ドーナツ2個とコーヒー2,000円、そりゃ年収1,000万にもなるわね、という話

📝 この記事のポイント

  • 散歩中、知らない犬に懐かれて飼い主より先に仲良くなった。
  • 柴犬とビーグルのミックスで、柴ビーグルというらしい。
  • そんな犬種、聞いたことないわ、と心の中でツッコミを入れつつ、もふもふの頭を撫でていたら、飼い主さんが「うちの子、人見知りしないんですよ」とニコニコしていた。

散歩中、知らない犬に懐かれて飼い主より先に仲良くなった。

柴犬とビーグルのミックスで、柴ビーグルというらしい。

そんな犬種、聞いたことないわ、と心の中でツッコミを入れつつ、もふもふの頭を撫でていたら、飼い主さんが「うちの子、人見知りしないんですよ」とニコニコしていた。

いや、人見知りしないどころか、私のこと初対面じゃないみたいな態度だったわよ、この子。

まるで「やっと会えたね、お姉ちゃん!

」と言わんばかりの熱烈歓迎ぶりで、危うくこのまま「うちの子にする?

」と聞かれそうになったくらいだ。

そんな平和な朝のひとときから、私の脳内はいつもの調子で、どうでもいい考察へと突っ走っていく。

最近、ネットの記事とかでよく見かけるじゃない?

「アメリカのブルーカラー、年収1,000万円超え」みたいなやつ。

最初は「へー、すごいね」くらいに思ってたんだけど、先日、ふと立ち寄った某コーヒーチェーンで、とある「気づき」を得てしまったんだよね。

正確には、コーヒーチェーンじゃなくて、併設されてたドーナツ屋さんなんだけどさ。

その日は、実家の親の病院の付き添いで、朝早くからバタバタしてたから、ちょっと休憩でもしようかなって。

そしたら、ショーケースに並んだドーナツが、まあ、どれもこれもキラキラしていて、つい「これとこれ!

」って指を差してしまった。

レジで会計を済ませて、出てきた金額に、思わず「え?

」って声が出そうになったんだよね。

ドーナツ2個と、ホットコーヒー1杯で、なんと2,000円。

ごめん、もう一度言うわ。

ニ、セン、エン!

よ?

いや、確かにね、一つ一つのドーナツは手のひら大で、トッピングも凝ってたし、コーヒーも豆の種類がどうとか言ってたけどさ。

でも、冷静に考えてみてほしい。

ドーナツ2個とコーヒーで、2,000円。

この金額を叩き出すってことは、もうそれは「日常の軽食」というよりは、「ちょっとした贅沢なご褒美」の領域に片足を突っ込んでいるわけですよ。

私の感覚だと、2,000円あったら、スーパーで夕飯のお惣菜をいくつか買って、さらに明日の朝ごはんのパンまで買えちゃうし、下手したら父と母の分の牛乳とヨーグルトまでいけちゃう値段だからね。

レジのお兄さんは、当然のように「2,000円です」って言ってるし、私の後ろに並んでた人も、特に驚く様子もなく会計を済ませていた。

ああ、そうか、と。

こういうことなんだな、と妙に納得してしまったわけ。

つまりさ、アメリカのブルーカラーの年収が1,000万円超えっていうのは、こういう物価の感覚が背景にあるからなんだろうな、って。

ドーナツとコーヒーで2,000円の世界に住んでいたら、そりゃ1,000万円稼がないと、まともに生活できないんじゃない?

って思えてくるんだよね。

いや、もちろん、ドルと円の為替レートとか、その国の平均賃金とか、色々な要素が絡み合ってるのはわかってるよ?

でも、目の前のドーナツが2,000円だったっていうインパクトは、そういう経済学的な話より、はるかに直接的で、そして切実に心に響くものがあったんだ。

「そらそうだろ!

」と、一人ドーナツを頬張りながら、心の中で全力でツッコミを入れていた私。

これはもはや、ドーナツという名の高級菓子に、現代社会の歪みが凝縮されているのではないか、とまで考え始めてしまった。

この感覚、何かに似てるな、って思ったら、あれだ。

電車の中で見かける、やたらと派手なブランド物のバッグを持ったおば様たち。

あれも同じような「そらそうだろ」感があるんだよね。

例えば、私が最寄りの駅で乗り込む時間帯は、ちょうどシニア層のお出かけタイムと重なることが多い。

車内は結構な混雑で、座席に座っている人たちは、みんな思い思いの過ごし方をしている。

あるおば様は、ちょっとくたびれたエコバッグから、さらに小さなポーチを取り出して、中からスマホを取り出し、老眼鏡をかけて熱心にニュース記事を読んでいる。

一方、別の車両には、もう見るからに「お高い」とわかるような、ブランドのロゴがこれ見よがしに主張しているバッグを腕にかけたおば様が、これまた見るからに「お高い」とわかるようなブランドのスカーフを巻いて、窓の外を眺めている。

この二人の間に、何らかの年収格差があるのかどうかは知る由もないけれど、少なくとも「ドーナツ2個とコーヒーで2,000円」を躊躇なく払えるかどうか、みたいな線引きは確実に存在している気がするんだよね。

後者のおば様は、きっと2,000円のドーナツなんて、朝飯前どころか、おやつにもならないくらいの感覚で、ポンと払っちゃうんだろうな、って。

そして、そのバッグやスカーフを身につけていることで、周りの人も「あ、この人はそういう人なのね」って、なんとなく空気で察する。

私も含め、大半の人は「いいな〜、私には無理」って遠巻きに眺めるか、内心ちょっと僻んだりするんだけど、それがまた、日常のささやかなエンターテイメントだったりするんだよね。

人間の、そういう分かりやすい「記号」みたいなものを見るのが、私は結構好きだったりする。

ドーナツ2個とコーヒー2,000円の話に戻るんだけど、結局、そのドーナツは美味しかったかと言われると、まあ、普通に美味しかった。

でも、2,000円出す価値があったかと言われると、うーん、どうだろう。

正直なところ、近所のスーパーで売ってる100円のドーナツを20個買った方が、満足度は高かったかもしれない。

いや、絶対そうだ。

20個もドーナツがあったら、実家の父と母にも分けられるし、なんなら隣のおばちゃんにもおすそ分けできる。

そしたら、「あら、ありがとうね!

いつも大変だねぇ」なんて言われて、ちょっとしたコミュニケーションまで生まれるわけだし。

2,000円のドーナツには、そういう「地域を巻き込む力」はなかった。

私が思うに、年収1,000万円のブルーカラーの人たちも、きっと「ドーナツ2個とコーヒーで2,000円?

高けえな!

」って内心思ってるはずなんだよね。

いくら稼いでも、物の値段がそれだけ高いんじゃ、手取りの感覚は日本とそんなに変わらないんじゃないか、と。

いや、むしろ、日本の方が「安くて美味しいもの」がたくさんあって、庶民には優しい国なのかもしれない。

だって、私なんて、駅のホームにある立ち食いそば屋さんで、かき揚げそばを500円で食べれば、もうそれだけで「ああ、生きててよかった」って思えるくらい幸せなんだから。

結局、ドーナツ2個とコーヒーで2,000円、という経験は、私に「物価って不思議だな」という、ごく当たり前の結論をもたらしただけだった。

でも、その「当たり前」を、自分の財布と舌で体験できたのは、案外貴重だったかもしれない。

次にアメリカのブルーカラーの年収の記事を見たら、きっと私は「あー、あのドーナツのせいだな」って、にんまりしちゃうんだろうな。

そして、親の介護の合間に、スーパーで特売の揚げパンを見つけたら、迷わずカゴに入れる。

それが私の、ささやかな抵抗であり、日常の喜びなんだよね。

ああ、それにしても、あの柴ビーグル、可愛かったなあ。

また会いたい。

今度こそ、飼い主さんより先に、リードを握ってやるんだから。

そしたら、「うちの子にする?

」って言われるかな。

まさかね。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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