熟したトマトだけを狙っていくから油断できない。

先日は、私がちょっと腰を伸ばした一瞬の間に、赤々とした実がひとつ、きれいさっぱり消えていて、夫婦で顔を見合わせて笑ってしまった。

「あんたの油断がカラスを招いたんだよ」と妻に言われ、反論の余地もなかった。

朝の畑仕事が終わると、妻は漬物でもつけるか、と台所に引っ込み、私は縁側で冷たい麦茶をすすりながら、ぼんやりと庭を眺める。

セミが鳴き、風が枝を揺らす音を聞いていると、うっかり昨日借りた本を返し忘れていた図書館のことや、来週のゲートボールの集合時間を勘違いしていたことなど、大小さまざまな「やっちまった」エピソードが、まるで夏の入道雲のように次々と心に浮かび上がってくる。

若い頃からそうだった。

大切な予定は手帳に書き、カレンダーにも印をつけ、それでもなぜか、すっかり頭から抜け落ちてしまう。

仕事でも、それは時々問題になったものだ。

現役時代、私はとある会社の債権回収部門に勤めていた。

なんだか物々しい響きだけど、要は「貸したお金を返してもらう」仕事だ。

もちろん、誰もがすんなり「はい、どうぞ」と返してくれるわけではない。

むしろ、返せない人の方が多かった。

だからこそ、あの手この手で交渉したり、時には督促の電話をかけ続けたり。

相手も私も、お互いがお互いを消耗していくような、そんな日々だった。

私自身は、どちらかといえば穏やかな性格だと思っている。

だから、強く出るのが苦手で、いつも胃薬が手放せなかった。

ある日のこと。

何度連絡しても梨のつぶてだった相手の元へ、直接訪問することになった。

都会の、細い路地裏にあるアパートだった。

インターホンを押しても応答がなく、諦めかけたその時、ガチャリとドアが開いた。

出てきたのは、顔色の悪い男性。

彼の目には、疲れと、そして少しの敵意が宿っていた。

「返済は、もう少し待ってほしい」と力なく言う彼に、私は会社の規定を説明し、なんとか一部だけでもと粘った。

結局、その日は微々たる額しか回収できなかったけれど、男性は「すみませんね」と頭を下げてくれた。

私がアパートを後にしようとしたその時だ。彼は突然、ぽつりと呟いた。「夜道に気をつけろよ」。

その言葉を聞いた瞬間、私は思わず立ち止まった。

振り返ると、男性はもうドアを閉めようとしていた。

彼の顔は、先ほどよりもさらに暗い影を落としていた。

正直なところ、その時は「ああ、困っているからつい、言っちゃったんだな」くらいにしか思わなかった。

もちろん、いい気持ちはしなかったけれど、それよりも彼が追い詰められていることに、漠然とした同情を覚えたのだ。

だから、「そういうことを言っても、何も解決しないですよ」とだけ言って、その場を後にした。

私にとって、それは「困った時の捨てゼリフ」くらいの感覚だった。

自分のうっかり癖と同じで、大したことじゃない、と。

会社に戻って、その日の報告書をまとめていると、課長がやってきた。

課長は、私よりも少し年上で、いつも渋い顔をしているけれど、本当は情に厚い人だった。

彼は私の報告書に目を通し、回収額が少なかったことに眉をひそめたが、特に何も言わなかった。

私は「すみません、もう少し粘れたかもしれません」と頭を下げた。

すると課長は、「それで、相手はなんて言ってた?

」と尋ねてきた。

私は素直に、例の「夜道に気をつけろよ」という言葉を伝えた。

課長は、私の言葉を聞くと、それまで渋かった顔が一瞬で凍り付いた。

そして、ゆっくりと私の方を向き、低い声で言った。

「君、その言葉、軽く考えてるだろ」。

私はドキリとした。

課長の顔は、普段の厳しさとは違う、どこか恐ろしいものだった。

彼は続けた。

「あのな、相手は追い詰められてる。

そんな時に出る言葉は、本心なんだよ。

それが、本当に君の身に危険が及ぶようなことを意味するのか、それともただの虚勢なのか、見極めなきゃいけないんだ」。

課長は、椅子に座り直し、私にいくつか質問をした。

男性の目つきはどうだったか、声のトーンは、本当に怒っていたのか、それとも絶望していたのか、と。

私はたどたどしく、その時の情景を思い出して答えた。

課長は私の答えをじっと聞き、やがてため息をついた。

「今回は、ただの捨てゼリフだったかもしれない。

だが、もしそうじゃなかったらどうする?

」。

その時、私の背筋に冷たいものが走った。

それまで私は、その言葉を「相手の困惑や怒りの表現」程度にしか捉えていなかった。

まさか、それが自分の身に降りかかるかもしれない「現実的な脅威」だとは、夢にも思わなかったのだ。

私のうっかり癖や、物事を深く考えない悪い癖が、思わぬところで牙を剥きかけていたことに、ようやく気づいた瞬間だった。

その日から、私は変わった。

いや、変わろうと努力するようになった、と言うべきだろうか。

あの時の課長の、凍り付いたような顔と、低い声は、今でも鮮明に覚えている。

それ以来、私は相手の言葉の裏にある「本心」を探るようになった。

それは、債権回収の仕事だけでなく、日常生活の小さな会話の中にも応用できることだった。

例えば、妻が「最近、肩が凝るのよね」とつぶやく時、それは単なる愚痴ではなく、「少し休ませてほしい」というサインかもしれない。

近所の田中さんが「カラスが賢くて困るわ」と言う時、それは本当にカラスの対策を相談したいのかもしれない。

もちろん、私のうっかり癖は、そう簡単に治るものではない。

先日も、妻に頼まれてスーパーへ買い物に行ったのに、肝心な豆腐を買い忘れて帰ってきてしまい、怒られたばかりだ。

「あんたは、本当に頼りにならないんだから」と、妻は呆れた顔で言った。

その言葉は、まるで昔の私が課長に言われた「君、その言葉、軽く考えてるだろ」に重なるような気がして、ちょっとばかりしょんぼりしたけれど、同時に、それが「いつもありがとう」という妻の優しいメッセージに聞こえたのは、私が少しばかり成長したからだろうか。

あのクリーニング店のタグを見つけた時も、またか、と笑ってしまった。

でも、昔の私なら「まあ、いっか」で済ませていたところを、今回はすぐに店に戻り、受け取ることができた。

ほんの些細なことかもしれないが、私にとっては大きな進歩なのだ。

夜道に気をつけろ、なんて物騒な言葉を言われるような場所からは、とっくに足を洗ったけれど、あの時の教訓は、今も私の心に静かに、そして確かに息づいている。

縁側で麦茶をすすりながら、私は今日も、カラスの動きと、妻の言葉の裏側を、そっと観察している。

人生の約束は、クリーニングの受け取りと同じくらい、忘れちゃいけないものなのだ、きっと。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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