パソコン得意って言ったら炊飯器直すことになった話

📝 この記事のポイント

  • 帰宅したら、同じ建物の別の部屋のドアを開けようとしていた。
  • 鍵穴にキーを差し込み、カチャカチャと回す。
  • しばらく悪戦苦闘して、ようやく自分の部屋のドアが斜め向かいにあることに気づいた時の、あの全身から力が抜ける感じ。

帰宅したら、同じ建物の別の部屋のドアを開けようとしていた。

鍵穴にキーを差し込み、カチャカチャと回す。

「あれ、開かないな」。

しばらく悪戦苦闘して、ようやく自分の部屋のドアが斜め向かいにあることに気づいた時の、あの全身から力が抜ける感じ。

脳みそのCPUがちょっとだけ遅延を起こしているのかもしれない。

まあ、よくあることだ。

この建物に住み始めてから、もう三年になるというのに。

最近はもっぱら、朝の散歩と昼からの釣り、そして夕食の準備が主なルーティンだ。

朝の散歩は、近所の河川敷をゆっくりと一時間ほど。

季節の移ろいを肌で感じながら、すれ違うご近所さんには軽く会釈。

これがまた気持ちがいいんだよね。

たまに、どこかで誰かが育てているらしい金木犀の香りがふわっと漂ってきて、ああ、秋だなあ、なんて思う。

釣りの方は、今日はボウズだったけど、それでも竿を出すだけで心が洗われる。

水面に漂うウキをじっと見つめていると、日頃のちっぽけな悩み事なんて、どうでもよくなってくるもんだ。

で、夜にはパソコンを開いて、これまた趣味の動画編集なんかに没頭する。

若い頃から機械いじりが好きでね。

定年後、時間ができてからは、もっぱらパソコン相手に遊んでいる。

なんせ、昔は「マイコン」なんて言ってた時代だから、自分でプログラムを組んで簡単なゲームを作ったりしてたもんだ。

だから、今のパソコンなんて、ある程度の知識があれば、大抵のことは自分で解決できる。

フリーズした?

なら再起動。

起動しない?

配線を見直してみる。

それでもダメなら、どこか部品が壊れたか。

まあ、そんな感じだ。

ある日のこと、自治会の集まりがあったんだよね。

町内会の回覧板がパソコンで回ってくるようになって、その使い方について、ご年配の方から質問が相次いだんだ。

僕も「まあ、昔から機械は得意な方でね」なんて、ちょっと得意げにパソコンの操作方法を説明したりしてさ。

すると、自治会長さんが「いやあ、助かるよ。

〇〇さんは本当にパソコンに詳しいからね」なんて、持ち上げてくれるもんだから、気分が良くなっちゃって。

ついつい「困ったことがあったら、何でも言ってください」なんて、大口を叩いてしまったんだよ。

これが、全ての始まりだった。

その数日後だったかな。

隣の部屋に住む田中さんが、僕の部屋のドアをコンコンと叩いたんだ。

「〇〇さん、すみません、ちょっとパソコンで困ったことがありまして……」と、申し訳なさそうな顔で立っていた。

聞けば、どうやらパソコンの電源が入らなくなってしまったらしい。

僕は「お安い御用ですよ」と、快く引き受けた。

田中さんの部屋へ行ってみると、なるほど、電源ケーブルがしっかり差し込まれていなかっただけだった。

なんだか拍子抜けしてしまったけど、田中さんは「さすが〇〇さん、すぐに直してくれた!

」と、えらく感謝してくれた。

まあ、そういうこともあるよね。

で、問題はここからだ。

田中さんが僕に、お茶とお菓子を出してくれた時のこと。

世間話に花が咲いて、その時にまた、僕がパソコンに詳しいという話になったんだ。

そしたら、田中さんがふと、「〇〇さん、パソコンに詳しいってことは、電化製品全般に強いんですか?

」と聞いてきたんだ。

「まあ、原理は同じようなもんですからね」なんて、調子に乗って答えてしまったんだよ。

すると田中さんが、少し遠慮がちにこう言ったんだ。

「あの、うちの炊飯器、最近調子が悪くて……もしかして、〇〇さんなら直せたりします?

その時、僕は頭の中に「?

」が五つくらい浮かんだね。

パソコンと炊飯器。

うん、確かにどちらも電気で動くけど、専門分野としては全く別物だ。

例えるなら、自動車の整備士に「じゃあ、自転車のパンク修理もできる?

」と聞くようなものだろうか。

いや、それよりももっと極端か。

大工さんに「じゃあ、歯の治療もできる?

」と聞くくらい、畑違いじゃないか?

と、一瞬思ったんだ。

だけど、田中さんの困った顔を見たら、どうも断りきれなくてね。

僕はなぜか「ええ、まあ、見てみましょうか」なんて、言ってしまっていたんだ。

まさか炊飯器の修理まで頼まれるとは夢にも思わなかったけど、まあ、これもご近所付き合いってやつだ。

後日、田中さんの炊飯器を預かって、家に持ち帰ったんだ。

裏側のネジを外して、中を覗いてみる。

電源コードの接触不良かな?

それとも基板の問題?

電子回路図なんてないから、手探りだ。

昔、ラジオを分解した時のことを思い出しながら、テスター片手に回路を追っていく。

すると、ある部分の半田付けが少し剥がれているのを見つけた。

これか!

半田ごてを取り出して、ちょいちょいと修理。

試しに電源を入れてみたら、無事にランプが点灯し、ブーンと音を立てて動き出した。

やった、直った!

田中さんに炊飯器を返すと、もう大層喜んでくれてね。

「〇〇さん、すごい!

本当に直せるんですね!

」って、キラキラした目で言われた時は、正直、ちょっと照れ臭かったよ。

まるで、魔法使いにでもなった気分だったね。

そこからだ。

僕の「ご近所の電化製品修理屋さん」としての活動が始まったのは。

最初は、田中さんの炊飯器だったけど、それからすぐに、向かいの棟の山本さんから「テレビが映らない」と連絡があった。

行ってみたら、これまたアンテナケーブルの接続不良。

その次は、二階の佐藤さんから「扇風機が変な音を立てる」と。

これは分解してみたら、埃が詰まって軸が重くなっていただけだった。

どれもこれも、専門知識というよりは、ちょっとした経験と、あとはネジを回す勇気があれば解決できるようなことばかりだ。

でも、みんなからすれば、「すごい!

」らしい。

「〇〇さん、洗濯機の水が止まらなくなって!」
「〇〇さん、電気ケトルが温まらないんだけど!」
「〇〇さん、CDプレイヤーの蓋が開かなくて……」

もうね、まるで修理屋さんのコールセンターみたいになってきたよ。

最初は「なんで僕が?

」って戸惑ったけど、今となってはすっかり慣れてしまった。

いや、むしろ、ちょっとした楽しみになってきているのかもしれない。

困っている人がいて、それを自分が助けられる。

しかも、感謝される。

これって、なかなか悪くない気分なんだよね。

修理が終わって、感謝の品として、採れたての野菜をもらったり、手作りのお菓子をもらったりするのも、また嬉しい。

先日も、また田中さんがやってきて、「〇〇さん、今度はうちのトースターが……」と、申し訳なさそうに言ってきたんだ。

僕は、もう慣れたもんだから、「ああ、いいですよ。

見てみましょうか」と、二つ返事で快諾。

田中さんは「本当に助かります!

〇〇さんって、何でも直せるんですね!

かっこよすぎてわろた」なんて言って、笑っていた。

その言葉を聞いて、僕はなんだか、ちょっと誇らしいような、でも、ちょっとだけくすぐったいような、そんな複雑な気持ちになったんだ。

僕は、別に特別な技術を持っているわけじゃない。

ただ、ちょっとだけ機械を分解するのに抵抗がないだけ。

それでも、誰かの「困った」を「助かった」に変えられるなら、それはそれで幸せなことなのかもしれない。

だって、定年後の僕には、有り余る時間があるんだから。

今日もまた、誰かの電化製品を分解する、新しいルーティンが始まるのかもしれないな。

まあ、それが僕の「かっこよすぎる」日常ってやつだ。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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